09  



暗い。冷たい。恐い。王城地下道の開けた場所。そこで名無は恐怖していた。周りに横たわっているのは家臣の死体、打ち捨てられた業魔。そして、彼女に歩み寄る老人。

「お戯れが過ぎますぞ、名無しさん様」
「やめてください……!」

名無は腰が抜けているようだ。後ずさりながら老人を拒否した。

「王城に戻っていただきます」
「嫌、来ないでください……!」

戻りたくない、あの水槽のような場所になんて。涙を流し、首を振る。

「貴女様には世界の為に、祈りを捧げてもらわなければならぬのです。それが理」

老人は一歩、一歩と名無の元へ進んでくる。嫌ならその腰にある剣で拒絶すればいい。しかし彼女のそれは一切使われていないようだった。

「当初は、お二方で祈ってもらう予定でしたが、母君が”ああなってしまった”のでは仕方ない」
「………え?」

老人は、とある場所に視線を送る。名無も追いかけるように、そこを見た。彼女は見た瞬間に顔を覆って叫んだ。

そこには―――――



 「―――――…ぁ………っ!」

名無は目を開けた。朝の日差しが明るい。暖かく、安心できる場所。

(………夢か)

昨夜、王城地下道を通った影響だろう。非常に嫌な夢を見てしまった。名無は起き上がる、女性二人はまだ寝ている。嫌な汗を流すためにシャワー室へ向かった。

「くっそ……。次会ったら覚えてろよ…」

洗面台の縁に両手を置き、蛇口から流れ出る水を眺める。(あのジジイの姿が頭から離れない)何か別のものを見て気を粉らわしたい。そう思っていた名無であったが、ガチャリとドアを開けて入ってきた者を鏡から確認した瞬間に、その思考は吹き飛んだ。

「お、名無!早起きだな」
「……おはよう」

鏡越しに朝の挨拶を返してくれたロクロウは上半身裸だった。(朝一に見る野郎の体もキツいな……)

「どうした?顔色悪いぞ」
「……ちょっと、嫌な夢見ちゃって」

蛇口をひねり、水を止める。彼はきっと朝の鍛練でかいた汗を流しにきたのだろう。ここの浴室は男女兼用だ、遭遇は免れなかった。

「昨夜は色々あったしな、無理もない。辛かったら俺やアイゼンに相談しろよ」
「うん、ありがとう。……あのさ」

名無は軽く睨む。「私は今、異性にはあまり見られたくない恰好なんだけど」そう、入浴を終えたばかりの名無は下着姿だった。堂々としているロクロウ相手に叫ぶタイミングを逃していたのだ。名無に優しい言葉をかけた後、気にすることなく入浴の準備をする姿に突っ込まざるをえなかった。

「お前も気にするんだなぁ。やっぱり女の子「さっさと出てけ!!」

服を着るまで外に追い出す。自分の姿に反応されたら困るが、無反応だとそれはそれで腹が立つ。恥じらいの感情がなくなってるロクロウ相手に怒れるはずもなく、複雑な気分で服をまとっていくのであった。

 タバサたちとの別れの挨拶を済ませ、広場で皆と合流する。

「う〜ん、晴れやかサワヤカな朝じゃわ〜♪裏切り者にみっちりオシオキしてやったでな」
「ビエ〜ン……みっちりすぎでフよ〜……」

マギルゥとビエンフーの表情が明暗分かれていた。ベルベットとマギルゥの、お互いに”鍵”を死なせるなという発言に、ライフィセットは目を伏せる。
導師はともかく聖主は世界を創った神様、勝てるのかというマギルゥの疑問に、ベルベットはそんなものは偽物だと言い放った。

「本当に神様なら、業魔病くらいどうにかできるはずでしょ?」
「………」
(アイゼン……?)

