◎JOJO 3部
旅もだいぶなれたとは言え、やっぱりきちんとした寝場所があって、シャワーが浴びられてという環境は良い。十分な部屋の数は確保できなかったけれど、今日はホテルに泊まれるということで、ひどく安心していた。
男女は別室にしようとしてくれているジョセフさんだったが、無理なものは仕方ない。兄妹と他人では違うとは言え、兄と部屋がずっと同じだったということもあり、私自身はあまり深く気にしないので構わない。だが可哀想だとするなら相部屋になる人である。ただでさえ心身ともに疲労困憊しているにも関わらず、変に男女を意識させられて一夜を過ごさなくてはならないのだから、お疲れ様というだけでは済まない気がする。
シャワー室から聞こえる陽気な鼻歌―ポルナレフである。なんでも自室のシャワーが故障してしまっているということで私の部屋に借りに来ていたのだった。同室の花京院は静かに読書をしていて、私はベッドで倒れ込んでいるところ。部屋に冷房はないので、窓を大きく開け放っている。
日が落ちて涼しくなってきた今の風はとても気持ちが良い。花京院の方を見てみれば、彼も同じなのか時折目を細め、風の感触を楽しんでいるようだった。
ユラユラと揺れる前髪が気になった。ちょっと掴んでみたい気がする。でも、上体を起こすのは面倒。私は転がったまま花京院の特徴的な前髪に手を伸ばす。
「君はネコかなにかか?」
「あはは、そうかも。」
「おかしな格好だ。」
「にゃーん。」
妙な動きに気がついて、花京院は本から視線を外す。それから私を呆れたように見たかと思えば、髪を掴めない私のうねうねとした動きのせいか、やる気のない鳴き真似のせいか、小さく吹き出した。すまないと一応断りを入れてから彼は口元に手をやって笑った。なんだかその一連の動作が優雅で、ちょっと見とれてしまう。
「僕の前髪を猫じゃらしに見立てたのかい?」
「うん、まあそんなとこ。前髪を掴んでみたいなって。」
おかしな奴だと彼は再び笑った。楽しそうな笑顔に私も小さく笑ってしまう。
「触ってみるかい?」
彼は少し前髪を見てから、私に視線を寄越す。小さくうなづいてから体を起こす。最初から起きろよと言われたが、私の行動が起因して今の状況を作り出していると言えそうだから別にいいでしょといたずらに笑ってみせた。
「失礼します。」
「ああ。」
胡座の僕に対して、杏那は正座で、二人でベッドに座り見つめ合うような体勢。ただ前髪に触れるというだけなのに彼女があまりにも真剣に僕を見つめるものだから変に緊張してしまう。
スタンド使いでなければきっと分かり合えないと思ってきた僕は女性と話す機会はなかったから、自分が作り出したとは言えこの状況に狼狽えるしかない。しかし無常にも彼女はマイペースに僕の髪の感想を述べる。意外と柔らかいだとか、髪の色が好きだとか。
髪の傷み具合を見ているのかグッと距離が近づく。鼻先が触れそうなほど。まるでドラマや映画のワンシーンのように自然の流れでキスしたら、杏那はどんな表情をするのだろう。
「あ、」
「……。」
満足したのだろうか、前を向いた彼女の瞳と僕のそれが交わった。流石に彼女も異変に気付いたようで、じわじわと頬が赤く染まっていく。離れようとしたところを逃さないというように引き寄せる。僕にしてはかなり大胆な行動だったけれど、このまま彼女に振り回されっぱなしもなんだか悔しかったから。
「かきょう……いん?」
「目をそらすな。僕をまっすぐに見ろ。」
少し強い口調で言えば、彼女は従った。けれど瞳に恐怖の色はなく、緊張の影から好奇心が顔を出す。
―僕は知りたい。この駒を進めたら、僕らがどうなってしまうのか。君はどうなのか。
ゆっくりと顔を近づける。瞳を伏せる彼女の表情が色っぽくて心臓はさらに加速する。杏那は僕を拒絶しない。寧ろ受け入れてくれようとしているわけで……
「なあ、花京院!!」
「「!!」」
「バスタオルそっちにねぇか?」
ポルナレフの声で飛び上がって、慌てて離れる。心臓が口から飛び出しそうだった。花京院がソファに置いてあったバスタオルをむんずと掴んでバスルームの方へズカズカ歩いていく。フッと肩の力が抜けて、息を吐き出す。
―緊張したけど、嫌じゃなかったということは……
顔に火が付いたように熱くなる。ベッドに倒れ込む。
「おう、杏那何してんだ。」
「うるさい、ポルナレフ。」
「お、おまえ!!」
枕を投げれば怒ったポルナレフの声。そんなことよりも私、今夜どうすればいいのか解らない。
―Curiosity killed the cat (好奇心は猫をも殺す)―
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