月  



【全編”7”の続き】



「エレノアー代わってくれよー。私好きな奴とかいないから引いたら困るんだよ」
「お断りします」

勉学に一筋で今はそういう相手はいないと断られてしまった。私だっていないのに……。

「駄目よ。エレノアは次の椅子取りゲームに出すんだから。第一エレノアは網くぐれないでしょ、お尻つかえて」
「ちょっ…!?私は平均的ですよ!あなたたちのお尻がキュッと引き締まりすぎてるんです!」
「なら仕方ねぇか、私出るわ」
「泣きますよ!?」

何が借り物になるかわからない。最初から他女子と差をつけないと、と思いながら入念に屈伸している私にザビーダ先生が威勢よく話しかけてきた。

「おう名無!抱かれたい男を引いたら、学園抱かれたい男ランキング一位の俺んとこに来い!優しく包んでやるぜ」
「どこ調べだよそのランキング」

でも引いたら連れてくと頷いた。好きな人系を引いたら適当にうちのクラスの男子を連れていこうと思っていたし、その辺も適当でいいだろう。

「ザビーダ!てめえ!……名無」
「はい」
「……何かあったら俺を頼れ。部活の顧問として助けてやる」
「先生……ありがとうございます!」

少し照れながら言うアイゼン先生。彼は頼りになる、私は力強く頷いた。機械部になって色々あったが今はカラクリを作るのにハマっているし、先生の指導が凄まじかったのは基礎を教え込む段階だけで、今は落ち着いてきている。もし一番慕っている先生というものを引いたら私は間違いなくアイゼン先生の元へ駆けつけるだろう。

「頑張って!名無!」

何より小学生の彼が勇気を出して一位を獲得したのだ。私だって勝たなければならない。私は応援してくれるライフィセットの頭を撫でて、スタート地点に向かった。

「障害物競争に出るのはあなたでしたか」
「テレサ先輩」

スタート地点に並ぶ女子たちは、おろおろしているのに彼女だけは落ち着いていた。流石は風紀委員長といったところか。

「随分余裕そうだな。借り物くじはあのマギルゥが用意したんだ。絶対イロモノばっかだぜ?」
「構いません。どんなくじを引こうとも私の心は決まっていますから」
「んあ?なんだぁ彼氏いたのか」
「そんな人物はいません、私には弟のオスカーさえいればいいのです」

迷いなく、澄んだ表情で言い切る彼女。……私はこれ以上聞くのは危険だと判断し、マギルゥの合図を待った。
跳び箱を越え、平均台を駆け、エレノアだったらケツがつっかかりそうな網をくぐったりと、さまざまな障害物を突破した。テレサは文系なようで、周りの女子たちとほぼ同じスピードで進んでいる。

『やはり一番にくじの元へ辿り着いたのはB組の名無!一体何を引いてしまうのかえ〜?オススメは抱かれたい男性じゃぞ〜』
「どうにでもなれ!!」

大差をつけて最後の難関にたどりついた私は、一つの大きな箱に腕を突っ込み一枚の紙を引き抜く。紙を開いて、書かれているものを確認した私は目を見開いて驚愕するしかなかった。

「ぅ"っ……あ"、あ"あっ!?」

脚が動かない。これは、誰を頼ればいい……?

「名無、とてつもなく動揺していますよ。何を引いてしまったんでしょう」
「抱かれたい男性引いたか?」
「いや、初恋の相手かもしれないわよ」
「将来結婚を考えてる男性を引いたかもしれません!」
「……名無」
「名無…無茶しないで……!」

私は集中して、入学当初からの記憶を辿った。一緒にいて面白い友人たち、何だかんだ言って正しく指導してくれる先生たち、問題児のマギルゥたちに耐えられずに、ころころかわるB組の担任共。考えれるだけ考えて、私は一人の元へ走り出した。やはり、彼しかいない。

「―――アイゼン先生!!」
「!!名無、お、俺か……?」

「アイゼン先生、前に!」「ちゃんと応えてあげなさいよ!」エレノアとベルベットが彼の背中を押して、私の目の前に導いてくれた。私はこれから、彼に大事なことを確認しなければならない。深呼吸を何度か繰り返して、彼を見上げた。