彼女の一言に、アイゼンの表情が少しだけ曇った気がした名無は彼を不思議そうに眺めた。

「カノヌシは存在しないっていうのか?」
「……ううん。カノヌシと呼ばれている”なにか”はいる。特殊な術で聖隷を降臨させた奴が」
「言い切るのう」

実際にベルベットはその”なにか”を三年前に見たらしい。それならば勝ち目はありそうだ。

「第一、狙いはアルトリウス。それ以外はどうでもいいわ」
「アルトリウス様は……弟の仇…」

暗い表情のライフィセットに、ロクロウは目的地を尋ねることで気を逸らしてやる。目的地の”聖主の御座”はローグレスの北、ダーナ街道を進んだ山の中だ。対魔士が検問を守っているなら聖隷を奪える可能性がある。すでにアイゼンが伝書鳥を仲間へ飛ばしていた。ゼクソン港で合流して、その情報を元に襲撃計画を立てよう。一行はゼクソン港へ向かい出した。


 「あらためまして皆さん、聖隷ビエンフーでフ〜!よろしくお願いしまフね〜♪」
「うわぁー!可愛い!よろしく!」

昨夜は挨拶する暇がなかった為か、今自己紹介をするビエンフー。名無は彼の手を優しく握る。途端にデレデレした表情になった彼に名無は首を傾げて手を放した。自分の聖隷ランクはAだと胸を張り、同じランク同士仲良くしようとライフィセットに寄るビエンフー。

「聖隷ランク……僕もAランクなんだ」
「不思議はない。見かけによらず、なかなか力があるからな」

ロクロウはアイゼンもAランクだろうと確認をする。

「らしいな。だが、聖寮が俺たちを使役する為に決めた胸クソ悪い物差しにすぎん」
「そういうものか」
「聖隷じゃない私も嫌だとは思う。ランク付けって、いかにも道具みたいだし……アイゼンはアイゼンだよ」

名無の言葉にフッと笑い、頷くアイゼン。それを聞いて謝るライフィセットに彼は「いや、いい。ただ、自分の価値を他人の物差しに任せて喜ぶような男にはなるんじゃないぞ」と年上の男として的確なアドバイスをした。ライフィセットは強く頷く。

「ビエーン!ボクのよりどころ全否定でフか〜!?」
「あ、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど……」
「海賊や詩娘や業魔の言うことなど気にするでない。お主は儂にとって特別なエーキューじゃよ」
「特別なA級!?感動でフ〜!マギルゥ姐さん、そんな優しい言葉をかけてくれる人になったんでフね〜!」
「昔から変わらぬぞ。主が永久に儂のしもべであることはの〜♪」
「そっちのエーキューでフか〜!?そーバーッド!」

一連の会話を聞いていたベルベットがため息をつく。

「緊張感のない奴がまた増えたわね……」
「いいじゃん、面白いし」
「面白さなんていらないの」


 ローグレスから出る途中に街の住人の話を小耳にはさむと、大司祭ギデオンは怪我でしばらく療養されることになったそうだ。これは民衆を混乱させない為の情報操作だ。しかしその場しのぎのもの、民衆は少し経てば気付くだろう。

 ベルベットと名無は他愛ないことを話しながらダーナ街道を歩いていた。ほぼ名無が話題を持ちかけ、話しているだけだったが。

「マーボーカレーのレシピも聞いたし、今度作ろうよ」
「長い時間は煮込めないから、味は劣りそうだけどね。短時間の物でも美味しくなる工夫を……」
「隠し味とか?」
「そうね、味見はライフィセットとあんたに任せるわ」
「よっしゃー!ベルベットのご飯美味しいからなぁ!やったよライフィ……あれ」

彼を探すが見当たらない。少し離れた場所でロクロウたちと話しているようだった。「置いてくわよ!」ベルベットが名無以外の者たちに声をかける。彼らが走ってくることを確認し、二人は再びゼクソン港方面へ歩き出した。


 ゼクソン港の港でアイフリード海賊団の船員に伝書鳥は届いているか確認する。彼は頷き、すでに検問に偵察を出していることを教えてくれた。一行は偵察が戻ってくるまで小休止することにした。
ベルベットとライフィセット、ロクロウはどこかへ行ってしまった。名無もゼクソン港を探検しようと歩き出すが、何故かビエンフーに呼び止められる。

「名無には見たところ、聖隷がいないようでフが……」
「私は対魔士じゃないからな」
「謳術士は莫大な自然エネルギーを霊力に変換できる能力がある者じゃからなー」
「加えて元々の霊応力が非常に高い。聖隷がいなくとも業魔を倒す術がある」

