ああ、どうしよう、どうしてくれようか。

思うようにいかないなんて、そんなことあり得ないだろう。

今日もキミは、





嫌だと答えるのか。







悪魔の王様、地の王と冠する悪魔のアマイモンは、兄であるメフィストに呼ばれて物質界、正十字学園に来ていた。

学園に入り兄メフィストに会うと、兄の側に1人の人間の女が居た、その女は名前といった、

名前はメフィストが悪魔であることを知っていたが祓魔師ではなく学園関係の方の秘書見習いをしている、ただの一般人らしい。

しかし、ただの人間の女にしては妙だった。

アマイモンが悪魔と知っているし、何よりベヒモスが見えていて、恐れるかと思いきや、にやけ顔で「可愛い!超萌える!最高!」とか言って喜んでいた。

アマイモンは不思議に思って兄に尋ねた、あの女は何なのか、最近の人間の女は皆悪魔を恐れないのだろうか。

メフィストは口端を上げて「くくく」と嗤い答える。


あの女は偶然見つけて、気まぐれから相手をしてみた。

だが、蓋を開けてよくよく確かめてみたらば、女は幼少時から悪魔が見えていて、更に悪魔の気配に特別聡い超人的感覚を備えていた。

加えて嗜好がまた悪魔好き、大抵の悪魔を見ても恐れるどころか喜んで近寄ってしまう変人らしい。

そんな訳でメフィストは興味本位と、名前本人が望んだこともあり側に置くようになった。

そうして今回は、訳知りで隠し繕う手前が省けて丁度いいからと、アマイモンの世話役をさせる事にしたそうである。



ある朝、時は午前9時30分頃、今日も今日とてアマイモンは前日の夜更かしもあり朝寝をしてベッドに沈み込んでいた。

アマイモンは枕を抱いて動物のように身体を丸めるごとくすやすやと寝息をたてる。

と、そんなアマイモンの枕元に1人の女が近寄り声を掛けた。

「あーさま、もう起きる時間ですよ。」

聞こえていないのかアマイモンは無反応で眠り込んでいる。


女は軽く頭を掻いてひとつ息をつくと、広いベッドの端に膝をついて身を乗り出しアマイモンの肩をやんわりポンポンと叩きながら再び声を掛けた。

今度はさっきよりも幾分ハッキリとした声で。

「あーさまー、起きてくださーい、フェレスさまが起きなさいって言ってますよー!」

ポンポン

肩を手のひらで叩く。

「あーさま、朝ご飯は苺たっぷり乗せたホイップクリームにチョコソースを満遍なくかけたホットケーキですよー。きっとうまうまですよー。」

「‥う‥ん、もぐもぐ。」

アマイモンが抱きしめていた枕の端を噛んでモグモグと口を動かした。

その様子を見て女はもうひと押しかと見立てる。

「起きないと甘い南瓜で作ったポタージュスープが逃げちゃいますよ〜。」

途端、アマイモンがむくりと起き上がる。

目は閉じたままだが口が半開きで涎が垂れている。

「おはようございます、あーさま。」

女がアマイモンの傍らに進み出てタオルで口元の涎を拭った。


するとアマイモンはパチリと目を開けて何時もながらの乏しい表情で傍らの女を見た。

そして何を考えてか突如片手で女の服の胸倉を掴んでベッドからその身体を浮かすくらいに持ち上げた。

手荒い行動に反してアマイモンは抑揚ない表情で、それから口を開く。

「おはようございます名前、兄上を嫌いになってください。」

淡々とした口調に襟首をギリリと締め上げる手、だが抵抗する様子のない女(この女がメフィストが世話係として付かせた女)名前が僅かに呻きを洩らすのを見て、間もなく手を離した。

