05  



「わあ………!」

洞窟から出て、ブルナーク台地の緑溢れる美しい景色に名無は見惚れそうになる。洞窟に入るまでは曇りだった空も今や快晴で海が輝いて見えた。今までもこういうことは何度もあった、これからも何度もあるだろう。彼女は景色を見るのが好きなのだ。

(やっぱり、自分の足で歩いて見るのが最高だよな)

本にある風景画とは違う、自らの目で見ることに意味があるのだ、と名無は改めてそう思った。絵画も魅力的だが、肉眼で見ることにより名無はこうして自由を実感できる。だから好きなのだった。いつか思う存分この景色を堪能したいなと思いを馳せ、一行の後に続いた。

 五人は侵入する予定の扉付近の岩の影から様子を盗み見る。要塞の入口だというのに何故か見張りが一人たりともいない。

「警備がいないな。押してみるか?」
「待て、調べた状況と違う」

異変を感じたアイゼンはロクロウを制する。それとほぼ同時に風が吹き植物の葉が舞った。それは侵入口の方向へ飛んでいくと、一瞬にして消滅してしまう。名無は間抜けな声を上げてしまった。

「……おあ?結界?」
「結界が張られてるのか」
「警備を変えやがったな」

名無は眉間にしわを寄せ腕を組む。葉でさえ通過できないとは御大層な結界だ。これからどうすればいいのか。

「聖寮の結界かー、解除するのは時間かかるぞ」
「なるほどね。さっきのサソリやこの結界が死神の不幸ってわけか」
「……この程度で済めばいいんだがな」

何故かふっと笑うアイゼン。時間が惜しい、ロクロウは他の方法はないかと尋ねた。

「正面突破は難しいな。どう攻める?」
「崖を降りた先に建設時に使われた搬入口があるはずだ。そっちを探る」

詳しく調査していると名無はアイゼンに感心する、彼は見た目に反して几帳面であった。
搬入口を目指し、崖を軽々と飛び降りるベルベットたちに対し名無は若干もたつくような足取りで降りていく。(これが終わったらまたロクロウに稽古つけてもらおう……)自分は未熟さに身体能力の向上を望んだ。

 下り終わり、もう一度岩影に身を潜める。二人の警備兵が扉を守るように立っていた。

「あれが搬入口か」
「こっちには警備がいるな」
「つまり結界はないってことね。行くわよ」

警備兵に奇襲する為に走り出すベルベットとロクロウ。人間二人なら容易く倒せるだろう。しかし、何か様子がおかしい。警備兵から違和感を感じとる二号。

「駄目……その人は!」
「気を付けろ!そいつは!」

二人の警備兵は少し呻いた後、突如として業魔に変わってしまった。それに驚いたベルベットとロクロウは足を止めた。急遽名無、二号にアイゼンも駆け付ける。

「いきなり業魔になりやがった!」
「どういう不運よ!?」
「………だから言っただろう」

この程度で済めばいいんだがな、名無は先程のアイゼンの言葉を思い出した。不謹慎ではあるが、名無は誰にもわからないように一人笑った。洞窟で言った通りなんとかしてみせよう、まだまだ彼のおかげで面白くなりそうだ。
不意を突かれなければどういうこともない、数も有利だ。一行はトカゲの業魔二体を素早く倒した。

