03  



名無の強い要望と日も暮れてきたのもあって、一夜をビアズレイの村で過ごすことにした。

「―――うわっ!」

名無の剣が弾かれる。そのまま足をふらつかせて転んでしまった。少し呻いて見上げる、その先にはロクロウが立っていた。

「これじゃあ駄目だ。ならず者の業魔ならともかく、武術に通じた対魔士には通じないぞ」
「くっそ……!」

名無は立ち上がり剣を拾い、もう一回だ!と叫んでロクロウに襲い掛かった。しかし結果は変わらずにまた地に伏せてしまう。

「うっ………」
「すまん、少し強くし過ぎたか。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫」

差しのべられた手を取り立ち上がる。こちらに対しロクロウは木刀だ。それなのにこの情けない結果に落ち込んでしまう。

「まさかここまで圧倒されるとは……」
「そう気を落とすな。基本はできてるし、筋はいいんだ。お前はこれからだよ」

今日はここまでな。と言い村の中へと向かうロクロウを追いかけた。今日はということはまた機会があれば稽古をつけてくれるのだろうか。それからは立ち回りや直せばいいところを教えてもらう。

「ところで、名無のはどこの流派なん「ロクロウはランゲツ流とかいう名前からしてかっこいい流派だよなー!」
「お前なあ……」
「教える必要ないよ、だって本当に基本しかやらせてくれなかったんだ。私はこれから我流に派生させたい………強くなりたい」

そう、いつか一人になる時は訪れる。詩だけでは生き残れない。まずは経験を積まねば、と名無は前を向いた。

「なら、お前がいつか立派な剣士になった暁には……手合せ願おうか」

ロクロウの業魔の右目がギラリと光る。強い者との戦いを望む夜叉の目。名無は挑戦的な笑顔を見せ、その言葉に応えた。

「こんなところにいたの。宿の人が夕食できたって」
「やったー!飯だー!」
「心水も出るだろうか!」
「あんたたちね……」

 夕食は他愛のない話をしながら済ませた。主にロクロウが心水の素晴らしさを語るだけであったが。名無はベルベットの様子を窺う、味覚はどうしようもないが匂いがあると幾分かましなようだった。

 夕食後はダイルの尻尾の保管場所兼ロクロウの部屋に赴き、剣の研ぎ方や手入れの仕方を教えてもらう。その後はベルベットもいる相部屋に戻り、シャワーを浴びた。すっきりした、と頭をタオルで拭きながら浴槽から出る。

「悪いな、先入っちゃって」
「別に。宿代はあんたが出してくれたんだし構わないわよ」

ここ最近ゆっくりと体を洗うことができなかった名無はシャワーを浴びたくて仕方なかったのだ。ゆるんだ顔でベッドに倒れ込んだ。

「ずっと牢獄暮らしだったみたいだし、女の子なんだから体洗いたいだろ?思う存分入ってこいよ」
「……そうね」

名無の隣のベッドに腰掛けていたベルベットが立ち上がる。

「本当に人間扱いするのね。あんた、あたしの左腕が怖くないの?」
「…………」

包帯に包まれたベルベットの左腕を見る名無。嘘は通用しないだろうと起き上がり、率直な感想を述べることにした。

「かっこいい!」
「………はあ?」
「なんかこう、心をくすぐる感じがするよな」
「もういいわ……」

ベルベットは大きなため息をついて浴槽へと向かって行ってしまう。名無は首を傾げた。



 翌朝になり、起床したベルベットが外を眺めるとロクロウが素振りをしていた。その真剣に鍛錬をしている様子に感心する。

「いい加減な業魔かと思ったけど……案外そうでもないのね」
「うう〜………なんかロクロウの声がうるさい……」
「朝よ。起きなさい、名無」
「……おはようございます…寒ぃっ!」
「あんたって言葉遣い安定しないわよね」


 宿の人への挨拶も済まし、昨日と同じ手順でヘラヴィーサへの中へと侵入した。そして商船組合の面々にダイルの尻尾を見せに行く。交渉はベルベットに任せ、名無は口を閉ざした。

