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『私たち選手一同は、日ごろの練習の成果を発揮し、正々堂々競技を行い、全力を尽くすことを誓います………と言うとでも思ったかぁ!これから始まるは血も涙もなしの大勝負!豪華家族旅行をかけた何でもありの体育祭じゃー!!』
「うぉおおおおおおおおおお!!!」

自分のクラス以外の全生徒と教師が目を点にするなか、ベルベット一人の雄叫びだけが運動場に響いた。


クラスを持ってない教師は好きなクラスに付くがよい、とマギルゥが説明する。ちなみにルールの説明はなしだ。好き放題することがルールなのだから。

「名無」
「あ、先生!」
「約束通りお前らのクラスに合流してやったぜ」
「助かるわ」

ジャージ姿のアイゼン先生とザビーダ先生が合流する。
ザビーダ先生はあまり変わらないが、アイゼン先生の雰囲気の変わりようが凄い。髪型は普段のセットされたのではなく無造作、橙のシャツに黒いジャージ姿の彼はヤンキーにしかみえない。眼鏡もないからその鋭い目付きが存分に発揮されていた。腕部分は七分丈が好きらしく、少し捲られている。

「あんたたち!わかってるんでしょうね……?」
「も、勿論だよ。みんなー!気合入れてくぞ!」

おー!と主柱メンバー八人全員が腕を上げる。
………ん?八人?

「何故か一人多いのですが!?」
「どうした少年、迷子か?保護者席に連れていってやろうか」

一人の小学生くらいの男の子がベルベットの傍らにいた。ロクロウが屈んで優しく聞いてやる。

「違うよ。僕もベルベットに協力したくて……」
「べ、ベルベット。まさか」
「こんないたいけな少年を使ってまで勝利を…」
「外道だな」
「見損ないました」
「魔性の女だねえ」
「オニババじゃ〜」
「違うわよ!!」

「フィーが自分から出たいって言ったの!」彼女の弁明に少年が強く頷く。そういえばベルベットの弟の名前って……

「あ、もしかして弟くん?ライフィセットって名前だったよな」
「違うわ、名前は同じだけど。うちに居候してる子なの」
「珍しいなあ同じ名前なんて」

実弟は長女の人と観客席で見てくれているらしい。ちなみにベルベットは次女だ。

「僕、精一杯頑張るよ!だから混ぜてほしいんだ」
「確かに助っ人にも特に基準はないが…」
「僕は初等部だよ」
「ま、いいかの。面白そうじゃし♪」

生徒会長様のお許しを得たライフィセットは喜んだ。ベルベットの自己紹介なさい、という言葉に頷き一人一人に挨拶を済ませていく。私も彼と自己紹介をし合った。素直でいい子だ。

「気を取り直して、これが競技ごとの出場するメンバーよ」
「うわぁ、女子がほぼベルベットと私だ」

彼女の提示した出場生徒(教師や助っ人可)欄はこの七人の名前ばかりだった。

「……あれ?マギルゥの名前がない」
「儂は競技中は実況をせねばならん。運動は体育会系の皆の者に任せるぞー」
「誰一人として運動部なんていないんだけど」

まあアイゼン先生の熱血指導はスポコンみたいなところはあるが。

「さぁさぁ第一競技は全員参加の玉入れじゃ!さっさと行かんか!」
「まあ、あんたがいなくても問題は全くないわ」
「サラリと酷いことを言うの……」

「勝つわよ!」ベルベットの気合いに満ちた声を聞きながら自分のクラスの籠に集まる。

「名無、あんたはひたすら玉を投げ入れといて」
「名無は歌唱力と投擲能力がカンストしてるからな」
「ソフトボール部にでも入ったら即エースなのによ、さっさと機械部なんか辞めちまえ」
「あ"?」
「アイゼン先生、ザビーダ先生!今は競技に集中しましょう!?」

今にも喧嘩をおっぱじめそうな二人をエレノアがなだめる。私は苦笑いするしかなかった。さて、私は玉入れに集中するとして……

「みんなは何するの?」
「決まってるじゃない。他のクラスの妨害よ」
「ええ……」
「フィーとエレノアは玉を名無の傍に集めて!」
「うん!」
「違う…!私の求めている体育祭とは全く違う!」
「今更だな」
『それでは玉入れ開始じゃー!!』

競技開始の合図が鳴り響く。私とエレノア、ライフィセット以外は妨害する為に他クラスへ走り出す。早速ベルベットが隣のクラスのオスカーの左目に向かって飛び蹴りしたのだが、彼の左目に何か恨みでもあるのかなあ。
私はひたすら確実に玉を投げ入れた。

