『声に出さないで。』



 はらはらと雪が降っては積もる。だけど、なんだか温かい。それはきっと君が隣にいたから。
 大好きな平良。一番好きな人。君はもう、僕の事なんかなんとも思ってはないだろうけど。

「照美、そんなに走ると転ぶぞ?」
「大丈夫だよ。僕はそんなに鈍くさくな…うわ…っ」

 雪にはしゃいで走り出した僕は、平良が言う通り転んだ。

「いた……」

 平良はため息を吐きながら、僕に手を差し伸べた。

「ほら、言っただろ?」
「……うん」

 僕より少し大きい、全てを包んでくれそうな平良の手を握った。熱いくらいに温かかった。僕はそんな平良が大好きだった。

 だけど今となってはもう平良はいない。好きな子が出来たとか。
 それで呆気なく僕は平良の隣にいられなくなった。無性に淋しくて、沢山泣いたけど、時間はそんな思いをあっさりとさらって行った。

 あれから一年が過ぎて、また冬が来た。一人で歩く道に雪は降っていた。
 ああ、こんな時に平良がいたら。寒い冬も、大好きな季節と感じれたのに…。

「もう、いないんだね…」

 どこにも。もう平良はいない。
 去年は二人で付けた足跡も、今は僕の足跡だけが雪道に付いた。同じ所を何度も通って足跡を消すみたいに歩いた。
 そのうちに足跡を付けすぎた雪はただの水になり、僕は足を滑らせた。

「……っ」

 平良と一緒に歩いて、転んだ時とは違かった。ちっとも笑えない。僕が感じたのはただただ痛いと言う感覚。
 そのまま濡れた道の上に寝そべって空を見上げたら、少し太陽の光が目に痛かった。
 だから、腕で目を隠した。

「……大丈夫か?」
「?」

 聞いた事のある声がして体を半分起こして、声の主を確認した。

「源田くん……」

 知り合いだったからか、恥ずかしい様な良かった様な変な気分になった。

「ほら、つかまれよ」

 源田くんが手を差し出す。

「(あ…)」

“ほら、言っただろ?”

「(平良とおんなじ……)」

 重ねてしまった。あの日の平良に。優しそうなその目を見つめて、僕は源田くんの手を掴んだ。
 …遠慮しなかったからか、全体重をかけて起き上がろうとした途端に源田くんまでバランスを崩して倒れた。

「おわ…っ!!…ご、ごめん」

 源田くんが僕の上に跨る体制になり、焦ってそこから退こうとした。だけど更に足を滑らせた源田くんの顔と、僕の顔がやたら近付いた。

「……っ!」

 だんだん赤くなる彼の顔はすぐに耳まで赤くなった。…そう言っている僕も赤いのかも知れない。
 だって、近くで顔を見たらとても素敵な顔をしていたから。

「…ふ」
「?」

 小さく吹き出したのは僕。バランスを崩し倒れた時に乗っかったのだろう雪が、源田くんの頭に積もっていた。

「なん、だよ…?」
「……頭、寒くない?」
「え!?」

 慌てて頭の雪をほろった。可愛いな、と思った。
 大人で落ち着いている平良では決して見れない姿だな、なんて思ったんだ。
 平良だったら、どうしていたんだろう? 僕はまだ、好きなんだな…平良の事。

「ちょっと…重い、かな……」

 僕の太ももに乗ったままの源田くんに言い放つと、少し淋しくなった。
 退いて、しまうんだよなぁ…って思ったから。本当に我が儘だけど。

「ごめん……」

 思った通り、彼は僕の上から退いて立ち上がった。
 源田くんは優しいから、また手を差し伸べるだろうと分かっていたからその前に自分で立った。

「…ありがとう」

 聞こえるか否か、小さな声でお礼を言って背中を向けた。
 すると、急に腕を引かれた。

「アフロディ……!!」

 振り返ると、泣きそうになった。源田くんの顔はとても優しげだった。まるで平良みたい……。

「……源田、くん?」

 涙を我慢した僕の歪んだ顔。
 平良に会いたくて、会えなくて…もう一度抱きしめて欲しくて……。
 そんな思いが重なったからだろう。だから泣きたかった。だけど僕は、自分でわかる程にプライドが高い。

「アフロディ…泣けよ…。泣きたい時は泣いていい……」
「源田く……っ」

 声にならない声で泣いた。ボロボロ流れてくる涙が頬を通って冷たかった。
 そして、心が寒い。

「俺なら受け止めてやれるよ……お前の弱い部分も全部……」

 そう言って、僕を抱き締めるその腕は死んでしまいそうなくらいに強く、優しかった……――――







「ねぇ、平良は僕の事好き?」
「……」
「…平良?」

 突然だったのか、僕が気付いてなかっただけなのか…平良は僕が知らない内に僕を好きじゃなくなってた。

「照美……別れよっか…」
「…どうし……っ」
「……」

 あの日の……、僕と君の最後の日だったあの時の沈黙は平良の最後の優しさだったんだねぇ……。
 “好きじゃなくなったから”なんて言われたら多分、僕はどうしようもなくなってた。
 頭が混乱して、空っぽになっていた。
 声に出さないでくれたんだね。ありがとう。ごめんね……今まで、気付かないで。

「平良……」

 源田くんの胸の中で泣いて、その優しさに今でも愛してる平良を思い出していた。
 もう一度巡り会えても僕はもう、平良を求めはしないでしょう……。ただ、あの優しさだけはちゃんと胸の奥に焼き付けている…



(2012/11/13)





「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -