6月
六月。梅雨。今日も外は雨がしつこく降っていた。七月の期末テストに向けてそろそろ勉強しなければなーと思い機械部は今日は軽いミーティングで済ませてもらう。私はテスト勉強があるので!と言い残し逃げるように化学室を後にし、ある問題児を探していた。
時間が惜しいのに、と学園内を歩き回っているとアイゼン先生とバッタリ遭遇してしまった。この学園は広いんだけどなぁ……やけにアイゼン先生のエンカウント率が高い。
「さっきぶりだな名無。どうした、テスト勉強するんじゃねえのか?」
あ、ヤバい少し怒ってる。
「いや、一緒に勉強するはずのとある生徒を探してまして……あっ!」
見つけた!私は咄嗟に走りだしそいつの腕を掴む。逃がしてはならないからだ。
「ロクロウいた!勉強するぞー!」
「名無か、いや俺は今年もランゲツ流留年をする予定だからなぁはっはっは」
「何それ!?ザビちゃんに頼まれたんだよ!今年はランゲツ流進級させてやる!」
「ランゲツ流を何だと思ってんだ!」
「えぇ……」
そう、私が探していたのはロクロウだ。何年も留年している困った奴。何だと思ってんだって……一体何なんだよ。
「ザビちゃん……?ザビーダのことか?」
「アイゼン先生、そうですよ。流石に今年はいい加減進級させたいって」
「俺は先生呼びなのにザビーダの奴にはちゃん付けか」
何でそう不機嫌なんだ先生は。親しみを込めて化学のアイちゃんと呼んだらげんこつぶちかましてきた癖に。
「な、なんかすみません。……とにかくロクロウ!勉強すんだよ!図書室行くぞ!」
「しかし、俺は結構質問するぞ?静かにせにゃならん図書室はマズイんじゃないか?」
「た、確かに」
どこでしようかな。静かで集中できて尚且つ逃げられない場所がいい。教室で見張りながら勉強かなぁ。
「名無の家行こうぜ!」
「名無の家!?」
「えー、また来るつもり?」
「また!?」
「勉強頑張るからよ、名無のまずまずの味の飯食わせてく「てめえ!!」
「名無のまずまずの味の飯!!」
「先生はさっきから何なんだよ!?」
ロクロウまで私の料理をまずまずと評価すんのか!家庭科部に入るべきだったか……。というかアイゼン先生どうしたんだ?
「お、お前らまさか、付き合ってるのか?」
「「いや、それはない」」
それはない。何だろう、ロクロウは友達って感じだ。ロクロウもそう思っているようで私と合わせて否定していた。
「そうか……名無、お前は一人暮らしだろう、男子は呼ぶな。ロクロウ、お前も無闇に行こうとするな」
「いやぁすまんすまん。飲み物に菓子に晩飯が出てくるモンだからつい、なあ」
「え?何で友達呼んじゃ駄目なんですか?」
「そ、それはだな……」
珍しくアイゼン先生が言葉を詰まらせていると、そこに私がザビちゃんと呼んでいるザビーダ先生が急に現れた。どうやら私たちが話しているうちに近付いてきていたらしい。
「俺も生活指導教師として、堂々と不純異性交遊をしようとする生徒は許せねぇなあ。バレない様ににやれ」
「なっ………!?馬鹿!!」
その台詞のおかげてやっと意味がわかった。急激に自分の顔に熱が集まっていく。ロクロウの腕を掴んでない方の手で思いっきりザビーダ先生の背中を叩いた。それでも先生は余裕そうに笑っている。
「まあ俺の頼みを律儀にやってくれてることに感謝するぜ。ありがとうな名無」
ザビーダ先生が頭を撫でてくる、不思議と悪い気はしなかった。ザビーダ先生にはちょくちょく世話になっているし。生活指導の先生なのに優しくて私も懐いてしまっていた。この優しさは女子限定らしいが。
「な?アイゼン、俺の方が名無と仲良いだろ。お互いタメ口だしな」
「仲が良いだと……?そんな訳ねぇだろ。名無!さっさとその手を振り払え!」
「男の嫉妬ほど醜いもんはねえぜ?」
「てめえ……表出ろ!」
「俺帰っていいか?」
「駄目に決まってんだろ!」
ぐだぐだ話している場合じゃなかった。そういやこいつの勉強を見なきゃいけなかったんだった。あ、そうだ!
「アイゼン先生、私とロクロウの勉強見てくださいよ。私理数系苦手だし先生いるならロクロウも逃げないだろうし」
「い"っ!?」
「む………そ、そうだな。お前らのような問題児に上手く教え込めるのは俺くらいしかいないだろう。よし、化学室に行くぞ!」
「アイゼンの扱いうめえな名無……」
頼んだ通り化学室でアイゼン先生の特別授業を受けている途中だ。何故か先生がいつもより三割増しくらいではりきってるように見えた。
ロクロウもザビーダ先生に見張られながら苦痛の表情を浮かべながら特別授業に勤しんでいた。………足を椅子の脚と縄でがっちりくくる必要まではないんじゃないか?