「まずは一勝!」
「はっはっはっ、圧倒的だな!」
「そりゃ手段選んでないのうちのクラスだけだからな……」

次の競技、100m走で一着をとるベルベットとロクロウに拍手する。
実は先週ライフィセットを除く七人で集まって運動能力を確認しあったのだが、マギルゥ以外の全員が万能なことが判明した。女子はとっくに授業で知っていたけど。男性陣も十代がいないなか、若々しい運動能力を発揮してくれた。アイゼン先生なんか今年で三十路に突入するのに全然それを感じさせない身のこなしだった。

スタンダードな個人競技で勝ちをおさめていき、気が付けば昼食の時間だ。
ベルベットの姉と弟に挨拶を済ませ、長女セリカさんに弁当を貰う。

「さぁ召し上がれ!」

セリカさんの言葉にいただきます、とみんなが手を合わせた。ちなみにロクロウは自分の家の方で食べている。私たちはセリカさんの絶品の弁当に舌鼓を打つ。マギルゥがこれを目標に弁当を作れと私に命令するが無視してやった。

「そっかー、ベルベットが料理上手いのはお姉さんに教わってるからか。いいなぁ私一人っ子だから」
「ふふ、よければ暇な時に家にいらっしゃい。名無ちゃんとベルベットと私、三人一緒にご飯を作りましょう?」
「え、いいんですか?」
「勿論よ、マギルゥの鼻を明かしてやりなさい」

嬉しくなった私は礼を二人に言う。「父さんが帰ってくる頃にはもうちょっと上手くなりたかったから助かるよ」

「名無のお父さんって海外に出張中なんですよね」
「帰ってくる時期がわかったのか?」
「こないだ国際電話で、来年の三月には帰るって言ってました。多少は前後するらしいですけど………そんなことより、」

私のことよりもザビーダ先生がセリカさんを口説いているのが気になる。セリカさんは新婚だってベルベットが言ってたのに……。

「ザビちゃーん、旦那さんがいないからってやめろよ見苦しい」
「見苦しいってお前なぁ」
「いるわよ。旦那」

どこに?ベルベット姉弟とライフィセット以外のみんなは、夫の方は仕事でいないと思っていたのだが。「あそこよ」ベルベットが指を差す。

「……もしかして、アルトリウス学園長!?」
「ええそうよ。アーサーの妻です、いつも夫がお世話になってます」
「ま、マジかよ……」
「終わったなザビーダ。新しい職でも探しやがれ」

ざまあみろとアイゼン先生が鼻で笑った。教員席から学園長がこちらを睨んでる気がする。おいおいザビちゃん終わったな。そんなことよりも疑問ができた私はベルベットに話しかけた。

「あのさ…学園の行事滅茶苦茶にして大丈夫?」
「そ、そうですよ!お義兄さんに迷惑なのでは?」
「逆よ、アルトリウスの学園だから好き放題してやるの!」

私とエレノアは言葉を失ってしまった。セリカさんが優しく教えてくれる。

「今二人はちょっと喧嘩しちゃってて、些細なことなんだけどね。普段はアーサー義兄さんって呼んでるのだけど」
「お姉ちゃん頑固だから……」
「でも、それがベルベットだよ」

喧嘩内容が気になるが、何故か聞ける雰囲気ではなかった。というか終始おだやかな笑顔のセリカさんの器大きすぎないか。

昼休みが終わって午後の競技が始まる。まずは女子参加の棒引きだ。クラスの陣地に戻らず、直接運動場に向かおうとするが遠くから見てもロクロウの様子がおかしい。心配になった私は彼の元へ向かった。

「ロクロウ、どうしたんだよ?気分悪いなら保健室行くか?」
「いんや〜?むしろ元気だぜ俺は!ランゲツ流絶好調だぁ〜」
「うあっ!臭ぇ!しかも顔赤い…まさか」
「ああ、酒を飲んでやがる。羨ましい奴め……」

昼休みに酒を飲むとは、なんて奴だ。次の競技は男子の騎馬戦だというのにこんな千鳥足で大丈夫か?
私はアイゼン先生にたらふく水を飲ませるよう頼み、運動場に向かった。

「ロクロウの調子はどうでした?」
「ベルベットに殴られても仕方ない、あれは」
「そ、そうですか……」

そういえばベルベットがいない。エレノアに彼女の所在を聞くと不安げな顔で指差した。一人の女生徒と話している。お互いの表情は冷たさを放っていて、見ていられない私は駆け出した。

