「例えばさ」


持ち前の嗜虐心はいつだって急に頭をもたげる。
今更それを制御出来ない訳がない。でも、今はそんな気も起こらない。端的に言えば苛ついていたのだ。


「突き立てて貫いて、お前の中をぐちゃぐちゃに掻き回してやりたい」


名無子は一瞬呆けたようにした。けれど徐々に顔を赤くし、でもそれは只の羞恥だった。つまらない。
本当にそんな下世話な意味でボクが言ったのなら、というよりボクがそうしたいのなら、わざわざ口に出すと思う?
無論すぐに行動に移すに決まってる。名無子だって知ってる通りに。だから馬鹿みたいな想像するのは止めろよ。


「――って言ったらどうする?」

「……」


何かを言おうとして止めた名無子は、平然の体を装ってソファーを立った。


「そういうこと言うのって、趣味悪いと思う」

「………へえ」


こういう所が嗜虐心を煽るのだなどと、そんなことは知らないのだろう。暢気なことだ。

手首を掴んで強引にソファーに座らせて、その背中に覆い被さる。勘違いしないで欲しい。誰もお前の言うような趣味の悪いことなんか考えていない。


身を捩って正対した名無子は、困ったように笑う。そういう顔は好きだけど、同時に腹立たしくもある。
そう勘違いしているなら、もっと感情を顕にする筈だ。それとも何なんだ、どうでもいいのか?ボクとの行為は拒む程にも、まして望む程にも重く考えていないと?


「腹立つな、名無子はいつもそうやって余裕ぶる」

「そんなつもりじゃない。
玉章があんまり突然だから、驚いてるの」

「ああ、そう」


名無子は媚びたことがない。それどころかボクに何か強い感情を抱いたことすらないように、冷静だった。
軽蔑したり、嫌っているのではないようだ。強い愛情を向けられたことがないように、憎悪もまた感じないから。
思わず舌打ちしてしまった。びくり、肩を震わす名無子を見た所で溜飲は下がりはしない。


そもそもボクが名無子に興味を持ったのは、名無子があまりにボクに対して無感動だったからだ。
大概の女は必ず、どちらかの感情をぶつけてきた。
下心つきの好意か嫌悪か――嫌悪を向けられる謂れはないと思ったが、妬みだとかは同性だけでなく異性にも適用されるものらしい。
だからなのか、女というのは対等なものではないと思っていた。人間妖問わず、だ。
無論欲を感じない訳ではないけれど、誰か一人をずっと傍に置きたいと思ったことはない。処理に関してはなるだけ不快に思わない相手を選んでしていた。けれど、行為だけが何か特別なもののように勘違いしたのか、途端に媚び始めるのだ。


名無子も初めはその扱いだった筈で、今こうして彼女と呼ぶ立場であるのが不思議で仕方ない。媚びないから、不快じゃなかった。だからかも知れない。

名無子は何回抱いても媚びない。好きとは言うけど、本心から盲目的に言う他の女とは違う。
ボクが好きなのは名無子のそういう所だった筈なのに、今や怒りの対象なのだから自分でも意味が分からない。


「…本当、苛々する」


怒りをぶつければ流石に悲し気な表情をする。ボクに好かれていることには拘っているのか?

大体なんで、ボクが人間の女ごときに執着しているんだ?



「…なんでそんなに、苛ついてるの?」

「さあね。名無子のせい、かもよ」


(突き立てて貫いて、お前の中をぐちゃぐちゃに掻き回してやりたい)


誰も、何で何処を貫いて、掻き回すのかまでは言っていないだろう?残念だけどご想像通り、とはいかない。

鋏でも包丁でもなんでもいい、良く斬れる刃物を腹に突き立てて、背中まで貫いて、内臓が混ざり合う位ぐちゃぐちゃに掻き回してやりたいよ。

ああ、そんなことをしたら人間の名無子は死ぬだろうけど。けれど、流石に死を眼前に突き付けられて、自分に死を与える奴に媚びない訳はないだろうよ、例え名無子でもね。正直、命乞いよりは他の女と同じ下心が透けて見える媚びの方が見たいけど。


何度そう思って、その度にやっぱり止めたか分からない。そんな極端なことをしなくても、別の――例えば名無子が勘違いしたような下世話な――やり方で媚びさせることは出来る筈だ。他の女みたいに一度で堕ちないだけで、力や時間を掛ければいずれボクに屈するんだろう?


これは我慢比べだ。名無子が厭らしく媚びたらボクの勝ち、全然そんな素振りを見せないならボクの負け。その時は鋏でも持って来て本当に実行しよう。結局名無子の媚びる表情が見れることに変わりはない。妖の性で、人の血を見れば満足するかも知れないしさ。

女のそういう一面を嫌悪してたっていうのに、そうでない女にはそれを求めるなんて我ながら本末転倒だな。馬鹿みたいだ、人間に対して何を必死になっているんだろう。
まあ何でもいいよ、取り敢えずご想像通りにぐちゃぐちゃに掻き回してやるから、媚びずともせいぜい喘げばいい。

お前は本当に腹の立つ女だよ、名無子。