さて、今日は旦那からのお返しの日だ。
大人げないかもしれないが、なんだか待ち遠しくてならない。
旦那に料理の期待はできないから、何をくれるか分からない。
手作りを予想するとなると、恐らく用途の分からないカラクリなどが来るだろうな。
でもひょっとしたら粋な計らいをしてくるかもしれないし。
夜、そう考えていたら、本人がオイラの部屋に顔を出してきた。手には何も持っていないようだ。
「デイダラ」
旦那はオイラを真剣に見つめてくると、ベッドに座っていたオイラの隣に腰掛けた。
「暇だな」
「え? あ、まぁ……うん」
「今日は眠いな」
「…そうか?」
そして旦那はオイラに向き直った。
「寝るか」
「ちょっと待て旦那」
オイラは旦那に向かって冷静に指摘した。
「今日は?」
「眠いな」
「いやそうじゃなくて、うん」
「眠い日だ、うん」
「いやオイラの語尾を真似しなくたっていいだろ」
「眠いな、恐ろしく眠い」
「だからそうじゃなくてよ」
オイラは旦那を睨んだ。
「アレは?」
「…は…………?」
「だから、お返しは?」
「お返し? 何のお返しだ」
…この人、正気なのか?
「旦那、今日は何日だ」
「3月14日」
そう旦那の口から日付が発された時、旦那はハッと気づいた顔をしてオイラをまっすぐ見つめた。
「……あ」
「アンタ完全に忘れてたんだな」
最低だ。なんて最低な人なんだ。別に見返りを求めるためにケーキを焼いたわけじゃないが、これだとオイラが不憫だ。絶対に不公平だ。
旦那はしばらく顎に手を添えて小さく唸っていた。が、なかなか良い案が浮かばないのか頭を抱えていた。
「…何がいい?」
「そしたら楽しみが無くなる」
オイラが不満な顔で言うと、旦那は更に悩んだ顔をした。
「ならプレゼントは俺でいいか?」
「それ、一番の逃げ道じゃねぇか」
オイラはもう、旦那の甘い口説き文句を嫌と言うほど聞いてきたから、こんなんで頷くわけにはいかない。
旦那は一気に不機嫌になり、オイラを睨んできた。
「…俺に好かれているだけでも幸せなことなんだぞ」
「じゃあそれを形にしてくれよ」
負けないオイラに、旦那は舌打ちした。そしていきなりベッドから下りると「何でもいいのか」と訊いてきたから、オイラは少し不服だったが頷いた。ただし条件として「気持ちが籠もっているなら」と返した。
旦那は了解したのか部屋を出て行った。
そして約二時間後、旦那はまたオイラの部屋に現れた。オイラは粘土をこねる手を止めて振り返った。
「期待ならしてたぜ、うん」
「そう期待すると残念なことになるからやめろ」
「いいから、見せてくれよ」
旦那は両手を背中にまわして、何か大きな箱を背負っていた。
オイラは苦笑した。せめて大きさくらいボリュームあるもので、と考えたのだろうか。
旦那は渋々箱をオイラの目の前で開けた。箱はダンボール箱だった。オイラは思わず眉間に皺を寄せる。
…いやいや、せっかく旦那が持ってきたものだ。受け取らないわけには……。
と、思ったが。
旦那は箱からそれを取り出すと、オイラのベッドに次々と投げ込んできた。気づけばベッドの上は、赤やピンク、白のハートのクッションでいっぱいになった。
「…まさか…これなのか?」
「まだ9箱あるぞ」
「いやちょっと待て」
オイラは旦那を制した。
「これ、既にアンタから似たようなの貰ってるし」
「全部じゃないが、押すと豚やアヒルの鳴き声みたいな音が鳴るのもあった」
待て。何でこんなことになった。オイラは旦那からたくさんクッションなら貰ってるぞ!
(※詳しくはScorpion本編の“Adagio”1ページ目を読めば分かると思う)
けど旦那は残りの9箱を持ってくると黄色や水色もあるんだぞ、と言ってきた。オイラは止めた。
「分かった。気持ちは受け取るからやめてくれ」
いったいこれだけのクッション、どこから仕入れて来たんだか。
オイラはとりあえず、真面目に礼を言った。
「……その…、ありがとう」
正直礼なんて言えないほど素直じゃないオイラにとって、今の流れは顔から火が出る思いだ。
旦那の方も気まずそうにしていた。良い顔した色男のくせに、こんなもの持ってきてそんな顔するな。
翌日オイラが部屋を出ると、たまたま飛段と鉢合わせして、ついでに部屋の中を一瞬見られた。
「…おい待てよ、お前」
「何だ、うん」
「今の…」
部屋中ハートだらけで収拾がつかないオイラの部屋を、もう一度確認しようと飛段は飛びつくようにドアノブを握り締めた。
オイラは飛段に掴み掛かった。
「何しやがるてめぇ!」
「だって今のっ……。いいから見せろって!」
「他人の部屋勝手に見んじゃねぇ!!」
…恥ずかしくて旦那以外見せられねぇよ。
end