「先生。私、色々真剣に考えた。でも、やっぱりアイゼン先生しか浮かんでこなかった」
「名無……お前が、自分の意志で決めたことなんだな」
「はい。先生、」

私の両肩に手を置いて見つめ返してくれる。強制して連れて行くことはできない。確認をとる為に一つの質問を問う。

「アイゼン先生……その頭、実はヅラだったりしませんかぐあああっ!!」

言い終わる瞬間に彼から重いげんこつが私にお見舞いされる。その痛さに耐えられずに地面にのた打ち回る。周りは目を点にしていて、ザビーダ先生の笑い声だけが響いていた。

「あ…紙に”カツラ”と書かれています……」
「カツラの人物が思いつかなかったから、動きが止まってたのね………」
「てめえ!!名無!!俺の頭をヅラだと思ってやがったのか!!」
「だって先生他の野郎たちと比べて髪の量少なめだから「少なくねえよ!!」うがぁあ痛い痛いっ!!」

倒れている私の脚に関節技で追撃をしてくるアイゼン先生。「ギブ、ギブ!!」地面を叩いて彼に許しを求めた。「今年で三十路の独身男性にハゲ認定は駄目だろ」私に手を差し伸べるザビーダ先生は笑い過ぎたのか、目に涙が溜まっていた。

「だってー……」
「それにしても困りましたね。カツラの人なんていませんよ」
「そうね……」

私たちがカツラをどう調達するか考えていると「すまん!迷惑かけたな。もう体調も万全だ、助太刀するぜ!」すっかり元気になったロクロウが加わった。

「………ないのなら、作るまでよ」
「ベルベット!?お気を確かに!!」
「ん?今は障害物競争中か、一体どこまで―――いででで!ベルベット!髪をむしるな!!」
「消えない焼野原を!刻んでハゲろ!!」

私の持つ紙を見たロクロウは「カツラ?いるだろう、ほら!」ベルベットから逃げながら私に助言を言い渡した。「―――あっ!!」私はこの場を後にして、急ぎ走り出した。

『え〜、ゴールできたのは二人。一位は三年のテレサじゃな……何故、弟にお姫様抱っこされとるのかは不明じゃが……』
「オスカー、重いでしょう?もう降ろしてくれて構いませんよ」
「重くなどないですよ、姉上」

一位フラッグを持つテレサは弟オスカーの腕の中でいい笑顔をしていた。マギルゥが彼女の持つ紙を取り、読み上げようとするが『…お、おおう!?これは……儂の心の中にしまうとするかの……』ブーイングの嵐にも動じずに紙を細かく破り去った。

『気を取り直して……名無や、お主がお姫様だっこしとる、こやつは誰じゃ?』
「A組の桂さん!」

説得をする時間が勿体なかったので、断りなく抱き上げてゴールした。結局テレサを抱えたオスカーには勝てなかったが。「ごめんな桂さん。今度ジュースでも奢るわ」「大丈夫、気にしないでね」微笑む桂さんは優しい子だった。

『好きな男子、好みの男子、キスされたい男子……そういうくじばかりじゃったのに、何故カツラを引いてしまったのか……お主のくじ運の悪さにはキョーガクさせられたわい』
「だよなー」

そっちの方が迷いなく”彼”を連れていけばよかったのだから、間違いなく一位を獲得できたのに運がない。油断しとった…来年からは仕込むか、とマギルゥが呟いていたが私はもう障害物競争に出る気はないぞ。
礼を言い桂さんを解放した私は、マイクを切ったマギルゥに近付く。

「テレサの引いたくじは何だったんだ?」
「あの姉弟の絆は深いとしか言いようがないのー」
「だよなぁ……」

彼女とボソボソと話した私は重い足取りでクラスの元へ戻った。「す、すみません。ベルベット様。二位になってしまいました……」彼女の前で正座をして謝罪する。

「な、何でそんなに真剣に謝るのよ。怒らないから顔を上げなさい」
「……ほんとに?ボコボコにしない?」

「応。ボコボコにされるのは俺みたいな奴だから、頑張った名無は堂々としていいんだぞ」ボロボロなロクロウが言葉をかけてくれる。後でまた保健室に連れて行ってやるか……。

「ライフィセット、ごめんな。私は二位で」
「ううん。謝らないで!名無は一生懸命頑張ってたよ」

微笑みを向けてくれるライフィセット。ベルベットのヒーローで、一番のイケメンは間違いなくお前だよ……!