「警備が業魔病にかかってるとはな。これも死神の力か?」
「まあな」

不敵に笑い肯定するアイゼン。何でそう自信あり気に言うのだ、と名無は苦笑いした。

「けど、突っ込んでたら危なかった。止めてくれて助かったわ」
「俺じゃない。気付いたのはこいつだ」
「お手柄だよ、ベルベットたちを助けたんだ」

二号に頭を向けるアイゼン。名無はポンポンと頭を撫でる。ベルベットも振り向いて二号を見つめた。

「………」

また怒られてしまうと感じたのか俯いてしまう二号。ベルベットは少し間を開けてから口を開く。

「これからも、しっかり警戒頼むわよ。死神が一緒なんだから」

それだけを言い残して搬入口へ歩いて行く。首を傾げる二号にロクロウが簡潔に伝えてやった。

「喋ってもいいってことだよ」
「素直に礼くらい言えばいいのに」
「……!」

ベルベットの背中を再び見て、二号は拳を握った。

「警戒は、しっかり」

彼の瞳に光が宿る。名無はそれを嬉しく思い、微笑んだ。

 要塞に侵入すると、一行の想像とはまるで違う光景であった。業魔が蔓延り、王国兵の死体が転がっている。

「ううむ、要塞中に業魔がいるようだな。まさかアイゼン、お前が業魔病の原因じゃないだろうな?」
「……いや、偶然蔓延したところに俺たちが来たんだ」
「ふーん……?」
「死神の道連れとはこういうことだ。悪く思うな」

普通の者ならば、今の状況に耐えることはできないだろう。しかし、この中に悲観する者は誰一人としていなかった。

「むしろ好都合ね。敵は組織的な対応ができなくなってる」
「こっちは少数だ。確かに乱戦の方が有利に立ち回れるな」

二人の言葉に名無は頷き、笑顔を見せる。王国兵なら自分のことを知っている者がいるかも、という不安も晴れた。

「なんだあ!じゃあツイてるな!」
「! ………」

アイゼンは驚く、名無に至っては笑顔だ。三人は本当に気にしていないようで、ベルベットが本題の海門を開く方法を求めてきた。

「開閉装置は海門の上部にあるはずだ。それを起動して、合図の狼煙をあげる」
「了解。海門の上ね」

 一行は進み出す。業魔との戦闘も重ねながら要塞の地理も把握していき、扉を開けて海門の下部分へ出た。

「おい、船が残ってるぞ」
「戦艦だ。マズイな」
「え?そう?」

海門付近に一隻の戦艦が佇んでいる。他の者が戦艦に危機感を抱くが、名無は飄々としていた。

「なら沈めようか?」
「は?」
「……確かに水を操ることに秀でている謳術士なら可能だな。だが待て、沈めずとも機能を封じることはできる。まずは先に進むぞ」

とりあえず戦艦のことは後に回し、上を目指し歩き出した。巨大な海門を見ながらロクロウは口を開く。

「海門要塞か……海峡ごと鉄の門で塞いじまうなんて、聖寮もとんでもないもの作りやがるな」
「少し前は、こんなの考えられなかったのに」
「聖隷を道具として使えば造作もないことだ」

こんなことの為に、どれほどの聖隷が”使われている”のだろうか。名無は心が痛んだ。

「聖隷は業魔を斬る刃にもなれば鉄を鍛える金槌にもなるってわけだな」
「そうやって聖寮や王国は、自分たちの力の大きさを民衆に知らしめてるのよ。逆らうな、従えってね」
「胸糞悪い話だ」
「むなくそわるい……」
「全くだわ」
(そうか。母様はこれを見越して……)

名無は母が聖寮反対派の筆頭であったことに納得した。聖隷が道具として使われることに耐えられなかったのだ。今更気付いても遅い、拳をぎゅっと握った。

 梯子を登り、ある一室へ辿り着く。全員が登りきり辺りを見渡すと、こちら側に逃げてくる王国兵が目に入った。逃げることが目的なようで殺気は感じられない。名無はどうしようかと考えようとするが、その前にアイゼンが王国兵を殴り倒した。

「ぐはっ…!」
「まだ人間いたんだ、全員業魔になっちまったかと思ってた」
「この扉から海門に出られるはずだが」

アイゼンは二つある扉の一つに歩み様子を窺うが、鍵がかかっており開けられないことを述べる。ベルベットもその扉の前へと向かい彼と並んだ。名無は(この二人が並ぶと黒いな)などと関係ないことを思っていた。ベルベットが左手を変形させる、それに気付いたアイゼンは扉の前から退いた。

「壊すのは無理か…!」

扉はびくともせず、ベルベットの左手の攻撃は弾かれるだけであった。一行は鍵はどこにあるのか考えながら扉を見るが、後ろから憎しみが込められたような声が届き、振り向く。

