『鏡の中のもう一人の自分』

 朝いつものように鏡を覗いていた。もちろん、そこに映っているのは自分の姿。だけどそれはこちらを睨んでいて少し怖いくらいだ。

「……君は誰?」

 なんて、声に出すのは違う気がする。でもその鏡に映る僕の顔は、僕じゃなかった。
 そして僕はそれ意外口を開いてはいないのに、どこからか声が聞こえた。

「僕は君。それはよく君が分かってるはずだよ」

 驚いた顔をした僕の顔。それなのに、鏡の中の僕は表情一つ変えない。そして、ソイツは鏡から出てきた。
 恐る恐るだけど惹かれる様に、僕はそれに触れた。とても温かかった。
 頭がボーっとしてフラフラして、しばらく動けないでいた。
 ふと、もう一度鏡を覗いた。そこには恐ろしい顔が写されて僕は左口を上げてニヤリと笑った。

 僕がソイツに支配される……――

「平良……?」

 寝室で眠っている平良を起こして、平良はこちらを見て愕然とした。

「…照美? どうし――」

 自分でも驚く事に、僕は平良の顔面を強く蹴った。

「……っ」
「…痛い?」
「痛、い……よ」

 何度も何度も。愛しい人の顔がぐちゃぐちゃになって行く姿を、まるで他人事の様に見てる自分がいた。
 繰り返す事で平良が動けなくなった。僕は平良に襲いかかった。

「もう…痛い思いしたくなければ言う事聞いて?」
「…照美……っ」

 ベッドの横にある全身を写す大きな鏡。それに映ったのは、とても嬉しそうに微笑む自分の顔だった。

「ああ平良……、僕の…大事な……」

 服を切り裂く音がする。ビリビリに破かれた平良の服。適当な大きさの布を見つけて、それを平良の口に放り込んだ。

「大丈夫、ちゃんと愛してるから……ね?」

 足を無理に左右に大きく開かせると、平良の未開発のそこに自分のモノをぶち込んだ。

「んん……っ、ぐ…」

 平良が苦しそう……助けなくちゃ。だけど、誰から? 心のどこかで助けなきゃいけないと分かっているのに僕の体を制御出来ない。
 僕は平良が優しい事を知ってる。僕の望みなら全て叶えたいって思ってくれてる事を知ってる。だから、抵抗出来ない事なんかもっと知ってるんだ。
 卑怯だ、と自分で思っているのに止まらなかった。

「平良……平良、平良……っ!!」

 快感に全てを奪われた。何度も揺らして出して、平良はぐったりした。

「もう終わり? 平良、もっと…僕を満足させてよ」

 緩くなった肉壁から自身を取り出すと、それを平良の顔に持って行き出した。平良の顔は白い液でベタベタになった。

「……つまらない」

 寝室を出て、台所へ移動すると僕は包丁を取り出して自分の腕に突き刺した。
 そのままナイフやフォークを続けて突き刺していく。痛みはない。
 ただ襲って来たのは、もっと刺激を、と何かを求める感情だった。

「照美……」
「!?」

 完全に力尽きたかと思ってた平良がベッドから這い出て来て、その声に驚いて振り返る。
 平良が震える体で僕を抱きしめた。

「平良……?」

 ずっとこのまま、平良の胸の中に止まっていたい。そう思う反面で声は聞こえた。

「……こんな男の近くにいちゃいけないよ、照美。早く、ここから出て行かなくちゃ……」
「…どうして……? 平良は僕の大切な……っ」

 一人事をつぶやいていると、平良は心配そうに僕をもっと強く抱きしめた。温かくて心地よかった。

「だって、ここにいたら君は幸せになれないから……」

 そう言ったもう一人の自分。それに返事をしたのは僕じゃなく平良だった。

「照美は幸せだよ。俺が幸せにする……」
「……平良」

 低めの声に身を任せると平良は頭を撫でた。

「だから、早く出て行けよ……照美は俺の物だから。照美にこれ以上近付くんなら絶対に許さないからな」

 平良の事は怒っていたけど、僕を睨んでいたけど…分かった。僕に言ってるんじゃない事くらい。

“この男を殺さなければ”
 ふと、そんな言葉が頭をよぎった。殺さないと。早く。
 多分、その感情は平良が語りかけている人物の声なんだろう。

「平良を、殺さなくちゃ……」

 口に出すと涙が出る。嫌なのに、平良を傷つけたくないのに……。

「早く照美の体から出て行けよ」
「平良……」

 僕が平良を睨んでる。それから何分かそのままで動けないでいると呆気なく僕は僕に還った。

「…照美」
「ごめん…平良……」

 平良は笑ってた。そしてもう一度強く僕を抱き締める。幸せだと感じた。
 そうだよ、僕は平良がいないと生きて行けないくらい平良の事が好きで好きで仕方ない。

「ありがとう……っ」

 平良の優しさに安心すると不意に眠くなって目を閉じた。

 あれから数日が過ぎて、僕は鏡を見つめた。
“照美”

 誰かが僕を呼ぶ声がした。鏡の中、手招きをするもう一人の自分……。君は、誰……?

「照美…、もう出るぞ」
「……うん」

 平良が呼んだ。鏡を後に平良の元へ飛び込んで行く。
 僕を呼ぶ声は、まだ聞こえる。



(2012/11/10)





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