10
「…土方さん」
「あぁ?なんだ、原田か」
「その…詩想のことなんだけどよ」
そっと、近づいて酒を勧めれば怪訝そうに首を振られた。
「…手前もかよ」
「俺もって、他に誰か来たのかよ?」
「総司だよ。陳情書握ってきやがった」
「は?」
はぁ、とため息をついて総司から来たらしい紙の束を渡された。
「って、すげぇ量だな…!?」
「んなもん、書く暇あんなら巡察にでもいってこいってんだ…っ」
「内容は…?見てもいいのか?」
「どうせ、お前の言いたいことと似たり寄ったりだろうからな」
『詩想ちゃんの仕事に関する請願書』と、太く大きく示されたその文。
あいつは、どんな思いでこれを書いたのだろうか。
「…要するに、髪結いを辞めさせろってことを言いたいがために
俺に対する文句を並べ立ててるってわけだ」
「…髪結い以外の仕事に関しては?」
「体を使うことに関してはその限りではないらしい」
「なるほど、なぁ…」
文机に向かいながら、ふと寝間の方へ顔を向ける。
しばし、そのままにしていたかと思えば俺のほうを向いて小さなため息をついた。
「近藤さんが言おうが、俺が言おうが…あいつはきかねぇんだがな」
「誰に何を言われても、この道を選んだのはあたしよ」
「詩想…いたのか」
「あたしの寝間はここだもの」
「……どういうことだ?お前も一部屋もらってるよな?」
土方さんと、詩想を交互に見比べる。
いつになく眉間のしわが深い土方さんと、端正な顔立ちで薄く笑う詩想。
「どうって…そういうことよ」
「………っ!?」
―いつからだ? 二人がそういう状態になってたことに、気づいてなかった?
――いや、もしかしたら試衛館の頃から…
「ぷ…っあはは…っ」
「っく…詩想、笑うんじゃねぇ…っ」
「だってだって…っ左之ったら、ほんとに悩んじゃって…っか、可愛い…っ」
「な、なんだよ?」
「…冗談よ、冗談。あたしとトシさんは何の関係にもなってないわ」
心底おかしそうに笑う詩想と、肩を震わせる土方さん。
この恋仲というより、悪友といった感じがよく似合う…つまり、そういうことか
「なんつー…冗談だよ…」
「んふふ、ごめんね?あぁ、でも総司にも同じことしたわよ?」
「はぁ!?」
「まぁ…ほんとに斬られちゃうかと思ったけどね、トシさんが」
「お前は真っ先に噴出してたのにな…」
子供のような悪戯を、無邪気にしかけてくる詩想。
純粋な男心をもてあそばれた気もしなくはないが、二人が恋仲でないという
ただそれだけ知れればまだいいほうだ。
「ふふ、じゃあね。おじゃまさま」
現れたときと同じように、スッと影に消えて気配を絶つ。
詩想がいなくなったあと、俺はまだ笑っている土方さんを恨んだ。
「なぁ。原田」
「なんだよ。土方さん」
「あいつを落としてぇのか?」
「…当たり前だろ」
「あれのどこがいいんだろうな、お前も総司も…」
「土方さんは…そういうんじゃねぇのかよ?」
クス、と笑って筆を握りなおしながら
「馬鹿言ってんじゃねぇ。自分に似たような女好きになるわけねぇだろ」
「…なる、ほど」
「まぁ…大切では、あるけどな」
想われていることを知っているのか、いないのか。
からから笑う詩想の姿が頭の中から消えなかった。
[*prev] [next#]