「また弟の、オスカーの左目に攻撃するなんて!」
「何故か吸い寄せられるのよね……」
「何ですって!?」
「二人とも、競技前に何してんだ!」

二人の間に割り込んでとめようとする。今の会話を耳にした私はベルベットと対峙する彼女が隣のクラスのオスカーの姉だということに気付く。

「あの、またって聞こえたんだけど……もしかして二回目?」
「そう、彼女は二度もオスカーの左目に攻撃したのです!」
「四月の部活見学でボクシング部に行ったんだけど、その体験中にオスカーの左目に渾身の左ストレートが入っちゃったのよね」

なんでボクシング部に行ったんだ。私がアイゼン先生に捕まっている時に、そっちはそっちで色々あったらしい。

「お前が悪い、終わったら謝罪してこい」
「そのつもりよ……体育祭が終わったら謝りに行くわ。アーサー義兄さんと」
「姑息な手を!許さざるをえないではありませんか!」

本当に今日のベルベットは恐ろしいな…。まだ言い争いは続くかと思ったが『そこの発育ぐんぐんぐんぐにる三人娘!自分の持ち位置につけーい』マギルゥの悪意ある放送で、私たちは渋々クラスの陣地に戻った。「アニスちゃんの技はぐるぐるぐんぐにるだろうが……」
棒引きとは運動場に散らばっている棒を制限時間中にいかに多く持ち帰れるか、という競技だ。

「エレノア、棒で他クラスの女子倒せよ。なんか槍術上手そうだし」
「んな滅茶苦茶な!私は正々堂々、棒を持ち帰ります!」
「そう?まぁ私の前に出るなよ、危険だから」
「な、何をするつもりですか……」

棒引きは、ビエンフーとかいうマスコットの声マネをしながら実況するらしい。『それでは、棒引き開始でフ〜!』普段のマギルゥとは違うような声がスピーカーから響いた。

私たちは走り出す。エレノアは真面目に棒を持ち帰っていた。ベルベットはテレサと棒を引っ張り合っている。
「―――っおらぁ!」私は他クラスの女子との棒の引っ張り合いに勝つと、そこから棒を槍投げの要領で離れた自陣地に投げ込んだ。

『それは棒引きというより、棒投げじゃが……ま、許すかの。 とにかく棒を自分クラスの陣地に入れればいいでフからね〜方法はさほど問題ないでフ』
「流石は投擲能力、カンスト……前に出るな、はそういう意味だったのですね」
「その調子よ名無!」
「おう!次投げるぞー!!」

「勝ったー!」両手を上げて、クラスの元へ戻る。ザビーダ先生が頭を撫でてくれてそれに喜んでいると、アイゼン先生にも頭を撫でられた。おかげで私の頭はボサボサだ。

「………ロクロウ……」
「何だぁ〜?ベルベット〜」

低い声で彼を呼ぶベルベットの顔が恐ろしい。ロクロウはまだ酔っているみたいだ、昼休み中にどんだけ飲んだんだよ。

「次は男子の騎馬戦……大丈夫ですか?」
「騎馬の一人が酔っぱらいとは……」
「やるしかねぇ。ライフィセット、ロクロウにはなるべく体重をかけるなよ」
「う、うん」

ライフィセットに何かあったら許さないとベルベットが大人三人を脅した。一人には全く聞こえてないようだが。プレッシャーが先生二人を襲う。私は精一杯応援することしかできない。

「先生、頑張れ!」
「任せろ。他の奴らに化学室の死神の恐ろしさを思い知らせてやる」
「……恐ろしさがわかるのは、主に俺たちの方なんだがな」

頷いて運動場に向かうアイゼン先生はかっこよかった。思わず後ろ姿を眺め続けてしまう。

「アイゼン先生のあだ名いいよなー、なんか週刊少年誌で連載できそう」
「……あんたたち、お似合いの教師と生徒だわ………」

身長の低いライフィセットが不利かと思ったが、騎馬の三人が一際高いからそこは気にはならなさそうだ。騎馬戦が始まると、ライフィセットは恐れず勇敢に帽子を奪っていく。「その調子よ、フィー!」

「あ、ザビちゃんが他クラスの騎馬の足ひっかけた」
「ああ……ロクロウが、無意識に追撃を……」

男性陣もやりたい放題だ。他クラスの騎馬が彼らに突進するが、見事に返り討ちにあっている。徐々に騎馬は減っていく。残るはうちのクラスの騎馬と、体育教師のシグレ先生が騎馬として率いている四人だけだ。