「これはダイルの尻尾!?あんた、あいつを殺ったのか!?」
「タールの沼にはまって死んでるのを見つけたの。これしか持ち帰れなかったわ」
「本当……か?」
「疑うのは自由だけど、嘘でも業魔の体を持ってこれる奴がいる?」
「……確かに」

組合長が動揺した様にベルベットに問い、彼女の言葉を疑う。しかしベルベットは物怖じせずに淡々と言葉を発した。

「じゃあ、船の修理をお願い」

いち早く船を修理してもらいたいのだが、組合長はテレサからの正式な許可が下りないと修理できないと渋る。しかしベルベットは密輸の真犯人というカードを出し脅すように修理の約束を取り付けた。方法はどうであれ迅速に依頼をすることに成功する。彼女に任せてよかったようだ。

「船の修理はなんとかなりそうね」
「それで問題が解決するわけじゃない。船をまともに操れなきゃまた難破するだけだぞ」

ロクロウの言う通りだ。このままでは目的の進路に乗れず、沈没させてしまう可能性も十分にある。それでもベルベットは方法を変えるなど毛頭にないようだった。

「航海士なんて探してる暇はないし、かといって定期船は許可なしじゃ乗れないわ」
「俺たちだけでなんとかするしかないってことか。でも俺の操船の腕は前の通りだぞ?」
「いやあ、アレは酷かったな!ははは」
「無理強いはしないわ。独りだってやるだけよ」
「どっかにフリーの航海士はいないもんかなあ」
「……まあなんとかなるだろ!ミッドガンド領までは一緒に行かせてもらうよ」

フリーの航海士。その言葉を聞いた瞬間名無にはある者が浮かぶ。

(……ダイルは自分のことを船乗りだって言ってた)

しかし彼はやらねばならないことがあるのだ。それを自分自身が望む限り、名無に邪魔をすることなどできない。ダイルを航海士に誘おうという考えは、そっと胸に閉まった。


 ベルベットたちが乗ってきた船が座礁している港へ向かい、そこで落ち合った商船組合の人員たちに船を見てもらった結果を伝えられる。

「駄目だなこの船は。竜骨がイッちまってる。新しい船を造った方が早いぜ」
「ゲェッ!よりにもよって!?」
「竜骨?」
「人でいえば背骨が折れた状態ってことだな」
「船はこの竜骨を中心に造られるんだ。命みたいなものだよ、取り換えようがない」

本で仕入れた知識をベルベットに教え、名無は船に手を当て「こいつとはお別れだな」と呟いた。

「大体、なんでこんな所で座礁した?普通はありえないぞ」
「直せないことはわかった。戻っていいわ」

その質問に答える気はない、とベルベットは話を打ち切り、商船組合の者たちを追い払う。

「どうする?街で新しく船を手配させるか」
「それしかないか。その時間があればいいけど……」

悩む二人を見た名無は自分の頭にスッと浮かんだ内容を提案した。

「じゃあさ、ヘラヴィーサの港にある既に許可が下りてる船を一隻買おうよ」
「「はあ!?」」

買ってしまえば好きにできるだろ、とも付け足す。名無の提案に目を丸くするベルベットとロクロウ。そのリアクションに疑問を持ちながらも具体的な案を話した。

「それで許可が下りたらすぐに商船組合の人にこの港まで運んで渡してもらって、それからミッドガンド領を目指そう」
「確かに、それなら聖寮の奴らにも見つかる危険はないが……」
「あんた、船がいくらするのかわかってんの?」
「……さあ?」

名無は値段の話なんか後だと、組合長を呼び止め、今の提案を相談した。

「……まあ、可能ではあるが。肝心の金は払えるのか?」
「重ばるから、紙幣では持ってないんだけど……」

懐から小袋を取り出し、中身のいくつかを組合長の手のひらに乗せる。

「このくらいかな?」
「なっ!?これはメルネス石!?シャオルーンの宝玉石まで!それ以外にもこんな……!」
「確か結構貴重な宝石たちなはずだ。これで船を一隻買わせてくれ」