「侵入者ども!ワシの要塞をよくも―――」

自分の要塞という表現をする彼は、おそらくここの指揮官なのだと予測できた。

「扉の鍵はどこ」
「ワシは誇りあるミッドガンド騎士だ!業魔なぞに屈するものか!」
「誇りある、ねえ……」

彼の言葉が気に入らなかったのか名無はぼやいた。ベルベットが鍵の在処を吐かせようと一歩前に出るが

「俺がこの世で一番むかつくのは、生き方を他人に曲げられることだ」

アイゼンが王国兵に歩み寄るのが視界に入り、彼に任せようと足を止めた。アイゼンは一歩、また一歩と確実に追いつめていく。

「自分の舵は自分の意志で取る」

名無は目を見開き、彼の言葉を聞き入る。

「そうでなければ本当の意味で”生きている”とはいえないからだ」
「自分の舵……」

二号も感銘を受けたのか、彼の言葉の一部を呟いた。

「いかにも!この要塞を死守するのがワシの生き様だ!」

王国兵も負けじと叫び、返す。アイゼンはそれにフッと一瞬笑った後、鋭い目で次の言葉を放った。

「だが、それにはどんな結果も受け入れる覚悟が要る」

結果と覚悟。名無は心の中で復唱した。そうしているうちにアイゼンは王国兵の直前に近付けており、彼を軽く殴り向きを変えさせ、片腕を拘束しながら壁へ押し付けた。

「ぐううっ!」
「お前の覚悟が本物かどうか、試させてもらうぞ」

次の瞬間、バキッと鈍い音が響き渡る。腕の骨を折ったのだ。

「いぎゃあああっ!」

覚悟を試すという意味もあり、拷問でもある。その様子に直面した名無は息を呑み込んだ。

「慌てるな。まだ一本目だ」

アイゼンの鋭い眼光が王国兵を刺す。答えないのなら二本目にいくぞと眼が語っていた。

「ま、待て!鍵は扉の奥にある管理室だっ!」

骨の一本目で戦意喪失し、鍵の在処を教える王国兵。アイゼンは呆れ果て、溜息を吐いた。

「もう一つ。戦艦のある船着き場はどこだ?」
「正面の階段を進んだ先です!」
「………わかった」

最終的には敬語になっている王国兵。アイゼンはゆっくりと彼を開放する。あとは気絶させるだけだ、名無は安堵したが、彼と目が合ってしまう。

「!!あ、あなた様は……!どうしてここに!?」
「! ちっ…!」

気付かれた。彼はここの指揮官だ、王国兵も長年やっているはずだし知っていてもおかしくない。余計なことを言われる前に名無は鞘で殴り、気絶させた。彼を殴り倒した後にアイゼンに謝罪する。

「悪いな。手を出して」
「………構わん」

詳しく言及されたくなくてアイゼンから目を逸らした。どうやら誰も今は聞かないでくれるらしい。気まずい空気が流れるが、ベルベットがアイゼンに礼を述べる。

「……手間をかけたわね」
「単なる適材適所だ。鍵も必要だが戦艦も潰すぞ。バンエルティア号が迎撃される前にな」
「だな。管理室か船着き場か、どっちに舵を取る?」

ロクロウがベルベットに問う。彼女は少し考えた後、管理室を探そうと皆に言い放った。二号が返事をする。少し彼を怯えさせてしまったな、と名無は彼に少し悪く思った。

「さて、ここからが本番だが、攻略の算段は立ってるのか。副長」
「この要塞に詰めているのはほぼ王国兵だ。対魔士は数えるほどしかいないとみていい」
(ほぼいた王国兵も業魔になっちまってるけど)
「海に鉄門まで作ったってのに、ずいぶん手緩いな」
「外海で暴れる賊を取り締まるのに対魔士を厚くする必要はないってことでしょ」
「そうだ。人間相手なら王国兵でも役に立つ」

アイゼンは今の王国の実権の状況を説明した。王国の顔こそ立ててはいるが、今のこの国の実権はアルトリウスが握っていると。聖寮主導で行われ、王国兵は対魔士の指揮下に置かれているらしい。

