本家に集う陰陽師衆の中でも一段背の高い彼の姿は、遠目にもよく分かる。
魔魅流くん、と声をかけると、感情に乏しい瞳が真っ直ぐにこちらを見た。自然と早くなる鼓動を抑え、邸を指差す。


「竜二くんが呼んでる」

「……分かった」


それ以上の会話を交わすこともなく、魔魅流は無頓着に踵を返した。
あ、と小さく声を上げるべきか迷って、結局口をつぐむ。いつだってそうだ、最低限の会話しかすることが出来ない。
昔はこんな風では無かった。しかし、お互い分家で過ごし何年も会わずにいて、やっと再会出来たと思えば彼は随分寡黙になっていた。
昔から彼に寄せていた感情だけが、縮まらない距離に焦げ付く。

どうして、と彼の姿を振り返れる。不自然な程に感情に乏しいのはどういうことなのか。避けられている訳ではないのだろうが、まともな会話すら出来ないのは切なかった。せめて名前位呼んではくれないだろうか。
でも実は知っている。
魔魅流が唯一感情を顕にする時を。
それは妖怪を滅する時、ことにゆらを庇うとき。
――どうして。


「どうして」


面と向かって言うことも出来ず、魔魅流と一緒にいることの多い竜二に問う。
案の定竜二は沈黙した。僅かな間ではあったが、それが彼が何かを知っていることを如実に物語る。


「……知らないな」

「嘘吐かないで」


それは語ることを忌む程酷いことなのだろうか。あんまりだ。幼馴染みの変貌の理由すら知ることが出来ないなんて。


「何か知ってるんでしょ?
お願いだから、教えてよ」


名無子の切実さが伝わったのか単に根負けしたのか、竜二は溜め息を吐いて口を開く。普段から良いとは言えない人相だが、この時はいっそう不機嫌そうに見えた。


「魔魅流はなあ…、もう名無子の知ってる魔魅流に戻ることはない」

「どうして、」

「あいつにはもう感情が無い。只の人形なんだ、
才能と引き換えに感情を失った」

「才能……」


絶句した名無子の脳裏を過ったのは、妖怪からゆらを庇う魔魅流の姿だった。息も詰まるような、これは嫉妬だろうか。


「だって、その才能って何のためなの?
…ゆらちゃんのため?」


否定して欲しい可能性を恐る恐る述べれば、竜二はあっさりと頷いた。


「ああ。破軍の使い手――才ある者を守るためだ」


破軍。才ある者。そんなもののために人ひとりを生ける屍同等にしたと言うのか。
魔魅流のあの大きな瞳には、もう破軍の使い手であるゆらしか映ることはない。
魔魅流が何かしらの感情を込めて名無子を見ることは二度とない。


「そんな……」





よく泣きもせずにあの場を離れたものだ、と我ながら感心する。
無意識の内に明るい色の髪を探して、邸内をあてどなく歩く。すぐに背の高い人影は見つかって、思わず声をかけた。
その瞳は硝子玉のようで、竜二の言葉が甦る。元には戻らない、と。
これは魔魅流が望んだことなのだろうか。こんなにも切実に能力を望んでいたのだろうか。


「魔魅流くん、」

「……何」

「何のために感情を棄てたの」


魔魅流の表情からは何も読み取ることが出来ない。それでも、珍しく彼は口を開いた。


「僕は、ゆらを守るためにこうなったんだ」


思えばこんなに長い言葉を聞いたのはこうなって初めてだが、それは名無子の望んだ答えではない。寧ろ一番聞きたくない答えだった。


「それを、望んで?」

「うん」


頷いた彼はやはり無表情で、きっと自分は彼の瞳には映っていないのだろう。この先もずっと、魔魅流の瞳に映るのは只ひとり。
魔魅流の感情を動かすのは、只ひとり。
こんな風に人形同然となっても魔魅流への執着が消えないのは酷く滑稽で、永遠にから回る感情は無様で、しかしどうすることも出来ない。
口の中が塩辛いのは涙だろうか、仮にそうだとしても女子の涙が無条件に男子の心を動かすとは思っていないし、それはさもしい考えだと解ってはいるのだが、無視されているようで胸が痛んだ。
目の前の魔魅流が一向に無表情のままなので何も解らないのだ。
ああ、妖怪になれたなら。
人形のような彼はその硝子玉に自分を映すのだろうか。
彼の感情が向いてくれるのなら殺意でも構わない。殺意、だろうと。