マリオネット 1/2

いつもいつも、彼は俺を迎えにくる。
忙しい朝の時間に。
1ヶ月くらい前からそんな日が続いて、ある日寝坊をした時でも照美は俺が家を出る瞬間に歩いて来る。

超能力? いやでも、そんなのある訳がない。

「おはよう、晴矢」
「お、ぉおう」

手を繋いで、分かれ道まで 歩く。
たった10分の道のり。

「また、学校終わったら迎えに来るからね」

そう言い残すと背中を向けて去っていく。
そして学校が終わればすぐに俺の所に来るんだ。

「帰ろう」

本当言えば、俺が送っていけばいいのにいつも照美に送られて帰る。

「明日、待ってるからね」
「おう」

明日は土曜日。
家に遊びに行く約束をした。

しかし次の日、俺はあっさり寝坊した。

「やっべぇ……」

慌てて身支度をしていれば一通のメールを知らせる音が鳴った。
そのメールは照美からだった。
約束した時間はもう一時間も前なのに、怒ってる素振りは見せないで
“おはよう、気を付けておいで”
とだけ書かれていた。

「……バーン出掛けるの?」
「ああ、うん。」

ドアの前に立った時、ガゼルが話しかけて来た。

「どこに?」
「別にどこでもいいだろ? ごめん、急いでるから……」
「……そう」

ガゼルを払いのける様に走って出掛けた。

 息を切らしてやっとたどり着いて、チャイムを押そうとした時に照美が出てくる。

「待ってたよ。上がって」
「おう……」

完璧に計算され、行動を読みとられている様で少し怖い。

「なんで俺が寝坊すんのとか分かるん…ん? なんだそれ?」

ふと落とした視界に入り込んだ物は人形。操り人形みたいだ。
しかも、それは俺。

「ああ、これ? マリオネットだよ」
「……なんで俺なの?」
「可愛いでしょ?」

まさか自分を象ったそれを可愛いなんて言える訳もなくあやふやな返事をした。

「いや、ちがくて……なんでそんな物……」
「僕の晴矢が今なにしてるか、考えて見るんだ……」
「……ふぅん」

それで最近、照美は俺の行動が……?
でもなんで……

「これね……風介から貰ったんだ」
「え? ガゼルから?」

なんでガゼルこんなの……。
ガゼルは器用だし、作りそうって言えば作りそうだけど。

「ねぇ晴矢? 風介とはどういった関係なの?」
「……は?」

突然口を通り出た言葉を聞き返した。

「別に……幼なじみ、……いや家族みたいなもんだろ」
「そう? じゃあ僕の為に風介には少し冷たくして」

照美の目が俺を捕らえて睨んでた。
その綺麗な目がキツくなって、俺を写してる。

「無理だよ……女でもねーのに女々しい事言うなよな……」

でも本当は、照美は怒ってた訳じゃないんだ。俺とガゼルの関係を。
いつだって、俺の事を心配していただけだった。
それなのに俺は……そんな照美に酷い事を言うんだ……。

「ってかお前本当は女なんじゃね? 髪の毛だってこんなに伸ばしちゃってさ、」
「晴矢……」
「は……っ、そんな容姿で女々しい事ばっか言ってっと、むりやり犯されて泣くのがオチだぜ?――だいたい…」

バシン、と音がしたと同時に俺の頬に痛みが伝わった。

「君はいつだってそうだ。僕がの言う事なんて一つも聞かない……」

手を出された。
そんな些細な事にいちいち腹が立つ。

「……もう勝手にしろよ」

俺は立ち上がって、家を出てった。
別に、よくある痴話喧嘩だと思ったし。

背中の方から照美の鼻をすする音がして、泣いてるって分かったけど
まあ大丈夫だろ。少ししたら仲直り出来るし。


「ただいまーっ」
「おかえり、早かったね」
「ああ」

出迎えたのはガゼルだった。
別に? 仮に照美がガゼルを嫌いでも俺は好きだし。

 部屋に戻り今日の予定が空になった俺はベッドに横になった。

「いて……っ」

何かにぶつかり、見てみると照美の家にあったのと同じ操り人形が置かれていた。
ただ、違うのは
“それ”が切り刻まれていて、中から赤い液が吹き出てる事。

「なんだよこれ……もしかして血……?」

鼻を近付けて匂いを嗅いだ。
血の匂いはしなかった。しなかった、けど……

急に強い眠気に襲われて倒れるように眠りに就いた……――――





 ふと気付いて周りを見渡した。
夢の中だとすぐに気付いた。
そうだ。俺の夢の中なら、照美ももっと素直に甘えてくれるんじゃないかな?

「照美? いな――……、!?」

そこまで言って驚いた。
俺の体、さっきの人形みたいだ。
血まみれ。
腕、足、背中、腹部、胸部、首、顔…
血が……

『……女みたいな事言うなよ』
「!?」

俺の声が聞こえる。
さっきの、喧嘩。蘇る。

振り向くと、俺の目に泣いた照美の姿が映った。
とても悲しい顔。
ああ、知らないうちに傷つけてたんだな……。

ごめん……



 ぎゅっと目を閉じた瞬間、俺は夢から覚めた。

窓の外を見たら、まだ沈まない夕陽に安堵する。

謝ろう。ちゃんと。
あんな悲しい顔、二度と見たくはないから。
もつれたままは嫌だから
笑っていて欲しいから……!!

走って行った。
いつも以上に遠く感じた。

「照美……」
「……晴矢?」

玄関の前で、照美はすでに待っていた。
いつもみたいな笑った顔をして。

「あのさ……照美、さっきはあんな事言っ……」

体から血が流れた。
痛みはしない。

「照美……照美、俺……かは……っ」

口から血を吹き出す。
謝らないと…!謝らないといけないのに……!!

「なぁんにも言わなくていいよ、分かってるからねぇ……」

左の口先を上げてニヒルに笑う……
あ……れ……?
俺が愛したのは、この照美じゃない……っ?





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