「狙うは対魔士だな。少しは骨のある奴がいると楽しめるんだがな」
「折るのか?」
「俺は斬る専門だ」

名無はアウトローな二人の会話に冷や汗を垂らした。

 一行は管理室の扉に辿り着いた。しかし中から鍵がかかっているようで開くことができない。

「他に入口は……」
「窓はあるが、鉄格子がかかってるな」
「独立した建物のようだ。周囲をくまなく回ってみよう」
「……あ!上からなら行けそう」

名無がいち早く上部を見上げ、指を指した。しかし跳躍ではとても届かない高さだ。

「確かに上なら侵入できるところがあるかもね」
「よし、登れる場所を探すぞ」
「へっへー!”これ”を持ってきてるからすぐに登れるぞ!」

名無はじゃーん!と腰付近に丸くまとめて身に付けていた縄を取り出した。それはただの縄ではなく先に鉄鉤が付いている。

「鉤縄か」
「名無、どうしてそんな物持ってるんだ?」
「船の倉庫にたまたまあってさ。役に立つかもしれないと思って」

名無は他の者に少し離れるように頼んだ後、縄の中心を持ち振り回して十分に加速を付いたところで建物の上部に先の鉤を投げ付けた。

「かかった!」
「ほう、一発でいけたか!上手いもんだな」
「これで上から侵入できる場所を探せる。登るわよ」

縄を強く引いても落ちはぜず、一行はそのまま屋根の上に登ることに成功した。名無が鉤縄をまとめ、腰に付け終わる頃にベルベットたちが鉄格子の壊れた窓を発見する。

「手分けして鍵を探すわよ」
「俺たちは奥の部屋を探す」

この部屋の捜索はベルベットと二号に任せ、名無、ロクロウ、アイゼンは奥の部屋へと入った。名無もくまなく探すが鍵は見当たらない。ベルベットたちの方にあるのかも、と思い始めると棚等を探しているロクロウに話しかけられる。

「名無、さっきの奴とは知り合いなのか?」
「んー?私は全く。向こうが一方的に知ってるだけだろ」

変にはぐらかして疑われても仕方がないので名無は正直に答えた。

「やはり俺の見た通りお嬢様じゃないか。ううむ、王国の将軍の娘!どうだ?当たってるか?」
「…まあ、それでいいや……」
「………」

誰かからの視線に気付き、元を辿るとアイゼンと目が合う。首を傾げ何か用かとじっと見るが、彼はここには何もないようだ、と言い残して部屋を出てしまった。(さっきの自分の舵がどうとかの話には私も共感したけど、それ以外のこいつの考えがいまいちわからん!)疑問に思いながらも名無もロクロウの後に続いて部屋を出た。

「鍵があったか。これで海門を開けられるな」
「羅針盤も必要だ。よく見付けた」
「……うん!」

鍵はベルベットが、羅針盤は二号が見付けたらしい。必要な物は最初の部屋に全部あったようだった。これでここには用はなくなった。次は戦艦を潰さねばならない、内側から鍵を開け外に出ることにした。

「………ふぅ」
「ん?どうしたの?」
「どこか具合でも悪いのか?」

名無が二号の異変に気付き、アイゼンとロクロウも彼を見る。

「羅針盤が落ちてきて、タンコブができた……」

ロクロウが彼の頭部の様子を窺い、こいつは痛いだろうと言う。結構腫れているらしい。

「うん……でも、僕は生きてる……」
「痛みも生きている証と言いたいのか?」
「ベルベットが、教えてくれた……」

それを聞いた名無は彼女を小突いた。

「へえー!いいこと言うじゃないかぁベルベット」
「うるさい……」

ロクロウが二号にそのタンコブを押してやるとからかっていたのを見て名無は笑う。もっとも彼は冗談だと気付かずに怯えていたが。ベルベットは「馬鹿やってないで急ぐわよ」と他の者を急かした。
名無は後ろの二人をを見る。ベルベットが二号に何か教えてあげているようだった。これまで彼女と行動を共にしている名無は、彼女は意外と面倒見がいいことを知っていた。

(いい姉だったんだろうな)

 船着き場へと向かう途中にロクロウが優しく二号に羅針盤はカバンに入れておけと教えていた。確かにいつ戦闘に入るかわからない状況な為、そうしないとまた紛失してしまうだろう。話題が二号のカバンになった途端にアイゼンが饒舌にその生地について説明していた。名無はそれに聞き入る、カーラーン金貨の時もそうだが彼は説明するのが好きなようだ。頭のなかに”うんちく物知り説明おじさん”という非常に失礼な呼称が浮かんできたが、勿論口には出さない。”とても博識なお兄さん”、ということにしよう。