悪いが換金はそっちで頼むよ、と手を合わせた。

「偽物じゃないだろうな……?」
「私は本物としか言えないな。信じられないなら鑑定に出してくれよ、それでハッキリするだろ」

真っ直ぐな瞳で組合長の疑いに答える名無。これらは母が持たせてくれた物だった。いざという時にと幼い頃から忍ばせてくれていたのだ。あの母が偽物を渡すわけがない、だから名無は本物と信じてやまない。
組合長は人員の一人に宝石を見せた。その人物は鑑定士でもあるらしく、じっくりと見定めていた。

「偽物ではこの透き通った美しさは到底出せません。ちゃんとした鑑定道具がなくてもわかります、本物です!」
「……よし、交渉成立だ!この宝石と交換しよう。許可が下りた船をこの港に運んでくればいいんだな?」
「よっしゃ頼んだぜ!ベルベットー!ロクロウー!買えたよ!」

喜び、はしゃぐ名無。二人の彼女に対する謎は更に深まってしまうのだった。

「こ、こんなに簡単に船を買ってしまうとは……」
「あんた一体何者なの……?」

 出航の許可が下りるまでビアズレイの村にでもに身を潜めるかと相談しているとヘラヴィーサの方から組合の人員らしき者が慌てた様子で走ってきた。そして組合長に何かを伝える。組合長の表情が一変した。

「聖寮から告知があった。業魔を街に呼び込もうとした魔女の公開処刑を行うそうだ」
「……へえ、そんな悪い奴がいるのね」
「ま、魔女」

魔女という単語に思い当たる人物がいる。というか彼女しかいないと名無は思った。

(あいつ捕まったのか……密航でもしようとしたのかな)
「街には近付かない方がいい。テレサ様がよく使われる手だ。悪党の仲間を誘き出す為にな」
「悪党はお互い様でしょ」
「だから忠告した。テレサ様は一等対魔士のトップクラスだ。悪いことは言わん、今のうちに逃げろ」

この忠告は善意からではない。ベルベットたちが捕まって余計なことを吐かれたら困るからだ。逃げることを推奨して商船組合の者たちは戻って行った。

「魔女って………マギルゥだよな?」
「聖寮に気付かれたわね。抜け道も見つかったと思った方がいい」
「船の手配も、名無の提案した方法も、もう無理だな。というか宝石返してもらわなくていいのか?」
「いいよ、どのみちヘラヴィーサの船は手に入れるつもりだし」

ミッドガンド領に行くためには船で海を渡るしかない。奪うような形になってしまった時に、せめて後腐れがないようにと名無はあえて何も言わなかったのだ。

「金は払ってるんだ、問題は船の貰い方だな……どうしようかベルベット」
「強奪するような形になるわね」
「おいおい、こっちは三人だぞ」

確かに正面から堂々と船を奪うのは無謀な話だろう。ベルベットは冷静に「まだ協力できる奴がいる」と言葉を放つ。それにピンときたロクロウその協力者の名前を出した。

「ダイルか」
「あいつは航海士だって言ってた。仲間にできれば一石二鳥よ」
「そうかもしれんが……マギルゥはどうする?」
「……それは聖寮次第ね」
「まあ、向こうは仲間だと思ってるらしいし……大丈夫だろ」

人質ならそう簡単には殺されないだろう。まだ数日の有余はあるはずだ。

「ダイルの洞窟に行くわよ」
「すまん、マギルゥ…成仏しろよ」
「こらこら!まだ死んではないはずだし、死ぬとも限らないんだぞ!」

この中にマギルゥを助けに今すぐ一直線にヘラヴィーサへ直行という考えを持つ者はおらず、北のハドロウ沼窟へと向かった。



 ダイルが潜伏してるであろう最深部の手前でロクロウが「お前って徹底してるよなあ」とベルベットを評価する。

「ダイルを利用し、商船組合を脅し、マギルゥを見捨てる……自覚してるだろ?」
「別に見捨ててない。気にしてないだけよ」
「やっぱり徹底してるな」
「まあ、ぶっちゃけマギルゥとはまだこっちの命を懸けてまで助けたいような間柄じゃないしなあ。なんでテレサが私たちを仲間だと思ったのかが疑問だ」

