嘘吐き


※カシム視点


―――アリババは、俺に色んな嘘を吐かせる。

マリアムがグレて困るとか
スラムの皆は元気だとか....

内心に関わらず、自然に口角が上がる。

俺が笑顔で話し掛ければ、アリババも嬉しそうに笑う。
俺の笑顔が、作り物だとは気付かずに。

アリババが笑うと、柔らかい金髪が優しく揺れる。

それに見とれて、俺も笑った。



「....なぁカシム」

取り留めも無い話をしていると、突然アリババが俺の名前を呼んだ。

「ん、何だよ?」

軽く返事をしてアリババと目線を合わせると、逆にアリババは気まずそうに目線を逸らしてくる。

それから、一瞬思い悩む様な顔。
そして決心したように顔を上げると、アリババはやっと再び口を開いた。

「あのさ...!!俺達、霧の団は....」

「....ん」

「あの....」

再度返事をすると、アリババの瞳が揺れる。

それだけで、俺にはアリババの言いたいことが何となく解った。
俺の脳内には、既にアリババの言葉の先が響き渡る。

―――俺達は、本当に正しいのかな。

しかし、当のアリババの口からはそこから先がなかなか出てこない。

「うん....あのな...!!カシム、俺達...」

「....あぁ」

「その....」

「....」

それにしても煮え切らない奴だ。

「....えーと」

「.....ああもう、早く言えよ!!」

俺は優柔不断なアリババに、業を煮やしてついに大声をあげる。
そして要らない事まで口走った。

俺はアリババの胸元を掴んで、互いの口元を近付ける。

「塞ぐぞその唇」

「っ!!」

俺の声が、瞬間部屋に響き渡る。
そしてその後訪れる痛々しい静寂。

(あぁ、やべぇ、要らん事したわ)

ほんの冗談のつもりだったのに、近づけたアリババの唇はわなわな震えている。
そっとアリババの顔を盗み見れば頬は真っ赤で、瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。

(あぁ、そういや此奴処女で童貞なんだよな....)

俺が軽く後悔をしていると、涙目のアリババの瞳が、きゅっと閉じられる。
それから、震える唇でアリババは言葉を紡いだ。

「....塞いでくれよ」

「....はぁ?」

予想外の言葉に俺は情けない声を漏らした。

驚いてアリババを見れば、彼は耳まで真っ赤だ。
赤く熟れた林檎のような頬をして、アリババは俺の前で震えていた。

「何言ってんだよアリババ、冗談だろ」

俺が軽く笑いながら話を流そうとすると、アリババはきゅっと目元をきつくして俺を見つめる。

「....冗談じゃねぇよ」

「....」

流石に、これ以上上手い言葉が見つからなかった。
アリババの言動が予想外すぎて、どう扱ったら良いのか解らない。

俺が困惑してアリババを見つめ返すと、アリババは益々瞳に涙を溜めて、俺に向き直る。
それから、涙声を漏らした。

「俺.....霧の団が、俺達が、正しいのか、分かんなくて...、それで....教えて欲しかったんだ...」

アリババの唇から、彼の本音がはらはらとこぼれ落ちる。
俺は目の前の震える身体を、ただ見つめることしか出来なかった。

アリババの瞳から、滴が垂れる。
それは何処までも透明で、触れたら壊れてしまいそうで。

言葉を失った俺の前で、アリババは嗚咽を漏らす。
そして目を細めて小さく呟いた。

「でも、俺....情けねー」

アリババの瞳から流れ出た涙が、頬を伝ってポツリと彼の服に染み込んでいく。

「分かんねぇんだ...情けねぇよ....!!」

嗚咽混じりのアリババの言葉に、俺の唇が瞬間震えた。

―――馬鹿だな、お前はスラムのヒーローだぜ?