「ふーん……博識だな、お前」
「知識と経験の裏付けが、宝の目利きに役立つ。奪った宝をなんでもかんでも積み込めば船が傾くからな」
「なるほどなあ」
「というわけで、羅針盤を入れておくにはそのカバンは最適だ」
「ちゃんとしまっておきなさい。大切な物なんでしょ?」
「……うん」

いそいそと羅針盤をしまう二号。それを見届け、戦艦潰しのことに頭を切り替える。アイゼンにどうやって潰すか聞く。彼が言うには戦艦に大量にある火薬を利用するらしい。それを理解した一行は船着き場へと急いだ。

 途中で業魔の死体がいくつか転がっているのを発見する。勿論やったのは自分たちではない。ならば―――

「一等対魔士!?」
「貴様たちは侵入者か?……いや、どうでもいいか」

船着き場へと出る部屋で対峙する。

「船着き場はその先だな。通してもらうぞ」
「業魔に関わる者は全て斬り伏せる。我が”ランゲツ流”の剣でな」
「は?ランゲツ流?」

名無は隣のロクロウを見上げる。剣士にランゲツ流というワードに彼の眼が変わった。

「……どけ、アイゼン」
「お前こそ下がれ。こいつは俺がやる」
「急いでるんだしみんなでやればいいだろ!」
「いいや”これ”は俺の獲物だ」

ロクロウは二刀小太刀を取り出した。一等対魔士は猪と鼠の聖隷を出す。猪の方はベルベットに突進し、鼠の方は回転しながら名無に攻撃を仕掛けてきた。二人は攻撃を避け、この聖隷から倒すことにする。名無が扉の方を見ると、ロクロウとアイゼンが言い争いながら一等対魔士とやり合っていた。

「邪魔をするなら斬る!」
「てめぇ!死神を舐めるなよ!」
「お前らなぁ!!……わっ!?」
「名無!馬鹿な男どもの心配してないで目の前の敵をどうにかしなさい!」
「わ、わかった!」

鼠の聖隷の攻撃を寸前で避けた名無は剣を構えた。そしてまた向かってくる鼠の聖隷を弾き飛ばし猪の聖隷に命中させる。そこに二号の聖隷術が当たり、二体とも怯んだ隙にベルベットの左手の攻撃が止めを刺した。ロクロウとアイゼンは言い争いながらもちぐはぐな共闘をしていたようで、ベルベットと名無が手を貸そうとする時にはすでに一等対魔士を吹き飛ばしていた。だが彼にはまだ起き上がってくる気配も、戦意もある様子だった。ロクロウが一等対魔士から目を離さずに言う。

「時間がない。お前たちは戦艦を潰せ!」
「ロクロウ、そいつはまだ―――」
「ああ、力を残してる」

彼はわかっていたらしい、ここはロクロウに任せよう。アイゼンは少し納得してないことに気付いた名無は彼の名前を呼んだ。

「アイゼン」
「……行くぞ」

一行はロクロウを残して戦艦へと急いだ。

 「―――はあっ!!」ベルベットのブレードが業魔を切り裂く。これで戦艦にいた業魔は最後だ。船室からアイゼンが出てくるのを待つ。

「アイゼン、火薬は?」
「仕掛けた。こいつをバンエルティア号への狼煙代わりにする」
「……よし!これで―――」
「名無、何してるの?」
「念の為に縄の強化!」

海水に縄を付けて何の強化になるのだろうか。時間が惜しいとベルベットたちは名無の奇行はとりあえず放っておいてロクロウのところへ戻った。

 扉を開けて様子を見る、ロクロウは無事なようでベルベットたちを笑顔で迎え入れた。

「応!俺の目的も聖寮になったぞ。恩返しもできるし丁度いいな」

何か一等対魔士から聞いたのか。彼の目的も重なったらしい。名無は異臭に気付く。その元を辿ると一等対魔士の死体があった。しかもただの死体じゃない、バラバラに斬られている。名無は顔を歪めた。ベルベットとアイゼンも気付いたようで少し目を丸くしていた。