一緒に監獄島から脱出した仲ではあるが、ただそれだけだ。すぐさま彼女を救出したいと思うようになるにはあまりにも時間が足りなかった。しかし名無はできれば助けたいと思っている、きっとベルベットだってそうは思っているはずだ。

「よくわからない奴だけどマギルゥはそう簡単には殺せないわよ」

ベルベットの言葉に名無は共感し頷いた。

「第一、あいつはこっちの手の内を全部聖寮にバラしてるはず」
「……それはそうかもな」
「だから、あいつも知らない手札が必要なのよ。例えば”死んだはずの業魔”とかね」

最深部に辿り着きダイルに事情が変わったから襲撃に手を貸すと告げるベルベット。

「ふん、随分勝手言うじゃねえか」
「仕方ないでしょ。業魔なんだから」

その言葉を聞いたダイルは笑い出した。

「ちげえねえ!業魔になって初めて笑ったぜ」

だが自殺行為だぞ、と忠告するダイルにそうならない為の策戦を皆に説明した。それならいけるかもしれないと名無も賛同する。

「いいだろう。決行は?」
「明日。それまで一休みさせてもらえる?」
「お好きなように。タールのベッドの寝心地は最高だぜ」

三人はここに到達するまでに何回か戦闘を重ねている。明日の方が万全の態勢で望めるだろう。ベルベット、ロクロウ、ダイルがそれぞれ休息する準備をする中、名無はここでしっかり寝れるだろうかと不安げに地面を見た。

「やはりお嬢様には野宿は厳しいか?」
「はあ!?何だよロクロウ、お嬢様って私のことかよ?」
「違うか?口調はともかく、その世間知らず振りから家出でもしたいいとこのご息女だと思ってな」
「ちげえよ!……でも、まあそれでいいよ」

否定するのもめんどくさいと名無は壁に背を預けて寝る体制に入った。枕もないしすぐ傍には沼がある。到底横になる気にはならなかった。

「風がないだけマシかもしれないけどやっぱ寒いし冷たい。……寝れるかなあ」
「膝枕でもしてやろうか?」
「うるせえ!お前はさっさと寝ろ!!」

頬を染めて睨みつける名無。どうにも名無は反応が面白くてからかい甲斐がある。一緒に行動してる時にマギルゥも隙あらば彼女をからかっていた。これ以上構うものならベルベットに策戦決行前夜にくだらないことをするなと咎められそうだとロクロウは名無の命令通り寝ることにした。



 やはり野宿慣れしていない名無には洞窟内で熟睡できるはずもなく、浅い眠りから目が覚める。

「……………?」

隣から呻き声がする。誰のものだと名無が隣に頭を向けるとそこにはベルベットが。辛そうな声は彼女から発せられたものだった。怖い夢でも見てるのだろうか、起こしてやらねばとすぐに肩を揺する。

「ベルベット……おい、ベルベット!」
「……!!?」
「よかった、起きた……」
「大丈夫か?酷くうなされてたぞ」

名無とほぼ同じタイミングでロクロウも目覚めたらしく、彼もベルベットに声をかけ心配した。

「………平気。何でもないわ」

傍に座っている名無は見逃せるはずがない、ベルベットの目が潤んでいる。きっと彼女がこのようになってしまった原因の夢を見ていたのかもしれないが、きっと触れてほしくないはずだ。名無はベルベットよりも先に立ち上がり、彼女へ手を差し伸べた。

「先に行ってるダイルと合流しなくちゃな。行こう」
「……ええ」

名無の手をとり立ち上がるベルベット、もう迷いのない復讐に染まった眼をしていた。いち早く外に出る為に準備を進める。

「早くこんな寒いとことはおさらばしてえ……さっさと行こう」
「……付き合わなくても恨まないわよ。別に」
「そうはいかん。お前が死んだら恩が返せない」
「変わってるわね」

確か、監獄島で背中の太刀の在処をベルベットに教えてもらい、そのことを恩義に感じていると名無は思い出す。確かにその恩だけで命を懸けてくれるのは変わっているのかもしれない。

