「速水ってさ、蝶みたい」
2人きりの屋上で、ずっと思っていたことを言った。
「そんな良いものに例えたらダメですよ。俺なんて、蛾がいいとこです」
「…蛾って」
速水は、光に向かってフラフラと進むことしかできないんです、と自嘲気味に笑った。
速水を誉めると、いつもこうだ。失礼です、僕なんて。
少なくとも俺は、本気でそう思ってるのに。
お礼だって、「すみません」だし、一体速水にどんなことを言ったら、素直に「ありがとう」と言って貰えるのか、俺は気になってしょうがない。
「なあなあ、速水の髪型ってかわいいよね」
「そんなことないですよ」
「速水、足速いよなー」
「速くないです」
「速水っていっつも気配りしてるよね」
「全然できてませんよ」
「はぁー…」
何を言っても、速水は自分を認めてくれない。
「浜野くん、お世辞を言ってもなにも出ませんよ」
「ちがうって…っちゅーかお世辞じゃないし」
「?何がしたいんですか?」
俺は速水にありがとうって言ってもらいたいだけなの…なんて恥ずかしくて言えるかよ。
…そもそもなんで「ありがとう」なんて言って貰いたいんだろう。
ただ単にレア度が高いから聞いてみたいというのもあるけど、なんかもっと根本的に、何かがある。
「あ」
「?」
そっかわかった、俺は、
「速水がだいすきだ」
気になって気になって、しょうがないほどに。
誰も聞けない「ありがとう」を、独り占めしたいくらいに。
つい言ってから、はっと思って口を塞ぐ。ヤバい、ドン引きされた、かも。
しくじったと思って、言い訳を必死に考えながら速水の方を見ると、
「……」
真っ赤な顔で俯いていた。
そしてその後に、
「…ありがとう、ございます」
「!」
ありがとうが聞けた。
「大好き」
「ありがとうございます」
「速水だーいすき」
「俺もだーいすき、です」
「はは」
花であるみんなを引き立てようと、か細い足で懸命に飛び回る蝶みたいな君が大好きだ。
俺は速水の腕をとった。
「わ」
「痛くしないって」
君の気持ちを留めておきたい俺は、虫ピンを押すように、華奢な腕にいくつもキスを落とした。
「俺の許から飛んでいかないでね、速水」