それほど強大な能力を持つがゆえに兵器として扱われ続け、今は衰退しているが。

「でも聖隷と契約できないわけではないんでフよね?」
「どうだろ?アイゼン」
「契約方法を覚えれば可能だ」
「そうなんだ、でも何でそんなこと聞くんだ?」

ビエンフーに疑問を投げかける。彼にはマギルゥという契約者がいるではないか。

「聖隷がいないなら、ボクはどうでフか〜?一生懸命お役に立つでフよ♪」
「え」
「そーかそーか、主はナイスバデーな名無がお望みか。…オシオキが足りんかったようじゃなぁ……!」
「ビエーン!名無、マギルゥ姐さんからボクを助け出してほしいでフ〜〜!!」

マギルゥがビエンフーの帽子を掴もうとするが、彼はそれよりも早く名無の胸元へ飛び込む。名無は拒絶することなくビエンフーを抱き止めた。

「うーん、確かに聖隷と契約しないといけないならビエンフーみたいな可愛いのがいい」
「それなら……!」
「こりゃー!名無、甘やかすでない!」

名無はビエンフーから手を放した。真っ直ぐ彼を見つめる。自分が聖隷と契約できると判明しても……

「私は聖隷とは契約する気はない。それにお前はマギルゥの相棒だろ?」
「ガーン……!真面目に断られてしまったでフ……」
「残念だったのう、ビエンフーや♪」

失意のビエンフーを掴み、どこかへ連れて行くマギルゥ。何だかんだいって仲がいい二人だ、名無はそう感じていた。「男なら、耐えろ」頑張ってオシオキを受けてから彼女と組みなおせと彼に手を振った。

「名無、聖隷と契約する気はないのか?」

アイゼンは思わず確認する。契約すれば聖隷術も使えて今より強くなれるはずだと説明しても、彼女は揺らがなかった。

「ああ。私は謳術士だから」

それ以外にも理由はあるらしい。海を眺めながら名無は自分の考えを語る。

「あまり乗り気にならないんだ。契約すると私の自由がなくなって、聖隷の方の自由も奪ってしまう気がして……」

海からアイゼンに視線を戻し「それに、そんなことしなくても共闘できるだろ?」彼を見上げる。

「契約者じゃなくても、ライフィセットやアイゼンと一緒に戦える。私はそれがいい」
「…………」

自分は変わってるのだろうか、と眉を下げて聞いてくる名無。

「変わり者だな。でも”それ”が名無しさん・名無し、お前だ」
「はは……ありがとう。こうなれたのはアイフリードのおかげだな」

困り眉で笑う名無も可愛げがある。アイフリードは半年という短い時間でも、愛しい娘と過ごせて幸せだったことだろう。容易に想像できた。
(必ず再会させてやるからな)アイゼンは己の拳をぎゅっと握り、親友を助け出す決意を再び抱きなおした。

「それにしても…お前に今まで聖隷がいないことが驚きだ」
「へぇ、そうなんだ」

今となっては契約の主導権を人間側が持っているが、三年前まで、本来は聖隷側が持っていたものだ。生まれつき霊応力が高い彼女に聖隷がいないのは、母親が付かず離れず大切に育てたということだろう。

「今はあまり考えられんが……知らない聖隷について行ったり、頼みを聞くなよ。契約させられてしまうぞ」

アイゼンの言葉に腕を組み、唸るように悩む。

「つってもなー、ビエンフーみたいなのはともかく人型の聖隷は区別つきにくいんだよ。なんかいい見分け方ないの?」
「ある。髪や衣装を見ればいい」

彼の話によると、人間の姿の聖隷は髪や衣装に自身の属性を示す色が入るという。それを聞いた名無は彼の全身を眺め、最後に頭部に辿り着いた。

「地の聖隷だからアイゼンの髪先はそんな色なんだな!」
「そういうことだ」

もう大丈夫!と名無は胸を張るがアイゼンは再び忠告する。

「いいか、例え食い物をやるなどと言われても、絶対に知らない聖隷について行くなよ!」
「う、うん……」

自分の両肩を掴み、目線を合わせて言う彼に(保護者かお前は…)名無は、若干引きながら頷いた。

「お前はこれからどうするんだ?」
「んー……体力消費しない程度にフラフラするよ。この港は色んなもの見れそうだし」

そう言った途端一人で店を見に行く名無。店の者が勧める試食を迷うことなく手をつけた彼女に不安を覚えたアイゼンは、ついて行くことにした。

 二人は偵察が戻るまでゼクソン港を見て回る。「アイゼン、あれは何?」「あれはな……」名無は何かとアイゼンに尋ねるが、彼も嫌な態度は見せずに説明してくれる。見かけによらず説明好きなアイゼン。名無も意外と聞き上手である為、二人の相性はいいのかもしれない。

