『キリノモリ』

 昨日からこの町には雷鳴が響いていた。
台風は激しさを増して、今日も風や雨が止まない。

「庭の花は大丈夫かな……」

風が吹き荒れる夜の庭へ、昨日買ったばかりの花を見に行った。
するとそこに一つの人影。

「? ……神童!!」

顔を覗けばすぐにそれが大好きな人だと分かった。
とても悲しそうな顔をしていた。

「……霧野」
「どうしたんだよ神童……」

訳を聞くと、神童の両親が何者かに殺され
神童の元には多額の借金だけが残ったと言う。

「そんな……っ、昨日まではなんともなかったのに……」

神童はそれ以上なにも言わずに下を向いた。
俺は、そんな恋人にかける言葉も見つからずにうろたえた。

「なぁ霧野……どこか、連れ出してくれないか?」

重い口を開いたのは神童だった。
俺は一度だけ頷いて、神童の手を握って走った。
もしかしたら、コイツの親を殺した犯人は神童を狙ってるかも知れない。

それが近くにいたら? 神童に危険が付きまとうなら俺が、
俺が守らなくちゃ。
いつも神童の優しさに守られているんだから
こんな時くらい、俺が守る。

 随時と走って、辿り着いた先は森の中だった。
雨に濡れた服が重くなった。

大きな洞窟を見つけて身を潜めた。

「……寒くないか神童」
「大丈夫だ……ありがとう」

“大丈夫”とは言ったものの、手を握ってみたら神童の手はとても冷たかった。

「冷たい……っうわ!!」

その手を握っていたら急に、神童に抱きしめられた。
雨水を沢山含んだ互いの服が押されて水が伝った。

「ごめん……少しこのままいさせてくれないか……」
「……俺は、いいけど」

やっぱり、冷たくて、寒くても、神童の腕の中が一番好きな場所。
俺は目を瞑ってそこに身を埋めた。
このまま…もう朝なんか来なければいいのに。

神童の匂いを鼻中めいいっぱい吸い込んで、いつの間にか眠っていた。
とても温かい夢なんか観ながら……


 風が髪をなびかせて、くすぐったくて
目を覚ました。
気付けば神童がいなくなっていた。

「……神童?」

洞窟から外へ出て神童を呼んでみた。
やっぱり近くにはいないみたいで、何度呼んでも返事はなかった。

森中に霧が霞んでいて、視界が弱かった。俺は神童を探しに森の中を歩き始める。

だけど、霧が濃くてあまり辺りを見渡せなくて
服は濡れて頭が痛い。

「……っ、どこにいるんだよ……」

一時間くらいは経っただろうか。
歩き回って時間だけが過ぎて、割れる様に痛い頭を抑えながら俺は洞窟に戻った。

洞窟に戻ると暖かい温度に負けて、すぐに横になり浅い眠りに就いた。
そこで声が微かに聞こえた。
それが夢なのか、はたまた現実の声なのかは分からない。
俺は今とても眠い。
無視をして眠ってしまえと思ったが俺は眠たい目をこすりながら起き上がった。

「……リス?」

 そこにちょろちょろと動き回る黒い小さな影。よく見ればそれは尻尾の大きなリスだった。
俺はそれに惹かれるように後を着いて言った。

 奥へ奥へと吸い込まれふと暗い洞窟の中に灯りがある事に気付いた。
そこで見つけた物

「神童……っ!!」

体の至る所から血を流し、倒れている愛しい人の姿。

「うぅ……っ」

俺はすぐに掛けより神童の体を起こす。

「大丈夫か!? 神童!!」
「きりの……」

頭を抑えている手に鮮明な血がべったりと着いていたのだった。

「…しん……っ」

神童のどこから出た血かも分からない血が俺に付着する。「……っ!!」

どこかでこの鉄みたいな血なまぐさい匂いを嗅いだ。最近…そう最近、この感触も知っている。
人を何かで殴りつける感覚。

ああそうか……ごめん神童……
俺は、お前を愛し過ぎたんだな……。

 この手に残る感覚、そしてこの鼻には頭が痛くなりそうな甘い甘い血の匂い。
そりゃあ何の不自由もない健康な体をわざわざとても高そうな花瓶によって傷付ければ
沢山の鮮明な血は流れるだろう。

「神童……ごめん、俺……」
「? ありがとう霧野……霧野が来てくれたから、もう大丈夫……」
「……っ」

違う……俺なのに、全ては俺のせいなのに……神童はなんの疑いもせず俺を信じてる。
話してしまおうと吐きかけた言葉を飲み込む。俺に出来る事は、俺を信じてくれてる神童に
せめて嘘をつき通す事……。

「…お前が無事ならそれで……」

そう言った後にさっきの頭痛に襲われた。寒い。体が、心が寒い……。
神童の顔を見ていた俺の視界が黄色くぼやけて行く。

守らなくちゃいけないのに……全ては俺の独占欲が生んだ事な の に ……――



 次に俺が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

「……霧野、蘭丸さんですね?」
「え……」

目を覚ました途端、知らない人が立っていた。スーツを着て、しっかりとネクタイを結んでいる立派な大人。

「…実は先日、ある事件現場であなたの物である髪の毛の一部が見つかりました」

その言葉に血の気が引いて行く。今の俺はきっと青白い顔をしているんだろう。

「すいません、トイレ……」
「はい、どうぞ」

慌てて病室を抜け出した。もつれる足を叩いて正常を保つ。
そこに聞き慣れた声が聞こえた

「霧野……」
「……神童っ」

その声は震えていた。とても、悲しそうに。

「霧野…信じてたのに……っ」

待って……違う、違う違う違う……!! 俺は神童のこんな顔が見たかったんじゃない。

「違うーーっ!!」

走って走って、階段を駆け上って、
見知らぬ患者の病室に入り窓を開け飛び降りた。

「ぅう……」

 幸い落ちたのは土の上だった。それが幸か不幸か分からないけど。
今、俺の頭にあるのは“逃げなくちゃ”と言う意志だけ。

立ち上がって感じたのは左足の痛み。多分骨折したんだろう。
あまりの痛みに気絶しそうだった。
自由に動かない足を引きずりながら慌てて病院から逃げ出した。

早く逃げなくちゃ……。

そう思った。だけど完全に回復していた訳ではないボロボロの体は言う事を聞かずに再度倒れて行った……。

 痛みに目を覚ませば俺はまた病院のベッドにいた。体を無理に起こし、神童の病室を探し回る

だけど神童の部屋は見つからず俺は夜勤をしてる看護士の目を盗んで病院を抜け出した。

探しに行かなくちゃ。俺が入り込んだ霧の濃い森は想像以上に深い。深すぎるほどに……。

俺は神童を探し続ける。



――……ニュース番組は連日のように同じ事件を流していた。
ニュースキャスターは深刻な顔で視聴者に訴えかける。

両親を殺害され、自殺をした少年のニュースを。
またその両親を殺して犯人は少年の同級生だと言う事と、行方を追っていると言う事。

本当の愛など、知らないくせに……


(2012/11/02)





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