「そうかな。だが俺はこうなんだ」
「ははは、そうなら仕方ないな!」

ロクロウの返答に笑う名無。自分も今現在は恩人の為に動いてるようなものだから、共感してしまったのだ。

「ベルベット……”アルトリウス”って誰だ?」

そういえば呻き声のなかにそのような名があった。アルトリウス……聖寮の筆頭対魔士だ。

「………仇よ。弟の」

名無はそれで彼女がミッドガンド領に行きたい理由がわかった。仇を討ちに行くつもりなのだ、たった独りになろうとも。彼女の目的は聖寮だ、名無もアイフリードと再会する為に聖寮との敵対は免れない。これで二人が行動を共にする確かな理由ができた。

「準備は済んだ。ダイルは出口で待ってるはずだ」
「……出発しましょう」

ロクロウの表情が少し変わった気がした。それからは三人とも無言になり、洞窟の外へ向かう。

 入口付近でダイルと再会し、策戦の最終確認と今更ながらも自己紹介をする。生き延びたら一緒に出航しようと約束し二手に別れた。

「じゃあ行くか。ヘラヴィーサを襲撃に!」
「おーーー!」

ダイルが裏から船を強奪する手筈で、囮役はこの三人だ。なんとしても二人は守ると名無は頬を叩き、気合を入れ直した。



 ヘラヴィーサの門に対魔士が二人待機していた。そんなことは気にもせずにベルベットたちは堂々と姿を現す。

「お前たちは!?」
「そっちの目論見通り、来てやったわよ!」

二等対魔士が二人。三人の実力だと油断さえしなければ倒せるだろう。一気に攻め二等対魔士を倒して街の中へと踏み出した。

「街人を避難させてる。やっぱり罠か」

一切物音がしない静寂な街。ヘラヴィーサの街中はもぬけの殻だった。テレサがいるであろう聖堂の方向へと歩みを進めた。
歩いているうちに徐々に二等対魔士に包囲されていく。聖堂の前にはテレサと二人の聖隷が待ち構えていた。聖隷の片方は羅針盤の少年だ、やはり戦いは避けられないのだろう。
マギルゥはテレサの後ろに立っている。どうやら手を後ろで縛られているらしい。

「おお、まさか助けに来てくれるとは〜!お主意外にいい業魔だったんじゃな〜♪」
「お前なあ……」

マギルゥの心がこもっていなさそうな発言に頭を抱える名無。

「何?聖寮の船に密航でもしようとしたのか?」
「無断で船に乗ろうとしただけじゃよー」
「密航じゃねえか!馬鹿だなあそれにはコツがあるんだよ」

やはり密航しようとしたらしい。私たちと一緒にくればよかったのに、と溜息が出てしまった。テレサはこの二人の会話を切るように咳払いをした後、ベルベットを睨みつけながら問う。

「あなたが監獄島を脱した業魔ですか?」
「だったら?」
「オスカーを傷付けた罪!楽に死ねると思うな!」

杖を振りかざし、二等対魔士に合図する。ベルベットたちは構えた。さあ、長い戦闘の開始だ。

「かかってきなさい、対魔士ども!」
「義によって助太刀する!」

名無も剣で対応する。ロクロウから得た助言が大いに役立っていた。

「黒髪の女の左手に注意なさい!」
「マギルゥの奴!やっぱ喋ってやがるな!」

ベルベットの言う通りこちらの手の内を喋っているようだった。(少し言ったくらいだが、私の詩のことも吐いたのか…?)名無は少しだけ様子を見ることにした。

「どうした、この程度か!」
「業魔二人に人間一人くらい止めてみせろ!」

凄まじい勢いで対魔士たちをなぎ倒していくベルベットとロクロウ。流石の二人だと頼もしく思う。もっと対魔士をこちらに寄越させるようにと名無も剣を振るった。

「さあ、次に斬られたいのはどいつだ!」
「おのれ!全対魔士を集結させよ!」

面白いくらいにこちらの思い通りに乗ってくれるテレサ。氷雪の対魔士といわれている割には冷静さがないようにも思える。ベルベットがオスカーとやらを傷付けたおかげかもしれない。