 途中何度か不運な事態があったが、名無は気にすることなく笑っていた。こういうところが父親似なのかもな、とアイゼンは隣を歩く彼女を眺めた。

 店の物を眺め、景色を堪能し、アイフリードとの出来事の会話をしていたら、あっという間に日が沈もうとしている。

「偵察、戻ってこないなー……」
「もう少し待っても戻ってこないなら別の手を打つ」
「わかった……あ、」

自身の腹の音が鳴って頬を染める名無にアイゼンが口角を上げ、問いかける。

「飯にするか?」
「うん。腹減った……」

二人は丁度宿屋の前に立っていた。何かの縁だ、ここで腹ごしらえしようとアイゼンは扉に手をかける。

「あ、いた!おーい、副長ー!」
「偵察が戻ったのか?」
「いや、まだ……ちょっと別件で話が……」

偵察の件とは別に用があるらしい。アイゼンの後ろから名無が頭を覗かせた。

「おー、ベンウィック」
「名無もいたのか……って、え!?」

二人と、目の前にある宿屋を交互に見るベンウィック。「ふ、副長と名無が……。い…いつの間にそんな関係に……!?」何故か彼の顔が赤く染まっていく。名無は三人で食事をとろうと彼も誘った。

「お前も入るか?」
「ええっ!?まさかの三人で!?」
「さ、三人で入ったらおかしいの……?」
「………」

大きなため息をついたアイゼンは立ち位置をずらし、名無だけ宿屋に入れるように誘導する。

「名無、俺はベンウィックと話がある。お前は先に食ってろ」
「ん、わかった」

自分は聞いてはいけないのだろう、名無は素直に宿屋の中に入った。そのまま扉を閉め、傍のベンチに腰かけるアイゼンは軽くベンウィックを睨む。

「………言っておくが、俺たちは飯を食いに入ろうとしただけだからな」
「あ、す……すんませんした……」


 この宿屋の一階はバーになっているが、未成年も座れるように料理も揃えてある。名無は適当にカウンターに腰かけた。

「なんか食べ物!オススメある?」

特に嫌いな食べ物がない名無は料理を頼もうとするが、とあるメニューに目を奪われ、呟く。

「パイナップル…ご飯……」

どんな味なのか気になる。他のメニューに目を通しても、パイナップルご飯が頭から離れなかった。挑戦せずに後悔するより、挑戦して後悔だ。名無は店員に頼むことにした。
少し経つと、目の前に中身をくり抜いたパイナップルを器にした料理が名無の目の前に置かれた。白米にはパイナップルを切ったものが混ざっている。名無は意を決して食す。

「……うん…まぁ、美味い……?や、うーん………」

甘味と酸味がマッチしているような、別々で食べたいような。この甘味がいいような気がするが、甘味が逆に目立ち過ぎている気もする。なんともいえない表情で食べている名無の隣で誰かが笑った。

「何だよ」
「いや、好奇心旺盛な可愛いお嬢さんだと思ってな」

名無は隣に座っている彼を睨むが、彼は変わらず笑っている。名無はその外見に気付いた、彼の銀髪の毛先は緑に染まってることに。

(風の聖隷か……?)

聖隷の男性は自分の元に置いてある皿を名無の方へ寄せた。それには美味しそうな料理が盛られている。

「よければどうだい?安心しな、まだ手はつけてねえからよ」

親切な行為に「本当に?ありが……」名無は箸を伸ばすが、ピタッと動きを止める。「どうした?」聖隷の男性が不思議そうに尋ねた。

「知らない聖隷に食い物は貰うなって言われてる……」
「ぶっ!?ははは!なんだそりゃ!?」

名無の言葉がツボに入ったのか大笑いする聖隷の男性。彼の態度に不機嫌になった名無は黙ってパイナップルご飯を食べることにした。

「はは……いや、すまねえ。確かにお嬢さんはその心配はあるかもな」

機嫌を直してほしいと彼は謝る。許してやるか、名無は彼に目線を向けた。アイゼンとの約束だし手をつける訳にはいかない、寄せられた皿を戻す。

「にしても、そんなことを言うなんて過保護な奴だな」

食事を再開した彼の言葉に、名無は内心同意した。(確かに、やけに気にかけてくるんだよな)自分の素性が知られてからだったか。アイゼンは、おそらくアイフリードが自分を大切にしてくれたことをタバサに聞いたのだろう。他にも何かありそうだが、名無は明確にする気はなかった。味方であることには変わりない、そうでさえあれば問題はないのだから。

