『白ウサギ』
僕を不思議な国に繋ぐ白ウサギはいない。
目の前にいるのは黒のウサギの小さいぬいぐるみ。
嫌な事があるとそのウサギに話し掛けてた。
「アフロディ……またそんなの見つめて……」
「風丸くんだって、ずっと携帯見つめてるし……」
「もう24なんだから」
だって このぬいぐるみは
君から貰った宝物だから。
君は幼い日に、あの子にこのぬいぐるみを渡そうとした。
だけど君の思いが届かぬ間にあの子は
他の誰かと一緒になった。
だから 仕方なく 僕にくれた のに
それなのに僕と来たらそれを大事に大事に握りしめて一人、嬉しかった。
『あーあ、まだ告白もしてないのにフラれちゃったね風丸くん』
『……いいんだよ』
『その可愛いウサギちゃん、どうするの?』
『……捨てるよ』
恥ずかしそうに顔を伏せる君
『……もったいないね』
僕が言うと君はこちらを向いてそれを僕の胸に突きつけた。
『え?』
『……やるよ、欲しかったら』
『ありがとう……っ』
この上なく嬉しい。
大好きな君から貰う初めてのプレゼント。
今だって、握りしめているんだ。
どんな時だって。
「“もう24なんだから”って言葉、嫌いだな……」
呟いた。
確かに年はとったのだけれど。
まだ夢を見ていたい。
「今日はもう眠ろう」
君が長いはずの夜を終わらせようとする。
いいよ。君が望むのなら、僕はいつでもそれに応える。
「……そうだね」
温かい布団に入る。
いつもの様に僕は寝たフリをしながら君の胸の中入っていく。
布団を蹴飛ばして。
そうすれば君は優しい声で、僕に布団をかけ直してこう言うんだ。
「また布団蹴飛ばして……」
決して僕を退かしたりしないで優しく包んでくれる。
誰にも渡さない。僕の居場所。
君の匂いが鼻を通れば急に眠気が襲って
まだ君を近くに感じたいのに 眠って
君の匂いを手放す。
おやすみなさい。
明日もいつもみたいに……。
――……ここは暗い暗い井戸の中。
ヒカリなんかない。
もう一人の自分が顔を出す。
みんな死んでしまえばいい。
あの子も君も、僕も。
ああ嫌だな。
君を愛し過ぎて辛い。
君が少しでも僕から離れるとどうしようもない妄想を繰り広げてしまう。
そうか。
僕がいなくなればいいんだ。
僕自身が消えてなくなれば君を心配する事もなくなるんだ。
なんで簡単な事気付かなかったの?
朝になれば自然と瞼は開いて 僕は目を覚ます。
「おはよう、アフロディ」
朝ご飯の用意をする君。
その背中に顔を埋めて小さな声で“おはよう”を言う。
君が僕を甘やかして育てたから いけないんだよ。
「風丸くんは今日仕事なの?」
「ああ」
「何時に帰ってくる?」
「……7時、には帰ってくるよ」
振り向きざまに僕の頭を撫でた。
「……分かった」
ならば君が帰って来るまで
エサを求める犬の様に利口に待ってる。
ずっと、ずっと……。
開けた窓から入り込む風と共に僕は急に自分じゃなくなる。
「7時までに帰って来なかったら殺すからね」
そう言って笑う。
「……ああ」
風丸くんは頷いて僕を抱きしめる。
好きだよ、好き過ぎるほど。
ずっと僕を抱きしめていて欲しい。
君が家を出て行って7時が回った。
「嘘つき」
小さなハサミで黒いウサギのぬいぐるみをブスブスと差した。
僕は黒ウサギを殺す。
ウサギから白い綿がたくさん出てくる。
「こんばんは、白ウサギさん」
――僕を 不思議の国に 連れてって……。
何も知らず帰って来た君。
僕を探す。
僕はベッドの中。
眠ってる。
二度と出れない不思議の国。
(2012.10.09)