「あ……!?」
「こら、あまり見るものじゃない」

二号の肩を抱き寄せ、前を向かせる。彼に見せていいものではない。むごい死体は時にして酷い悪夢になって出てくるのだ。それを知る名無は二号が見ないように、と目を逸らさせた。

「……あんたがやったの?」
「ん?まずかったか?」
「………別に」
「死神の連れには丁度いい」

背後から爆発音と衝撃が響き渡る。バンエルティア号への合図は済んだ、後は海門だけだ。

「これで準備は整った、海門を開門するぞ!」
「………」

人をバラバラに斬った後でそんなこと言われても反応に困る。名無は笑いの沸点が低いタイプなのだが、この状況では当たり前だが笑えなかった。

 移動しながら彼の背中を見て、ロクロウはこういう奴なんだな、と名無は思った。生物にはそれぞれ特徴や欠点はある、ロクロウは”こう”なだけだ、と受け入れた。
管理室で手に入れた鍵で先程開かなかった扉を開く。ほぼ同時に大砲の音が響き、アイゼン以外の者は驚いた。

「今のは?」
「バンエルティア号が近付いてる合図だ、急ぐぞ!」
「わかった。とっとと海門を開けるわよ」
「うん、とっとと!」

海門は巨大な二枚の扉である。一行は素早く左右の扉を開くレバーを探し当て、海門を開くことに成功した。

「これで全開!」
「バンエルティア号と合流する。船着き場に降りるぞ」


 船着き場に行く為には海門屋上を通らなければならない。一度来た梯子を登り、屋上へと出る。かなりの高さだ、名無はここから落下などはしたくはないと思いながら歩んだ。

「好きにはさせんぞ……ここはワシの……」

先程の王国兵が行く手を阻む。一行は彼の不自然さに足を止めた。

「ワシの要塞だああっ!!」

禍々しいオーラが彼を包み、彼を業魔に変えてしまった。業魔は一番近くにいた二号目掛けて突進してくる。歩きながら羅針盤を熱心に見ていた二号に避けることは不可能だ。ベルベットが寸前で彼の腕を引き、助け出す。

「ああっ……!」

二号は羅針盤から手を放してしまい、遠くへと転がってしまった。業魔、ガーディアンは人間の頃の恨みからして決して逃してはくれないだろう。

「ちっ!こいつも業魔病に!」
「ふん、だが前よりはずいぶんマシだ!」
「羅針盤が……!」
「後だ!今はこいつを倒すぞ!」

時間がない、一気に倒そうと全員で攻撃を重ねる。しかしガーディアンにダメージはほぼ通っていないようだった。

「こいつ、固い……!」
「マズイな、このままでは時間がかかりそうだ」
「―――なら私の出番だ!」

名無は後方に下がり深呼吸をして気を落ち着かせた。今必要なのは味方を強化する詩ではない。名無は謳い出した、業魔に干渉し、その力を衰えさせる詩を。

「グゥウ……アアア!」

ヘラヴィーサの時は自然のエネルギーも借りたが、今回はガーディアンのみに霊応力を下げる謳術を発動する。名無の詩が響き渡ると、ガーディアンが呻く、苦しんでるようだった。ロクロウが大きく踏み込みながら斬撃をくらわせる。

「風迅剣!……よし、攻撃が通るぞ!」
「今よ!一気に終わらせる!」
「これが謳術士の力か」

アイゼンはこれがこいつの能力か、と名無を見た。声が何重にも聴こえるようだ、この美しい声に戦いにはふさわしくないのかもしれない。
二号の聖隷術が発動する。三人は素早く後退し、ガーディアンのみに協力な追撃が決まった。

「あと少しだ!」

一通り謳い、これで戦闘が終わる頃まではガーディアンは弱体したままだろう。名無は三人に加勢する為に鞘を抜いたが

「名無!避けろ!」
「―――っ!!」

弱体させられた張本人の名無を憎むようにガーディアンが勢いよく突っ込んでくる。名無は咄嗟に体を横に反らしながら剣で受け流そうとする。ガキッ!と何かが折れた音がした。