解放された名前はよろけて着地に失敗しベッドから身体が中途半端にはみ出して情けなく転がり落ちる。

ベッド脇の床で、名前は身体を起こして頭をさすった。

ギシリ

アマイモンは寝起きで上半身裸にハーフパンツ姿のままベッドの上で立ち、名前を見下ろして淡々と言う、

「お腹空きました兄上を嫌いになってください。」

名前はアマイモンを見上げてニコリと笑んでハッキリと答えた。

「嫌です。」

アマイモンは反応もなくベッドを降りた。
アマイモンは、自覚なくとも間違いなく意地になっていた。

物質界に来て間もなく、アマイモンは兄が自分に付けた世話係の名前に、とにかくも兄が嫌いだと言わせようと毎日何度も何度も無理やりな手を使って詰め寄っていた。

基本手段は脅迫である。

言わなきゃただでは済まさないデスと脅した。

実際に、アマイモンの脅しは脅しだけでは済まなかった。

最初は人間の憐れみを利用しようとした。

アマイモンは名前の接していた知人の人間を手当たり次第に捕まえて、兄が嫌いだと言わなきゃ命は無いぞと目の前で締め上げて見せた。

しかし、アマイモンの期待通りにはいかなかった。

名前は大して狼狽えもせずに、ニコリと笑んで「嫌です」と言った。

本当に首を千切り取りますよと念を押したが、「フェレスさまと比べるまでもないのです」と、締め上げられて怯え泣く人間に目もくれず仕事に行った。

アマイモンは考える、確かにこんなどうでもいい人間では兄と釣り合わない。


ならば今度は友達という部類の人間にしようとした、だが名前にはめぼしい友達がいない事が分かり、人質作戦は断念された。

人間で駄目ならば次いでアマイモンは『物』で試す事にした。

名前の大事な物で取り引きをする、先ずは携帯電話を取り上げて、兄を嫌いだと言わなきゃ壊すと脅した。

名前はちょっと困ったように惜しみを醸し出した、人間は携帯電話に執着を見せるとテレビが言っていたのは当たりかもしれないと期待した。

しかし、名前はため息を洩らしただけで、どうぞご自由にと言ってあっさり携帯電話を放棄した。

アマイモンは自分が本気なのだと思われていないのだろうかと考えて、その場で携帯電話をガブガブと噛み砕いて見せた。

名前は、燃えないゴミ屑になった携帯電話を感慨なく眺め、怒りも泣きもしないで片づける。

そうして、次の手段も『物』で攻めてみる事にした、携帯電話に多少なりと惜しみを見せたからだ。


アマイモンは名前の住む部屋に乗り込んで本やCDやゲーム機を次々と破壊した。

兄ならばひとつ壊しただけでも泣いて怒るから、数を積み重ねて破壊し続けてゆけば、きっと名前も止めてくれと懇願して兄を嫌いだと言うに違いないと思った。

けれど、幾つ本を破いてもCDを割ってもゲーム機やソフトを砕いても、残念そうにするだけで泣きも怒りもしない。

仕方ない、アマイモンはついに名前本人に訴える事にした。

だが注意事項がある、アマイモンは兄から名前の扱い方に制限を課していた。

1.殺さない
2.壊さない
3.怪我させない

いいか3Kを侵したらそれ相当のお仕置きだからな。

多分兄は本気でお仕置きという名の制裁を加えてくるであろうと感じた。

名前の存在は軽くない、アマイモンはそう認識している。

だから、名前本人に訴えるけれど加減に注意した。

それからというもの、アマイモンは名前と接する時なるべく手荒く振る舞い、何かにと締め上げたり放り投げたり足蹴にして、止めてほしければ兄を嫌いだと言えと要求した。


だけれども、何日経っても名前は音をあげる素振りもなく態度も変えず自分と向き合い、ニコリと笑んでは「嫌です」と答えた。

そうして思うようにいかない日々が長くなると、アマイモンの方が我慢の限界にきて苛々し始めた。

なんでままならない、なんで名前は兄に執着し優先するのか、分からない、分からない、どうしたらいいか分からない。

苛々する、

腹立たしい、

あああ、

ツマラナイ!

ツマラナイ!

ツマラナイ!