「こんなに美人なんだ。そうなるのも仕方ねえか」
「はぁ?」
「三、四年後が楽しみで仕方ねえよ」
「はぁ………?」

聖隷の男性の言動にたじろぐ。人生で初めて出会うタイプの男性にどういう対応で接すればいいのかわからない。名無は少しの間、彼の歯の浮くような台詞にパイナップルご飯を食べながら相槌を打った。

「さてと……腹ごしらえも済んだし、ぼちぼちおっぱじめるか」
「何を?」

やっと解放される、名無はそう思ったが、彼の言葉が気になってしまい、自然と尋ねてしまった。が、人差し指を立て、秘密と言われればこれ以上問うことはできない。

「名前、教えてくれるかい?可愛いお嬢さん?」
「………名無しさん・名無し」
「素敵な名前だ。また会おうぜ、名無しさん」

去っていく聖隷の男性。彼の名前を聞きそびれたが、また会ってしまった時でいいだろう。名無は店主にお代を払おうとする。しかし「隣におられた男性にもう支払われていますよ」「い、いつの間に…!?」行き場のなくなったガルドを握った。

「なんか面倒くさい相手に借りをつくっちゃったなぁ……」

数分後にアイゼンが名無の隣に座る。ベンウィックは偵察が戻ってきてるか確認しに行ったらしい。名無の食べてるメニューに疑問を覚えながらも、彼は自分の食べたい物を頼むのであった。

 食事が終わる頃に駆けてきた船員に呼ばれ、二人は彼の後に続き走った。東門に着くと、アイフリード海賊団の船員たちや、ロクロウたちが揃っていた。門番の王国兵は気絶している。
偵察が言うには検問の対魔士が、ペンデュラムを使う聖隷に襲撃されたらしい。ペンデュラムという言葉にアイゼンの表情が一変した。

「そいつはペンデュラムを使ったんだな?」
「うん!しかも検問の対魔士を全員吹っ飛ばした。あいつなら船長ともやりあえる」
「……わかった。直接俺が確かめる」

アイゼンはそのまま飛び出していってしまう。「一人で行く気か?おい、待てよアイゼン!」名無の声は今の彼には届かなかった。

「ちょっと、どういうこと?」

遅れてベルベットも来て、ロクロウが検問がペンデュラムを使う聖隷に襲われてるらしいと説明する。

「ペンデュラムは、船長が行方不明になった現場に落ちてた武器なんだ」

ベンウィックが告げたことに、名無はアイゼンと初めて会った時のことを思い出した。(だからアイゼンは最初に私たちの武器を確認してたんだ)

「そいつが連れ去ったってこと?」
「わかんないけど、無関係とは思えないよ」

アイフリードは対魔士が捕えているはず。だとしたら、何故連れ去った奴が聖寮の検問を襲うのか。その聖隷に会って確かめるしかない。どうする?”鍵”が一本独走したぞ、とベルベットに問うマギルゥの言葉に、名無はアイゼンを早く追いかけようと口を開いた。

「私たちも行こう!アイゼンが危ないかもしれない」
「そうね、追いかけるわよ。混乱してるなら、もっとかき回して突破する」

ベルベットは検問に向かい走り出した。「ひょえ〜!カゲキ〜!」マギルゥたち三人も彼女に続く。ペンデュラムを使う聖隷は手練れだ、気を付けろというベンウィックたちの忠告に名無は頷き、走り出した。


 検問に着く頃には日は完全に沈み、夜となっていた。検問前では、アイゼンと、ペンデュラム使いの聖隷が戦闘を始めていた。(あいつは……!?)アイゼンと相対する彼を視界におさめた名無は驚愕する。