「くそっ!」
「名無!」

名無は無傷だったが衝撃に耐えられずに片刃剣の刃が折れてしまった。片膝を付いたままガーディアンと対峙する。ガーディアンの遥か後方からアイゼンが走って来てくれているのが見えた。ベルベットたちとの距離は遠い。名無は睨んだ。

「……やるか?私は剣が折れても戦う。てめえを殺すぞ」

名無の気迫にガーディアンが気圧された。攻撃する素振りは見せず、少し間を開けてから他の方向に突進していく。ベルベットたちの方ではない、こいつの攻撃先は―――。

「あっ……!」
「しまった!」

二号だ。ガーディアンは一行の中で一番弱そうな彼を狙ったのだ。(走っても追いつけない!)それならばこうするまでだ、名無は鉤縄を的確に飛ばし、捕えた。動きを止めることに成功するが、たった一瞬だけであった。

「くっそおおお!!」

人間の少女である名無の力ではとてもガーディアンを停止させることはできない。しっかりと両足で踏みしめても、一方的に引きずられてしまう。掌が熱い、しかし二号が攻撃対象から外れるまでこの縄から手を放すことはしない。歯を食いしばり、目を固く閉じる。

「グゥッ……!?」

ガーディアンが鈍い呻き声を上げるのと同時に動きが止まった。名無が引きずられることもなくなったのだ。彼女は目を開ける。その視界を覆うのは黒く、広い背中だった。

「アイゼン!」
「踏ん張れよ!名無!」

綱引きのような形で、二号の元へ突進することが目的のガーディアンとそれを阻む名無、アイゼンの膠着状態になる。とっさに名無に加勢したアイゼンは冷や汗を流した。(ベルベットたちが駆け付けるまでに、死神の呪いのせいで縄が切れる……!)その予想は的中しそうだ。ブチ、ブチ、と縄の中心部分が悲鳴を上げ始めた。

「名無!縄が切れたらお前はその勢いで海に放り出される、手を離せ!」
「大丈夫、切れたりしない!」

「何……!?」名無の言う通り、縄は切れなかった。何故か細い一本だけを残して保っている。そういえば、彼女は海水に縄を浸けていた。

「今のこいつには”海の加護”がある!」

戦艦を潰す際に名無は詩を小さく口ずさみながら、縄を海水に浸していたのだ。『大いなる海よ。加護を与えたもうれ』と。
ベルベットとロクロウがガーディアンと二号の間に立ちはだかった。ロクロウが一撃を与えた後、ベルベットが技を繰り出した。掌撃を放ち、ブレードを突き出す。

「空破絶掌撃!!」

名無とアイゼンの方へ大きく吹き飛ばす。アイゼンは縄から手を放し、落ちてくるガーディアンに弧を描くフックをくらわせた。

「無碍!!」

名無も縄から手を放し、アイゼンの攻撃の後にすかさず追い打ちをかける為に走り出した。地に叩き伏せられたガーディアンに折れた剣を突き刺す。

「うらあああっ!!」
「グオオオオオオオ!!」

手の痛みから深く突き刺せなかった名無は、剣の柄頭に足を乗せ、さらに抉り込ませた。ガーディアンは倒れる。こちらの勝利だ。名無はこの戦闘が長く感じたのだが、他の者からしたらあっという間だったのだろう。
一行は屋上の端に立ち、下の船着き場を眺める。

「船着き場は業魔の巣だ。あれじゃ船に乗り込まれちまうな」

大砲の音がまた届く。ロクロウは時間がないと舌打ちをした。

「アイゼン、船に止まらずに海門を抜けるよう指示できる?」
「それなら船は助かるが、俺たちはどうする?」
「この真下を通る船に飛び移る」
「お……おう!?」
「ええっ!?ちょ、嘘だろ!?」

この高さを!?ロクロウ以上に名無は驚いた。

「それしかないでしょ。なんとか合図を―――」
「必要ない。バンエルティア号は海門を突っ切る」
「はぁ!?」
「伝えなくても?」
「俺も同じ策を考えた。アイフリード海賊団の流儀だ」