膨れ上がった感情は洩れ溢れ、その高ぶりの矛先は必然的に身近なもの達に向いた。

どうせ幾らでも代わりはいる、当然に掃いて棄てるも我が儘となる。

アマイモンは眷属を足蹴にし、無情になぶる。

眷属をどう扱おうと咎めは受けない、兄も怒らない。

苛々する、

ゴブリンを踏みつけて少し力を加えれば潰れて事切れた。

次のゴブリンに手を伸ばす、

その時、

「あーさま!」

名前の声がした。


不意にアマイモンは思い起こす、名前は悪魔好きの変な人間だったのだ。

ははあ、これは使える。

アマイモンは嬉々として、ニヤリと口端を上げた。

「名前が、兄上を嫌いだと言うのならばゴブリンを潰すのはやめます。」

「‥っ!」


名前は言葉に詰まり濃い戸惑いを表情に映してその場にへたり込んだ。

なんてことだろう!

脅しても脅してもぞんざいに振る舞っても表情を変えなかった名前が初めて顔色を変えた。

「ほら言ってください、ゴブリンが潰れてしまいますよ。」

早く早く早く!

急かす脅迫に、名前は口を開く。

「‥あーさまは、

どうしてわたしに、そう言わせ、たいの、ですか‥?」

「‥!?」

出てきたのは望んだ言葉ではなく問いだった。

アマイモンはキョトンとした目で不思議そうに見やり首を傾げる。

どうしてそんな事を尋くのだろうか?

そんなの決まっているじゃないか。

「兄上を嫌いになってボクを一番にしてもらうのです。」

「いち‥ばん?」

それはどういう意味か、名前は今ひとつ答えにたどり着けず戸惑いを深めさせた。

その反応はアマイモンにも見てとれて、加えて思惑を語った。


「名前は兄上に言われれば何でも優先するから兄上が一番なのでしょう、でもボクにはそれがとても不満です。

だから名前の一番をボクにしてもらう為に兄上を嫌いになって欲しいのです。」

『一番』これをどう捉えるべきか、名前の頭の中で新たな疑問が湧いてぐるぐると回るが、状況を打開する為に困惑する思考のまま疑問を解くべく再び問うた。

「‥あの、あーさまの言う一番とは、どういうものを指すのでしょうか‥。

例えば自分専用の使い走りをさせたいとか、服従しろ、とか‥?」

「違います。」

「じゃあ一体‥、」

アマイモンに即答されて名前は余計に訳が分からなくなる。

アマイモンは答えた。

「名前が兄上に抱く思いと同じです。」

「それって‥、」

「番いたいのでしょう?」

乏しい表情と淡白な口調が解と問いをいっぺんに表す。

「つがい‥?」

その言葉は名前にはあまり聞き慣れない言葉のように感じて、間抜けに呆けてしまう。


アマイモンはお構いなく続けた。

「兄上と番うお嫁さんになるのではなく、ボクを一番にしてボクと番うお嫁さんになってください。」

「‥。」

アマイモンの強烈な直球の発言に、名前は彼を見上げたまま停止した。

そして反芻。

『ボクを一番にして』

『ボクと番う』

『ボクのお嫁さん』

その意味を、

捉えて。

途端、

「みぎゃあぁ!!!!?」

名前が頭を抱えて叫びを発した。

「だ、だだだだって、えぇ!!?諸々の反応的に寧ろ嫌われてるのかと思って、でで、嘘!?わたし嫌われてないんですか!?」

名前は身体をよじらせて奇妙な動きをしながらも問い返した。

アマイモンは尚も表情を変えず、じっと名前を見つめる。

そうして告げた。

「ボクは名前を嫌いになりません。

だから名前、兄上を嫌いになってボクを一番にしてください。」

「‥は、あの、」

アマイモンの再度の願いに、名前は急速に思考が冷静さを取り戻してゆき俯き気味になっていく。

答えなければならない。
自分は嫌われていなかった。

向けられた思いが自分の知る情の形と同じものかは定かでない。

アマイモンに出会って側に居るようになって間もなく、急に「兄を嫌いになれ」と迫られて戸惑った、そのうちにその脅迫は自分を拒絶している故に「お前如きが兄に近づくな」という意思表示の行動かと考えるようになって胸を痛めた。