「やるじゃないの。何者だい?」
「死神アイゼン。アイフリード海賊団の副長だ」
「アイフリードの身内か!こりゃ、また楽しめそうだ!」
「!!」

彼は、アイフリードを知っている。名無は目を見開く。アイゼンは彼を一層強く睨みつけた。

「……やはり、お前がアイフリードをやったのか」
「いいねぇ……いい気合だ!」

このままでは二人は更に激しく戦うだろう。「落ち着きなさい、アイゼン!」ベルベットはとめようと声を上げた。名無も口を開く。本当に彼がアイフリードを倒したのか、話がしたい。

「待てよアイゼン!……そっちの野郎も!」
「お、名無しさんじゃねぇか。わざわざ俺に会いに来てくれたのかい?」

自分を見て軽口を叩く彼に、名無は何て返せばいいのかわからず困惑する。それを聞いたアイゼンが名無も睨みつけた。

「あ?……名無、こいつを知ってんのか」
「さ、さっき偶然隣の席になって、飯を一緒に食っただけだよ……」

アイゼンの眼光と、なんだか違う意味で空気が重くなった状況に冷や汗を垂らした。それを振り払うようにベルベットが咳払いをする。ペンデュラム使いの彼が力のある聖隷だと判断した彼女は、この聖隷は聖寮を襲った、協力をすれば結界を通れると彼を説得しようとする。

「つまらねぇ理屈言うなって」
「俺は!俺のやり方でケジメをつける!」

邪魔をするな、二人が揃って言い放つ。彼女の説得は無意味なようだった。

「……そう。じゃあ、あたしもあたしのやり方でやらせてもらうわ」

名無は隣に立つ彼女の怒りを帯びた声に気付き、彼女から数歩距離をとった。

「あんたたちを動けなくして、結界を開ける!」

ブレードを構えたベルベットが、戦う二人の元へ突入する。三つ巴の戦闘が始まった。「ベルベット!……あーもう!やるしかねーか!」名無もアイゼンと聖隷の男性を止める為に、ボーラを取り出しながら三人を目指して駆ける。

「何でこうなるんだ!?」
「とにかくベルベットを助けるんじゃ!…そうせんと後が怖い」
「確かに。すまん、アイゼン!」
「う、うん……」

ロクロウ、マギルゥ、ライフィセットの三人もベルベットと名無に加勢した。
アイゼンと聖隷の男性はいきなりベルベットが間に割り込んできたことに驚き、動きが一瞬止まる。その隙を突いてベルベットはアイゼンに蹴りを繰り出し、名無はボーラで聖隷の男性を捕らえて、二人の距離を離すことに成功した。アイゼンの方は彼女たちに任せることにする。

「お前に聞きたいことがある」
「何だい?そうだなぁ、俺の好きな女のタイプは「そんなことじゃねぇ!」

ボーラの縄で胴と腕を拘束されているのに余裕綽々な彼。名無はボーラを握る力を強くして、彼を見据えた。

「アイフリードが、どこにいるか知らないか」
「……名無しさんも、アイフリードの身内か」

名無に向ける彼の顔付きが変わった。「―――っ!?」風が吹き荒れ、彼を拘束していたボーラが弾かれる。名無は宙を舞うボーラの先を手繰り寄せ、回収した後に剣を構えた。

「………言うつもりがないのなら!お前をぶっ倒して聞き出すまでだ!!」
「いいぜ、こいよ!」

ペンデュラムを構えた彼は名無を迎撃する体勢に入る。名無はそのまま彼に襲いかかった。刃とペンデュラムが交戦していくごとに、名無の顔が険しくなっていく。ついに我慢できなくなった彼女は聖隷の男性を怒鳴りつけた。