不敵に笑うアイゼン。それを見て名無は顔を真っ青にさせた。彼女の待ってほしいという願いは届かずに、バンエルティア号は進んでくる。

「本当に真っ直ぐ来た!」
「こっちも行くわよ!」
「無理!お前たちだけで行け!!」

名無は頑なに首を縦に振らなかった。ベルベットの「置いていくわよ」という脅しも効果がない。私は残る!の一点張りだ。人間がこの高さから落ちたら死んでしまうのは一目瞭然だ。アイゼンは舌打ちをする、それを見た名無はカチンときて近付いてくる彼に吠えるように喧嘩を売ろうとする。

「名無」
「何だよやんのか―――わっ!」

彼は突然目の前で屈んだかと思いきや、名無を軽々と担いだのだ、まるで樽のように。降ろせ!と彼の背中を叩くがびくともしない。(洞窟で言ってた担げばいいかってこういうことかよ!)

「無事で済むかな?」
「死神に保証して欲しいか?」
「ロクロウ、あんたはいいじゃない、自分で飛び移れるんだから。あたしは名無がどうなるか気になるわ」
「うぇえー……気にするんじゃなくて心配してよお!」
「……確かに俺は無事でいられる気がしてきた。名無!頑張れ!」

(死ぬ気がする、アイフリードに最後にもう一度会いたかった……!)名無はもう駄目だと、抵抗せずに死ぬ覚悟をしていた。
ロクロウと名無を担いだアイゼンはバンエルティア号目掛けて飛び降りた。名無の甲高い悲鳴が海門上部から響き渡る。できるだけ丸くなりアイゼンにしがみ付く。ベルベットたちが落ちてこないことや、大砲の音と大当たりだとはしゃぐマギルゥのことを考える暇は全くなかった。


 「あ"〜………酷い目にあった。死んだかと」

生きてる。涙目で息を切らす。名無は女の子座りで情けなく自分の生を実感した。ロクロウが手を差し伸べてくれるが、やんわりと断る。腰が抜けているのだ、しばらく立てそうにない。
少し後にベルベットと共に降りてきた二号も最初は名無と同じく座り込んでいたが、今は立ち上がっている。

「ふぅ……」「お見事!」息を付くベルベットに海賊団の青年が声をかける。

「まずは命の恩人への感謝が欲しいのう?」
「いやいや、触るなって言ったのに大砲いじって暴発させたんでしょ」
「そ〜じゃが、あれはいい暴発じゃよ〜」

彼女の言葉に周りは呆れる。仕方ないな、と名無はマギルゥを見た。

「じゃあ礼を言わないとなー。ありがとう、大砲」
「そっちかい!」

海門屋上で落としてしまった羅針盤を持っている二号。どうやら先に名無たちが落ちている間に何かがあったようだ。

「……ごめんなさい」
「ちゃんと持ってなさい。そんなに大事なら」

屈んで彼にそう言葉をかけるベルベット。アイゼンが羅針盤を求めるように手を出した。

「貸せ。進路を出す」

それを聞いた二号はアイゼンを見るが、プイッと逸らしてしまう。羅針盤は意地でも放す気はないようだった。アイゼンは目を丸くさせた後に、フッと笑う。

「……なら、お前が羅針盤を見ろ」
「うん!」

笑顔で頷く。洞窟までの意思のない彼は嘘のようだった。

「ただし、読み間違えたらサメの餌にするからな」
「!?」
「しっかりね」
「頑張れー!」

二号は自分の驚く反応を見て少し笑ったベルベットに気付く。そして彼女を見つめて問う。

「あの……”ライフィセット”って?」
「………名前よ。あんたの」

二号は目を輝かせた、二号という称号などではない、ライフィセットという自分の名前に。

「僕の名前………ライフィセット」

名無は微笑む。これで”お前”ではなく”ライフィセット”と彼の名前が呼べると喜んだ。

「いい名前じゃないか」
「マギルゥほどじゃないがのー」
「はは!これからよろしくな、ライフィセット!」
「海峡を抜けるぞ。進路をとれ、ライフィセット!」

ライフィセット周りの者の言葉に頷き、羅針盤を確認した後、指を指した。

「うん!進路は………ローグレス!」


 


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