名前は考える、拒絶される度に胸が痛み悲しく寂しく思う、ならば傷む心は彼にどうしてほしいと望むのか、それを探り確信に至ると、自分に生まれた望みはなんて傲慢で欲深いのだろうかと思った。

嫌わないでほしい、

側に居ることを許してほしい。

何も取り柄がない自分には贅沢な望みだと思った。

ああ駄目だ、高望みにも程がある、自分がこんな事を考えているなんて顔に言葉に出したりら不快な思いをさせてしまう。

だから決めた、

名前はアマイモンにどう扱われようとも、ひたすら何でもない振りを装い通すのだと。


しかし何がどうなってか、今は正反対の事を求められている。

自分はどうするか、いいや決まっている、

誠意をもって返したい。

誤魔化しでもなく逃げでもなく、名前は答えようと意を決した。

「わたしはあーさまの側にいたいです!」

「!」

その言葉にアマイモンは目を見張り、そして表情少ないながら機嫌良さげになる。

「なら名前、兄上を嫌いになってくれるのですね!」

「ふぇ!?」

そこは変えるつもりがないらしいアマイモンに、名前はどうしたものかと考えて説明をする事にした。

「あの、ですね、一番に思うことには複数の種類と意味がありまして、それに当てはめると、あーさまとフェレスさまとでは一番の種類が違うのです‥。」

「一番の種類‥ですか?」

「はい‥。」

黙る2人。

名前が窺うようにアマイモンを見るが、変化の少ない表情からは納得の度合いが読めない。

すると思案する名前を眺めていたアマイモンの方が先に口を開いた。


「兄上とボクの一番の違いを教えてください。

どちらが上なのですか?」

どちらが上か下か、そう問われて名前はたじたじになりアワアワと両手を動かして悩む。

「う、あの、あ‥。」

だが突然、はたとして動きを止めると、今度は縮こまるような様子でモジモジとする。

そして、

「ふ、フェレスさまはわたしにとって特別な人なのです‥、でも、その気持ちは、あーさまに思う気持ちとは違うので上も下もないのです。

む、そ、それでは説得力ないですよね‥、

う、わかりました‥、失礼します。」

その時、俯いて独り言のように喋っていた名前が顔を上げて。

アマイモンは自分の目の前、間近に名前が見えたかと思うと、

瞬間、

限りなく口端に近い頬に温度を感じた。

「???」

何が起こったのか。

アマイモンは瞬きして目の前の名前を見つめる。

名前が済まなそうに苦笑う。

「フェレスさまにはしません、あーさまだけです。」


アマイモンは確かめるように自分の口端辺りに触れる。

しかし、アマイモンはそれ以外に何の反応も示さない。

これはまずったかと思って名前は慌てて詫びた。

「ごごごめんなさいあーさま!!!嫌でしたよね!!?ど、どうしよう!!!?」

名前がオロオロとしながら手持ちのハンカチを取り出してアマイモンの頬を拭おうとする、と、

「うびょっ!!?」

不意に胸倉を掴まれて更に至近距離に引き寄せられた。

名前の心臓が跳ね上がる。

それを知ってか知らずか、アマイモンは名前に顔を近づけて明らかに愉しげな様子で言った。

「それ、もっとちゃんとしましょう。」

「みっ!?」

「ボクだけなのでしょう?」

「‥っ!」

ニヤリと笑みを浮かべたアマイモンの眼差しが、獲物を仕留めたと主張するように鈍い光を放つ。

掴まれた胸倉、

侵食する視線、

後戻りなんて許されない、

身を焦がし燃え尽きるのみなのだと、

思い知るまで、






―あと2秒。






『君は恋愛テロリスト』






END。





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