『happy』

 鋭く尖った剣を持って、こんな平和な世界で何を斬るつもりだ。
 何回も言ってる通り、お前に敵などいない。

「構えなくても守ってやる」

 そんな言葉さえ言えないままで今を生きてる。


 少年はいつも一人で本を読んでいた。
 その本の名前は『ハッピー』と言う名前だが、内容はとても幸せとは言えない物だった。

 休む間もなく働いて、疲れても生きるために立ち上がる。そんな内容。
 俺は疲れて途中で読むのをやめてしまったけど。
 
「和泉、その本そんなに面白いか?」

 そんな問いかけに彼はいつもこうこたえる

「面白くはない」

 でも、泣くんだ。その本の最後の方で必ず。

「貸してやるよ」

 差し出された本を受け取ったが読む気はなかった。
 不幸な作り話など他にもたくさんある。
 俺は別にそんなものに興味はない。

 本を借りてから一週間がたったある日、急に和泉に誘われた。

「跳沢、今日空いてる?」
「おう」

 特に用事はなかった俺はそれに応じる。
 放課後、約束通り和泉は俺を誘った。

 ファストフードを頬張る俺に彼は聞いた

「あの本読んだ?」
「あ?ああ」

 特に読んでないけど、まあ内容はなんとなく知っていたので適当に答えた。

「お前には関係ないような話だよな?」
「……」

 少し間を開けて飛び出したのは意外な言葉だった。

「似てるだろ? 主人公、俺に」
「似てるかなあ…?」

 苦笑いをしながら答えた。
 和泉はこちらを見た。

「読んでないだろ? そんな事だろうと思ったけど」

 言い返せないから黙ってたんだけど、それも気づかれたんだろう。

 それからいろんな話をしてから店を出て、さよならをした。
 明日は日曜日だ。
 寝るときにもし覚えてたらあの本を読んでみよう。

 

 家に帰って風呂に入ってベッドに入ろうとしたとき何かを蹴って、本の存在を思い出した。
 何気なく本を開いてみた。


___少年が生まれたのはとても貧しい家だった。
 生まれた場所はフランスの治安も悪い場所だった。
 
 少年の母親は少年を産んだあとすぐに亡くなり、父親は少年を捨てて出て行った。
 身寄りのない少年は乞食のように街を彷徨った。
 
 少年にはそれが日常で、それが普通だった。

 自分がかわいそうだ等と一度も思った事がなかった。

 ある日少年は路地裏でギターを抱える男に出会った。

 男は幸せそうに少年に語りかけた。

「君は今、幸せかい?」

 少年は答えた。

「幸せって何?」

 男は笑った。それは難しい質問だ、と。
 それから少年は今日を生きる分の金を稼いだあと、その男のところに毎日足を運んで、色んな事を教えてもらった。

 名前のなかった少年に男は名前を付けた。
 「素晴らしい人生」"ラビベル”

 そんなある日、少年はいつものように男のところへ行くが、ギターの音が聞こえなかった。
 
 男は倒れていた。ギターを抱えて。
 少年は男に駆け寄り名前を何度も読んだ。

 近くには血まみれのバットが転がっていたのを見つけてすべてを悟った。

 握り締めた少年の小さな手は大きく震えてた。
 男は薄い目を開けて小さな声で言った

「その手で何をなぐるんだい?」

 少年はハッとした。誰にやられたのか聞いても男は答えなかった。
 少年は仕返ししたかったのに誰のせいかもわからないと嘆いた。

「その手を開け。 殴るためじゃなく何かを掴むためにその手はあるんだ」

 男はその言葉を最後に静かに眠りについた。

 男が大切にしていたギターを持って歩き出す少年の顔は以前のように純粋なものではなかった。
 この世のすべてを恨んでいた。

 稼いだ金をすべて使って鋭い剣を買ってそれをポケットに忍ばせた。
 
 終わりの近い一日の空の下で少年は命を終わらせようとした。

 しかしギターケースの中からの音に気付いて開けてみた。
 中には小さな包みと紙切れが入ってた。

 ”happy birtday!”

 思い出した。今日は男と出会って一年になる日だって事。
 泣いて泣いて、涙は落ちるのに太陽は上って、明るくなった空を見つめた。

 包みを開けたら男が書いたコードが書かれていた。
 教えてもらった通りにギターをかき鳴らす。
 綺麗な音楽にやや荒れてる少年の演奏。
 歌詞のない音に世の中の不満と悲しみを付けて歌った。
 男にも届くぐらいの大きな声で。

 歌い終わった時には周りに沢山の人がいて大きな拍手をもらった。


 治安のとても悪い街で長生きな心やさしいおじいさんが息を引き取った。
 おじいさんは世の中の平和を幸せそうに歌っていた。
 亡くなるその日の朝も古く汚いギターで綺麗な音を奏でていた__




 
 月曜の朝、本を和泉に返した。

「読んだ」
「そうか…」

 ほほ笑む彼に言った。

「そのナイフ、そんなもんなくたって俺が守ってやる」

 我ながらよく言えた言葉だった。
 照れ隠しに頭をかく和泉がいった。

「ありがとう」

 今までを捨てる勇気があれば、これからの幸せを掴む決断力だって残ってるはずだ。
 あわてないで、少しずつ掴んでいけばいいと思った。

 一限目を告げるチャイムが鳴った。

(2013/ 11/3)

 





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