「シグレ〜〜〜!!」

ロクロウが率先して彼にぶつかりに行った。「普段からでも兄貴に勝ててないのに、酔ってる今じゃとても―――」

「受けてたつぜロクロウ!……ひっく!」
「あっちも酔ってる!!」
「どうやら、家族ぐるみで飲んでたみたいです……」

そのまま激しくぶつかり合った騎馬。初めてアイゼン先生たちがよろけたが、すぐに体勢を直す。上ではライフィセットが相手騎手の帽子を奪おうと奮戦している。下では押し合いながら、頭突きをしたりと男同士の戦いが繰り広げられていた。

「流石シグレ先生、強いなぁ」
「一人で、騎馬三人の攻撃をいなしています……」
「急所よ!!容赦せずに急所を攻撃しなさい!!」
「お前は容赦なさすぎ」

彼らの戦いは拮抗している。『さぁこの凄まじい男の戦い!勝敗はいかにー!』応援しかできない私たちは大声を出した。

「フィー!!頑張りなさい!!」
「僕は!!ベルベットの為に勝つ!!」
「アイゼン先生!!シグレ先生に押されてる!踏ん張れー!!」
「あいつの前で間抜けな姿は見せられねぇ!!」

上下両方の熱い戦いに、マギルゥの実況。応援側も盛り上がり、全生徒が沸き上がる。しかし「……ん?」私は二人の異変に気が付いた。真っ赤だったロクロウとシグレ先生の顔が、真っ青になっている。……まさか。

『ちょー!運動場のど真ん中で吐かれては困るぞよ!!』

マギルゥも気付いたらしく、熱い実況は打ち切りとなった。

「ヤバい!誰かバケツか袋ーーー!!」

私は急いで受け止める物を探した。間に合うかどうかは二人の頑張り次第だ。

「てめっ、ロクロウ!ぜってー吐くなよ!!」
「飲み込め!!」
「む、無茶……言うな………う、」

ロクロウの異変に気が付いた先生たちも焦っていた。相手の騎手と騎馬の生徒たちもシグレ先生の様子を窺っている。

「シグレ先生、大丈夫ですか……?っあ!?」
「とったー!やったよベルベット!!」

一人だけ気付かず集中していたライフィセットが相手から帽子を奪った。騎馬戦もうちのクラスの勝利に終わったのはいいが……。「あれ、みんな…どうしたの……?」ライフィセットがきょとんとしながら周りを見ている。

「名無!バケツです!」受け取った私はすぐさま駆け出した。アイゼン先生たちは騎馬戦が終わった瞬間に二人から素早く離れた。

「間に合えええ!!」リレー以上に必死になって走る。最後にはバケツを二人に投げつけ、間一髪間に合わせた。そこからの音とか、臭いなどの表現は控えさせていただく。

「はぁ、はぁ……。保健室に、連れて行ってやろう……」

バケツに顔を突っ込んでいる二人の背中を押しながら歩き出した。

『兄弟揃って吐く話は名作、ということで……どうにか、頼むの………』

次の競技は私は出ないので、少しだけ二人の介抱をすることにした。保健室に連れて来て、うがいを済まさせた二人をベッドに寝かせてやる。「飲んだ後に激しく動くからだよ」冷えピタを探しながらぼやいた。バケツの片付けも私がやらないと駄目だよなぁ……。

「かたじけない……名無」
「いいよ。でもしばらくお前のあだ名はゲロクロウな」
「勘弁してくれ……」
「いいあだ名じゃねえかゲロクロウ、はっはっ 「シグレ先生は吐しゃ物にちなんで吐シャグレ先生な」 は………」

嘔吐してずいぶん楽になったと二人は元気そうにしていた。顔色も戻っていたし、大丈夫だろう。
運動場に戻ると二人三脚が始まるところで、数週間前から練習していた私とベルベットが圧巻の勝利をおさめる。
次は障害物競争だ。この競技には、最後には何かを借りる借り物競争のような要素も含まれている。「行ってくるよ!」ライフィセットになら誰でも何でも貸してくれるだろう。私たちは安心して送り出した。

『勝利の為には、最後の借り物の時に勇気を出さねばならぬぞ〜。では始めじゃー!』

ライフィセットは障害物をするすると突破していき、一位の状態で最後の難関もこなそうとする。ちなみに借り物の内容は同じらしい。彼は迷うことなく机の上の紙を取った。

「えええーーーっ!?」

折られている紙を広げたライフィセットは顔を赤くして驚いた。足を踏み出さずにオロオロしている。

「何?何が書かれてるんだ?」
「借り物内容を決めたのはマギルゥですからね、何が書かれていてもおかしくないです」
「フィー……」

後から辿り着いた男子も次々と紙を広げるが、彼らもライフィセットのように動けずにいる。「ははーん、こりゃあ男の見せ所じゃねぇか?」「自分で決めろ、としか言いようがないな」先生たちは紙の内容を察したようだ。