(オスカー、どっかで聞いたような……うーん、名前だけじゃ流石に思い出せないや)
「ここだあ!」
「ッ!!」

対魔士の一撃が名無を襲う。やられると思った名無だが、寸前でベルベットが左手で庇った。

「何してるの!考え事は後になさい!」
「ご、ごめん!」

戦いに集中しなければならないのにと名無は自分を責める。経験の足りなさが出てしまった。猛省は後、今は改善だと剣を握り直した。

「攻めを緩めるな!一気に押し込め!」
「耐えろよ、ベルベット!名無!」
「あんたこそね!」
「頑張る!」

対魔士との戦闘を続けるが、テレサは名無については何も言わない。気にも留めないようだった。流石に少し言ったくらいでは確証にもならないし、マギルゥも吐きようがないかと納得し、これはチャンスだと背中合わせで戦っているベルベットとロクロウの傍に駆け寄った。

「ベルベット!ロクロウ!これから私を守って!」
「何をする気?」
「……私の十八番のお披露目だ!」
「応!背中は任せろ!」

名無はこの数日で二人の霊応力を十分掴んでいた。刃を鞘に戻し息を吸い込む。二等対魔士が名無を襲おうとするが、ベルベットとロクロウがそれをさせなかった。

(大丈夫、業魔だって生きているんだから)

街中といえども自然のエネルギーは存在する。それに海も近い。名無は誰も聞いたことのない言語を発する。

『あなたたちに生きる力を、救いを、希望を。―――私は詩を紡ぎます。』

名無は謳い出した。そして空気が一瞬で一変する、名無以外は思わず辺りを見渡した。景色が綺麗になったようだ、まるで雪が喜んでいるようだった。名無は自然のエネルギーを味方にして、二人の霊応力を増幅、強化する。

「! ……疲れがなくなった」
「身体も軽いぞ、これならまだいける!」

ベルベットとロクロウは今まで以上の勢いで対魔士をなぎ倒していった。二人は納得する、一昨日言った名無の「謳うことができる」という発言はこういうことだったのかと。二人は名無の美しい歌声を背に破竹の勢いで戦い続けた。

「業魔どもを強化する詩……!そこの娘をなんとしても止めるのです!」
「―――っこの!!」
「うわっ!……クソ!」
「名無!」

対魔士の捨て身の一撃が名無を襲った。ベルベットが阻止しようとするが間に合わず、名無の腕をかすめる。包囲されているのだ、いくら強化されようとも二人では守りきれなかった。