「てめえ!!なめてんのか!!」

彼から殺気が微塵も放たれない、手加減されている。それが名無は気に入らないようだ。

「なめてなんかねぇさ」
「だったら本気でやりやがれ!」

本気で交戦しないと彼の真意が窺えない。名無は、どうにも彼がアイフリードを倒したとは思えないのだ。彼の力を見なければわからない。

「……わかった、じゃあ少し本気出すか。安心しな、後でじっくり手当てしてやるからよ!」
「少しじゃなくて全力でこい―――っ!!」

間一髪、彼の攻撃を避ける。ペンデュラムの速さと鋭さが増した。風の力で操っているのだ。軌道がさらに正確になった攻撃は、名無を確実に追い詰めていく。

「…っ!粋護陣!」

避けられない攻撃には、防御する陣を展開して防ぐ。(これだけ攻撃してきてるのに、まだ殺気は感じられない)彼と交戦しているうちに名無はひとつの結果にたどり着いた。

こいつはアイフリードを倒せるような奴ではない、と。

「お前、いい奴なんだな」
「………」
「でも、私の方は容赦しないぜ。結界を通る為に協力してもらう」

名無は息を吸い込む、詩で彼の力を無効化させようとするが「名無!後ろだ!」「えっ?…ふぎゅ」背後から駆けてきたアイゼンが名無の頭を強く押さえ込み、彼女の上を跳び越えた。そのまま聖隷の男性に殴りかかる。名無はアイゼンの体重に抗えずに、地面にうつ伏せに倒れてしまった。再び交戦する二人。

「こらー!人の上を跳び越えるな!!」
「遅かったか……」
「アイゼンの奴、完全にあの聖隷しか見えておらぬわー」
「大丈夫?名無」

ライフィセットの手を借りて立ち上がる。ベルベットたちを掻い潜ってきたのか。アイゼンは、そうとうあの聖隷を自分の手で倒したいようだ。「交代!名無はアイゼンを!ロクロウも!」ベルベットは二手に分かれて対応しろと命令するが、名無は首を横に振った。

「………お前らはあの聖隷を倒せ、アイゼンは私がとめてやる」
「お、応……」

剣を鞘に納め、ボーラを取り出す名無。いつもより声が低い彼女に気圧されたのか、ロクロウはベルベットに加勢すべく動いた。十分に振り回した後に投げられたボーラの先は、アイゼンの左手首にまとわりつく。

「…っ!名無、邪魔すんじゃねえ!」
「うるせー!お前だって結界通るの邪魔してるくせに!」

名無がアイゼンの動きを止めた。ベルベットはブレードを振り、聖隷の男性を後退させてアイゼンとの距離を離す。
力勝負では勝てない、名無はボーラから手を放して一気にアイゼンとの距離を詰めた。アイゼンは気絶させようと腕を振り抜こうとする。名無は一瞬の隙を突いて再びボーラを握って素早く引っ張り、彼の態勢を崩した。

「……名無?」
「………アイゼン」

片膝をついたアイゼンの頬に手を添える。何故か名無の両手が淡く緑色に光っているが、アイゼンは至近距離にある彼女の顔に気を取られ、気付いていない。名無は徐々に顔を近づける。アイゼンは目を丸くしていく、まさか―――

『落ち着けーーーーーっ!!!!!』

自分の霊力を腹の底から喉を通して、声と共に放出する。名無の大声がアイゼンを襲った。ビリビリと辺りが振動する。ベルベットたちは反射的に耳を塞ぐ。この大声には超音波も込められているようだ。名無が叫び終わると、辺りは静寂に包まれた。

「謳術士の超音波攻撃か。凄まじいのぉ〜……」
「アイゼンの鼓膜、破れたんじゃないか?」
「凄く、大きな声だった……」

「……がっ……ぐ、ぅっ………!」耳も塞げずに間近でくらったアイゼンは跪く体勢で、ふらつく頭を押さえている。「あれ、抑え目にしたつもりなんだけど。おーい、アイゼーン」声を出す前から回復術で彼の鼓膜を守っているので、破れてはいないはずだ。名無は立ち上がらせる為に引き続き回復術をかけた。

「っ!炎牙昇竜脚!!」
「ぐぉお……!!」

ロクロウたちだけでなく、聖隷の男性も目を丸くして名無を見ていることに気付いたベルベットは、炎をまとった回し蹴りを連続で見舞う。彼は吹き飛び、結界に衝突した後に地面に落下し、倒れた。

「……俺たちが、勝ったのか?」
「…うーん………」
「当たり前じゃない、立ってるのはあたしたちなんだから」
「じゃな」

傍に倒れている聖隷の男性も気になるが、今やるべきことはアイゼンの回復だ。名無は彼に回復術をかけ続けた。
数分時が経つと「……もういい、名無。耳鳴りも治まった」「……どうやらあんたらがケンカに勝ったようだな」二人が立ち上がる。