「フィー!得点はあたしたちが大差をつけてる、無理はしなくていいわ。棄権しなさい!」
「………ベルベット……」

見かねたベルベットが彼に優しい言葉をかける。……これ、相手がライフィセットだからで、私だったら問答無用でやらされるよな。
彼女を見たライフィセットはぐっと決心した顔をして、こちらへと走ってくる。

「ベルベット!……あ、あの、僕……ぁ…」
「何?」
「男見せろ!ライフィセット!」
「べ…べ、ベルベット!一緒に……来てくれる?」

頭を下げて片手を出すライフィセット。なんだか告白みたいだ。

「あたし?借り物の条件にあたしが必要なの?」
「うん、ベルベットしか考えられなくて」

ベルベットはライフィセットがもう片方の手に握り締めている紙を取ろうとするが、彼はそれだけは許さなかった。首を傾げるが、彼の手を取るベルベット。二人はそのままゴールに走って行った。

「あ、あの!エレノアさん……一緒に来てもらえませんか?」
「はい?私……ですか?すみません、ベルベットから他クラスの誘いは断るように言われてるので……」

決心してこちらに来てくれた男子生徒は泣きながら棄権しに行ってしまった。少し経つと私も声をかけられる。

「名無さん!俺と一緒に「あ"ぁ"?」な、何でもないです……」

アイゼン先生の威嚇に負けた彼も泣きながら棄権しに行った。

「何だったんだろ……」
「アイゼンお前……せめて最後まで言わせてやれよ……」

時間が経ったのにも関わらず、ベルベットを連れたライフィセットが一位でゴールした。マイクを持ったマギルゥが二人に駆け寄る。

『ようやったのう!ゴールできたのは坊だけのようじゃの。はぁ〜小学生に負けるとはだらしないこと情けないこと』
「結局、借り物は何だったのよ」
『知りたいかえ?ではご開帳〜♪』
「え!?ちょ、待っ……!!」

すっと紙をライフィセットから取り上げたマギルゥはマイクを通して読み上げた。

『”自分の思うヒロイン”!つまり自分の好みのおなごじゃな♪』

ライフィセットは顔を覆ってしまう。ベルベットも顔を赤くして彼を見た。

「はぇー……そういうことかー」
「意外に優しいお題だったんだな。てっきり好きな女子かと思ってたぜ」
「いや、同じようなものですよ。ライフィセット、可哀想に……」

確かに二人の間に気まずい雰囲気が流れている。「……ベルベット」「な、何?」意を決してライフィセットが話かけた。

「ぼ、僕は本心からベルベットを選んだんだよ。他の人じゃ駄目だったんだ」
「フィー………」
「勇気が出なくて、すぐに向えなくてごめん」

「僕にとってのヒロインは、ベルベット一人だけだから!」彼の真っ直ぐな言葉に女子たちが黄色い声を上げた。ベルベットは屈み、額をこつんと合わせて「ありがとう、フィー……!」心から嬉しそうに微笑んだ。セリカさんたちも満面の笑みで拍手している。アルトリウス学園長は感激しているらしい、目元を覆っていた。勿論私とエレノアのテンションも上がっている。

「うああああ!胸がキュンキュンする!!」
「何でしょう……!この純愛小説を読んでいるような満たされる気持ちは!」

お互い手を握って軽く跳び、青春を謳歌している二人を眺めた。「よくわかってんな、女ってのはストレートなのが好きだからな」「………」

二人が帰って来る。ベルベットは私とエレノアが、ライフィセットは先生二人が出迎えた。

「おかえりー!ヒロインベルベットー!」
「う、うるさいわね……!」
「これからは、休日に無闇に誘えないですね!ヒロインの方には悪いです!」
「誘いなさいよ!」
「四人の中で一番早く彼氏持ちになりそうなのはお前だな!ひゅー♪」

男性陣の方は「男見せたな」という風にライフィセットを誉め称えていた。思う存分ベルベットをからかっていると、彼女はギロリと私を睨んでくる。

「……名無、よく言えるわね。次の障害物競争女子の部に出るのは、あんただってのに」
「あっ」
『ちなみに!次の女子の部の借り物お題は、それぞれ違うぞ〜。”眼鏡”から”自分の思うヒーロー”、しまいには”抱かれたい男性”まで目白押しじゃ!男子諸君は心して待たれよ?』
「げぇ…!!」

私はベルベットの肩に組んでいた手を放して固まった。

「頑張ってね、名無」
「得点は大差をつけてるし、棄権は……」
「問答無用、許さないわ」
「………やっぱり?」



【後編”月”へ続く】


 


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