心の中で、アリババに伝えたい言葉が渦を巻く。

今アリババに自信を失われたら、これからに支障が出るだろう。
だから、言わなければ。

「アリババ....」

言いかけて、俺は息を飲んだ。
言葉が喉につかえて出てこなかった。

―――考えても見ろよ、ガキ共は皆お前に感謝してるじゃねぇか。

―――貴族の豚共にこのまま好き勝手にやらして良いわけねぇだろ?俺達がやってる事はこの国の為になってるんだよ。

胸の奥の自分は随分饒舌だ。
次から次へと都合のいい言葉が沸き上がってくる。

「カシム....」

不意に、アリババが口を開いた。

赤くなったアリババの瞳が俺を捉える。

「情けねー言葉ばっかり出て来るんだよ....いっそ、塞いでくれよ」

アリババの潤んだ瞳が俺の心臓を掻き乱す。
縋るような瞳が、澄んだ言葉が、俺を抉る。

ガキの頃から見慣れたアリババが、まるで知らない男に見えた。

俺は視線を泳がせる。
今度こそ此奴を繋ぎ止める言葉を、と知識を模索した。

アリババを失う訳にはいかないから....俺達は、霧の団は。

「アリババ、お前は....俺達に必要だ」

俺はやっとの事でそう言った。
そう告げ、そっとアリババの顔を伺う。

そして俺は、再び言葉を失った。

見上げるアリババが、涙目でそっと微笑んでいたから。

「....そっか、うん、ありがとな」

アリババはにこりと笑って見せた。
その笑顔は、幼い頃の無垢な笑顔とは違って。

「....アリババ」

「え、何...うわっ!」

俺はいつの間にか目の前の細い身体を、腕の中に抱きしめていた。

驚いたのか、アリババの身体が一瞬淡く跳ねる。

「アリババ....行かないでくれ」

ほろりと、唇から言葉が零れた。

「もう、どこにも行かないでくれ」

「カシム....」

アリババが、震える声で俺の名前を呼ぶ。
いつの間にか、俺は自分より一回り小さな身体と暖を共有していた。

(.....あぁ、これでいい)

このまま、アリババとずっとこうしていられたら。

淡い望みが、胸の中に芽生える。
けれどその小さな希望は、スラムの風に撫ぜられ、手折られていった。

(また、上手く"嘘"が吐けた)

―――アリババは、俺に色んな嘘を吐かせる。

俺は、目の前のアリババに再び向き直った。
そして、そっとその額に口付けてやる。

「へ、カシッ....!?」

「女もしらねーアリババ君にはこれで十分だろ?」

にやりと笑って言うと、アリババはぽっと赤くなった。
それから悔しそうに俺を睨み付ける。

「く、くそ、俺だって....!!」

ギリ、と歯を食いしばるアリババ。

「もう一回やってやろうか?」

「いらねーよ!!」

へらりと笑って言ってやると、アリババは先程までのしおらしさは何処へ行ったのか、いつもの様子で声を粗げた。

アリババが普段の調子を取り戻したのを見て、俺は口角を持ち上げる。

(そうだ、これで良い)

俺は心の中で呟いた。

「ちくしょー、俺は真面目に....」

アリババは文句を言いながら俺から離れる。

腕の中から温もりが離れ、妙な愛惜の念だけが胸に残った。

「ほら、そろそろ自分の部屋に帰れ....ちゃんと休んどけよ」

「....」

俺の言葉だけが、冷えた部屋に響く。
アリババは少し不満そうに、まだ何か言いたげにしていたが、俺は笑顔を向けてアリババに手を振った。

「明日も、俺達は戦わなきゃなんねーんだ」

「....おぅ」

俺が呟くと、アリババも目を伏せて、それから頷く。

「スラムの為に、な」

「....そうだな」

俺の言葉にそう呟くと、アリババはそっと部屋から出ていった。

後に残されたのは、虚しい部屋と俺だけ。

「アリババ....」

俺は独りきりの部屋で虚しく呟く。

「お前は真っ直ぐで....騙されやすくて助かるぜ」


俺はまた、自分に嘘を吐いた。







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