「はは……おもしれぇな、あんた。この結界を開けてどうする気なんだ?」

聖隷の男性が結界を叩く。結界は透明な、見えない壁のようになっていた。

「導師を殺す」
「ひゅ〜♪そいつはスゲェ!」
「こいつは本気だぜ」

ケンカに勝ったのはそっちだ、俺はどうすればいい。彼が聞くと、浮かない表情のビエンフーが出現する。マギルゥの言う通りに四人の聖隷が結界の前に立ち並んだ。

「あっ…っ!?」
「!!」

ライフィセットが手をかざすと結界がすぐ破れた。アイゼンとマギルゥは息を呑む。名無も彼が一人で結界を破ったように見えて、目を丸くした。

「後は任せたぜ。その方が対魔士共の慌て顔が見られそうだ」

聖寮に刃向う意思を持っている彼だが、こちらに協力する気はないようだ。この場から去ろうとする。しかしアイゼンが許すはずがなかった。

「待て。まだ肝心なことを聞いてねぇ」
「それ以上はやめとこうぜ、アイゼン。命のやり取りになっちまう」
「!!」

「……何者だ、お前は?」アイゼンの問いに彼は「風のザビーダ。ただのケンカ屋さ」そう名乗って去って行った。

(不思議な奴だな)名無はアイゼンの後ろから、彼が見えなくなるまで眺め続けた。ベルベットは腕を組み、アイゼンに追うなら止めないと言うが、彼は首を横に振る。

「……いや、神殿に向かう。アイフリードの行方に近いのはメルキオルの方だ」
「馬鹿ね。割り切れるなら最初からそうすればいいじゃない」

「そんなに器用じゃない。だからここにいる」目を逸らさずに言う彼に「……馬鹿ね、ほんとに」彼の言動が自分と重なっている気がして、ベルベットは呟いた。

 様々なことがあったが、結果的に結界は破れた。一行は検問前に倒れている王国兵や対魔士の様子を窺うが、彼らは気を失っているだけのようだった。

「全員、気絶してるだけみたいね」
「ケンカ屋ザビーダ……か」

ひっかかることもあるが、一行はそのまま聖主の御座を目指す。

「あ、アイゼン待って。砂埃が付いてる」
「………」

名無は彼の黒いコートについている汚れをポンポンと優しく掃ってやる。最後に背中を軽く叩いて「よし!これで男前!」と笑顔を向けるが、彼は黙ったままだ。

「……もしかして、怒ってる?」
「………」
「ご、ごめんってば。許してよ……」

自分を見下ろしたままで口を開かない彼に不安を覚える。

「もう二度とするんじゃねぇぞ……」
「わ、わかった。約束する」

重々しく開かれた彼の口から発せられた声はいつもより低い、しかし怒ってはいないようだ。どうやら超音波攻撃がそうとう堪えたらしい。

(そういやアイフリードにも「二度と至近距離で馬鹿声出すな」って怒られたな)

船長と副長、両方の鼓膜を破りかけてしまった名無は反省して再び謝った。
そのまま最後尾を歩いていると、前にいたライフィセットがこちらに向かって来て、二人と並んだ。

「アイゼン。さっきは……ごめん」
「戦ったことか?気にする必要はない。……殴られた回数を一生覚えて恨むだけだ」
「!?」
「冗談だ」
「子供相手にその死神ジョークはきっついわ…」

自分だって冗談だとわからない、名無は顔をひきつらせる。ライフィセットはアイゼンに「どうすればいいのか……わからなかった」自分の心情をポツポツと語る。

「悩むのはいい。だが、最後は自分で決めろ。その結果が俺と戦うことなら、殺されても文句は言わん」
「うん……」

同族の先輩として、彼を導く言葉を残すアイゼン。

「逆に、俺がお前を殺すことになるかもしれんがな」
「……うん」

真摯に向き合うのはいいが、その台詞は年端もいかない少年には厳しいものがある。名無はアイゼンの名を呼び、軽く咎めた。

「アイゼン」
「ふっ、喋り過ぎちまった。あの野郎のせいで血がたぎっているようだ……」

名無も自分の心の内を彼に明かす。一歩先を行く彼の袖をきゅっと弱く握った。

「……一人だけで無理はしないでほしい。私だって、アイフリードを助けたいんだからさ」
「……名無」
「次からは、私も連れていってよ。頑張るから」

アイゼンは振り向き、名無の頭にそっと手を置いた。

「………わかった。また耳元で叫ばれてはかなわんからな」
「ごめんってば!もうしないよ!」


 


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