「エレノア頑張って!」
「あんたのお尻なら勝てる!」
「てってーい!」
「うう、ちゃんと応援してくれてるのがライフィセットしかいない…!!」

運動場に向かうエレノアを見送る。「……ふぅ」競技が始まるまでクラスから少し離れて座り込んだ。目を閉じる、少しだけど、疲れた。

「―――っひゃ!?」

突然片頬に冷たい物が押し当てられ、目を見開いた。見上げると子供っぽく笑うアイゼン先生が。

「俺をハゲ扱いした仕返しだ」

私に飲み物を手渡し、そのまま隣に腰掛ける。げんこつと関節技だけじゃ足りなかったのか。そんなに気にしてるのかな、今一度彼に謝った。

「これ先生の奢り?ありがとうございます」
「ザビーダと割り勘して買ってきた。熱中症には気を付けろよ」

よく冷えたドリンクを飲みながら、ザビーダ先生がB組のみんなに配っているところを見る。ライフィセット以外の男子は余り物だろうな。

「ベルベットの次にお前はよく動いている。気を付けろよ」
「はーい」

私はアイゼン先生との会話の話題を探す。そういえば、嘔吐兄弟の面倒を見ていた私は騎馬戦の感想を告げてなかった。

「先生、騎馬戦凄かった!酔ってるとはいえ、学園最強のシグレ先生相手に勝つなんて!」
「あんだけ応援されたんだ。負けるわけにはいかねぇだろ」

こちらを見て微笑むアイゼン先生。かっこいい、流石女子に人気のある先生なだけある。目付きは最高に悪いが。彼の綺麗な瞳の色に取り込まれそうになった私の口は自然と開いて、言葉を紡いでいた。

「さっきのくじ、”自分の思うヒーロー”を引きたかったな。そしたら迷わずに先生を呼んだのに」
「!! なっ……、」

よくわからないがアイゼン先生が動揺している。彼は何かを言おうとしたが、大きな音楽が運動場に響き渡り「あっ!エレノアの活躍見てやんないと!先生行こう!」私は彼の腕を引いて、ベルベットたちの傍に歩き出した。

「流石尻が重いだけあるな!」
「うあああ!!許しません!!」

見事に最後まで残ったエレノアに、ロクロウが止めの一撃をくらわした。一位フラッグで彼を叩きのめすエレノアはそれはもう強かった。

「残すは男女混合クラス対抗リレーだけよ!」
「最後まで頑張ろう!」

ベルベットとライフィセット二人に鼓舞され、円陣を組んで今一度気を奮い立たせる。
各々がベルベットの為に走って、バトンを繋げる。クラス対抗リレーも私たちの勝利に終わり

『これにて全ての競技が終了〜!……一位は、儂以外が全員問題児なクラス!B組じゃー!!』
「一番の問題児が何言ってやがる!!」

ぶっちぎりの一位で優勝をおさめた。


『素晴らしい執念で勝ち続けたMVPのベルベットには約束の豪華南の島への家族旅行が贈られる!アルトリウス学園長殿、よろしく頼むぞよ〜♪』

全生徒と教師の前で、ベルベットとアルトリウス学園長が向き合う。色々やらかした彼女に何を言うかひやひやしたのだが、私の予想を裏切って彼は穏やかな顔をしていた。

『最初の玉入れの暴力を見た時は意地でも止めてやろうかと思った』

……確かにあれだけは酷かった。

『しかし、体育祭が進むにつれ、生徒や教師の表情が明るくなり、棒引き、騎馬戦の時には全員が心から笑い、沸き上がっていた。……これが体育祭なのかもしれないな』
「………」
『時代の波に飲み込まれ、理を重んじるばかり。競争性のない体育祭をして、生徒の心を奪っていた。年に一度の行事で一体化するという大事なことを忘れていたのだ。ベルベット。思い出させてくれて、ありがとう』

アルトリウス学園長は大きな封筒をベルベットに差し出した。

「アーサー義兄さん……ありがと、う"っ!!」
「ぐお"お"っ!!」
「ベルベットーっ!!」
「やりやがったー!!」

封筒を受け取る際に頭突きをくらわせたベルベット。一歩間違えれば退学ものだが、尻餅をついた本人と彼女は笑っていた。『生徒諸君!彼女を反面教師とするように!』学園長の締めくくりの言葉に全員が笑い、体育祭は終わりを告げた。



「―――名無、お前体育委員だったか?」
「いや?違いますけど」

体育祭の片付けを手伝っていると、アイゼン先生に声をかけられる。「準備や片付けは体育委員の役割だが……」「いいんです。部活ないし、帰っても暇だから」道具たちを倉庫へ運ぼうと持ち上げる。

「その量は一度に運べないだろう。貸せ」
「あっ、すみません」

道具を持った私とアイゼン先生は並んで歩き出した。

「お前、人が良すぎるぞ。ベルベットたちはもう帰っただろう」
「楽しかったからいいんです。これは止めずに付き合ってくれた体育委員たちへのお礼みたいなもんかな」
「……そうか」

私を手伝ってくれるアイゼン先生も人が良いんじゃないかな。私は彼を見上げた。

「先生もいたし本当に楽しかった!来年も一緒に出られたらいいな」
「来年もクラスを持たなかったら、お前らに合流してやるよ」
「言いましたよ!約束!!」
「ああ、約束だ」


 


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