「大丈夫、かすっただけだ!」

詩は中断されてしまった。でもだいぶ数は削いだ、上出来だと名無はしてやったりという表情で笑った。そのまま三人で背中合わせの形をとり対魔士たちを睨みつける。

「大した生命力ですが、すぐに後悔させてあげましょう……二号」

テレサの言葉の反応した羅針盤の少年、二号は手元に霊力を凝縮し、炎の玉に変換させた後ベルベットに強力な一撃として放つ。

「ぐうう……!」
「ベルベット!」

名無はベルベットに駆け寄りたいのだが二等対魔士たちから目が離せない。テレサの冷ややかな眼差しが彼女を捕えていた。

「自分で止めをさせないのか?臆病者」

それにベルベットは挑発の言葉と共に睨み返す。

「挑発には乗りません。お前の左手は油断ならない。それに汚らわしい業魔の処理に聖隷を使うのは当然でしょう」
「てめえ!聖隷だって生きてるんだぞ!それを―――」

名無が怒りをテレサにぶつけようとするが、ベルベットが阻止する。そろそろ時間だ、走れるようにしろとベルベットの眼が訴えていた。名無はそれを見て口を閉ざした。

「じゃあ、あたしも道具を使うわ。”炎石”に”硫黄”と”油”」
「それ……爆発する」

二号の言葉にハッとするテレサだがもう遅い。次の瞬間には港方面から大きな爆発音が辺りに響き渡り、地面を震わせた。

「貴様、倉庫の炎石を!?」

テレサが港の方向を見ていた隙を付きベルベットは蹴りをくらわせる。少し飛ばされ倒れるテレサ。

「ロクロウ!名無!」
「承知!」
「わかった!」

傍の二等対魔士を倒し、すぐに駆け出す三人。逃げるなら今しかない。

「こらー!儂も連れてけえー!」

後にマギルゥも三人を追う。気付かないうちに拘束されていた手をほどいていたのだ、大丈夫だろうと思っていた名無だったが見事に的中した。

「なにをしている!追いなさいっ!」

立ち上がったテレサは二等対魔士に後を追うように命令する。総員でベルベットたちを仕留めようとするが

「テレサ様!船が!港が!」
「全部燃えちまうよぉっ!」
「くっ!二等対魔士は消火に当たれ!」

ベルベットたちを確実に葬り去りたいのだが、街を放っておくわけにもいかない。テレサは二等対魔士に消火を命じた。

 船も港も燃えている。しかし一隻だけは無傷だった。あの船だと四人は引き続き全速力で走った。

「出航準備はできてるぜ!」
「ダイル!」

無事でよかったと名無は彼の名を呼ぶ。

「うおっ!」

先程ベルベットを襲った同じものがダイルに直撃した。彼を心配する暇などなく、後ろを振り向く。

「逃がさない………お前だけは!」

テレサと聖隷に追いつかれた。ベルベットに対し相当な恨みがあるようだ。
一等対魔士と聖隷二人、厳しい戦いになるかもしれないが、やるしかない。

「なんと卑劣な手を!」
「おいおい、お前には言われたくねーよ!」
「業魔に説教は通じないわよ」
「ならばその命で償え!」

聖隷術が厄介だ。詠唱はなんとしても阻止しなければと名無も近接で戦うことにした。テレサたちはベルベットとロクロウに任せ、名無は残りの聖隷を相手にすることとなった。
蒼い衝撃破を出し銀髪の聖隷に攻撃する。

「蒼破刃!」
「うっ……!」

怯んだ、今だと距離を詰め次の技を放つ。

「空破衝!」

強力な突きで吹き飛ばした。ベルベットたちの方を見ると、先程の詩の効果が残っているようでテレサを圧していた。圧し掛かるダメージに膝を付くテレサ。

「一等対魔士テレサの名において命じます。やりなさい!二号っ!!」
「そやつ自爆する気じゃぞ!」

自らの霊力を手元に集めながらこちらへと突進してくる二号。なんてことを命令するのだと名無は絶句した。ベルベットが二号の手元を蹴り上げ、消失させて阻止をする。さらに追撃をして吹き飛ばした。そしてテレサに止めを刺そうとするが、思わぬ邪魔が入りそれは失敗に終わった。

「あなたが業魔だったとは!」

一等対魔士、巡察官のエレノアだ。槍でベルベットのブレードからテレサを守っている。鍔競り合いの状態だ。

「涙目対魔士か」
「誰が!」

その呼ばれ方に怒ったのかエレノアがベルベットのブレードを弾いた。

「まずいぞ、一等二人相手は」

そろそろ詩の効果も切れるだろうし、次は簡単にはさせてもらえないだろう。銀髪の聖隷も立ち上がり分は悪くなる一方だ。
この状況を打破しようとベルベットは左手を変形させそれで二号を掴み上げた。

「ひっ!?」
「命令よ。あいつらを吹き飛ばせ。さもないとあんたを喰らう!」
「命……令………」

すると二号は強力な霊力でテレサたちを吹き飛ばした。ベルベットの命令通りに。

「今だ!」

その機会を逃さず全員で船に乗り込む。ダイルが出航準備をしてくれていたおかげですぐに港から離れることができた。
他の船は全部燃えている為、追うことはできない。

「何なんだ!奴らなんの怨みがあってこんなことを!」
「終わりだ……ヘラヴィーサは、もう……」

小さくなっていく船を見ることしかできないテレサとエレノア。

「おのれ……よくも………」
「何という業魔だ。聖寮本部―――アルトリウス様に報告しなければ」


 


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