「俺は、そ…ろそろキジを撃ちにいかねば、やばいんだが……」
「は?キジ撃ち?」
確か女のお花を摘みに行くってヤツの男版だったか。つまりロクロウはトイレ行きたいわけだ。
「わかった縄ほどけばいいんだな。待ってろカッター出してやる」
「名無……!かたじけない!」
こんなにぐるぐる巻きにされてちゃ普通にほどいてたら間に合わないだろうな、と私がごそごそとペンケースの中のカッターを探しているとザビーダ先生が口を開いた。
「必要ねえよ。おいアイゼン、ペットボトルねえか?」
「ペットボトルは持ち合わせていないが廃棄予定のフラスコやビーカーがあるぞ。ちょっと待ってろ」
「いや普通にトイレ連れてけよ!すぐ隣に私がいんだぞ!」
流石にロクロウがかわいそうだと何とか助け船を出してやろうとする。もう強行突破でいいかと思っていると、次の瞬間物凄く大きな音で化学室のドアが開かれた。
「―――今年の体育祭を優勝するのはあたしたちのクラスよ!!」
………ベルベットだ。傍にはマギルゥとエレノアもいる。
「べ、ベルベット。どうしたんだよ、そんな時代を混乱の渦に巻き込む災禍の顕主のような恐ろしい顔して」
「何よその例えは名無。あたしがそんなものになるわけないじゃない。……ロクロウもいたのね、ちょうどいいわ。」
机をバンッ!と叩く彼女に化学室のみんながビクッと肩を跳ねさせた。
「協力して。来月の体育祭、何としても優勝しなければならないの」
「体育祭?なんでまた……」
この学園の体育祭は予定の都合上7月に開催される。期末テスト、体育祭、終業式という順番でなんともおかしい日程だ。
「優勝?この学園の体育祭にはそんなもんないはずだぜ?」
「ああ。理(ことわり)を重んじているからな。優勝争いはしない、激しく動くこともない。だから暑い時期に開催できるんだ」
そういえばアルトリウス学園長が入学式でやたら理と言っていたのを思い出した。優勝とか順位というものがないらしい。……それって体育祭の意味ないんじゃないかなあ。
「俺も毎年出されてるんだが……体育祭はどうにもつまらん」
「何を言うんですかロクロウ。無駄に争う必要はない、みんなが優勝というアルトリウス学園長の素晴らしいお考えですよ!」
ご丁寧にドアをそっと閉めて入ってきたエレノアは、この学園の校風に感銘をうけて志望したんだっけか。
「嫌よそんな個を大切にしない校風なんて。だから……マギルゥ」
「うむ。学園創立から100m走ですらお手て繋いで一緒にゴール、という有様じゃったが………ところがウィッチョン!今年は一味も二味も違うぞ」
「マギルゥ……何かしたな?」
「大当たりじゃー!生徒会長の権限を使ってサプライズ体育祭をしようと思っての?この話は当日まで秘密で頼むぞ」
生徒会長だからってそんな好きにできる訳ないんだけど。エレノアが悔しそうな顔でマギルゥを睨みつけていた。
「今年はクラスで優勝を争ってもらうぞ!更に優勝クラスのMVPには”豪華!家族で南の島旅行券”をプレゼントじゃ!」
その言葉に元から化学室に居た組は目を丸くした。そんなことが本当に実現できるんだろうか。
「そして優勝するのはあたしのクラス!MVPをもらうのはあたしよ!」
「さっきからベルベットさんキャラ違いすぎませんかね?」
「かわい〜い弟の為じゃ。そりゃあキャラも変わるわ」
「あたしは戦う!ラフィの夏休みの宿題の絵日記の為に!」
な、成る程。ベルベットは弟のライフィセットをそれはもう可愛がってるし、こうなるのも仕方ない……のだろうか?
「応!強力するぜ!ベルベットには駅に忘れた俺の命のギター・號嵐を届けてくれた恩を返さにゃならんからな」
命のギターなら忘れんなよ。まあロクロウの天然ボケは無視して私も参加の意を伝えよう。
「そういう面白いことは好きだよ、ベルベット!一位獲ってやろうぜ!」
「ええ!」
楽しい行事になりそうだ、私はベルベットと硬い握手を交わした。
「校風に真っ向から抗う反骨精神……嫌いじゃねえ。名無、部対抗リレーも一位を狙うぞ!」
「部員一人じゃリレーは成立しねーよ」
「久々におもしれえ話聞いたぜ。俺も混ぜてくれよ、いっちょ派手に暴れてやろうじゃねえか!」
先生二人までもがこの始末。この場に反対する奴は誰もいないようだ。エレノアを除いて。
「先生方は止めてくださらないんですか!?……あなたたちはどうしてこの学園にいるんですか!」
その問いの答えはみんな同じだった。
家から近いから。
それを聞いたエレノアは絶句していた。……いや通学(通勤)距離も重要だろ。
「そういやロクロウ、トイレ大丈夫なの?」
「すまん、ありゃ嘘だ」
「てめえ!!」
「あんなのに騙されるのはお前くらいだぞ」