先刻から枝豆の皿に手を伸ばす自分のことを非難めいた視線が追って来るが、それを黙殺して次の枝豆に手を伸ばす。


「……お前さあ、食い意地張りすぎ」


切れ長の目が呆れたようにこちらを見やって、溜め息を吐いた。皿に溢れる程に盛られてあった筈のそれは今や残り十数個までに減っている。


「玉章も食べれば良いのに。美味しいよ?」


目の前にはチューハイの缶。さっきから玉章はそれにばかり手を伸ばすので、枝豆は要らないのかと思って遠慮なく頂いているだけなのに。
枝豆の大半を名無子に食べられた玉章は、また伸ばされた名無子の手を掴んだ。


「ちょ、痛い」

「だったら自分ばっかり食わないで、ボクにも譲れよ。名無子はもう十分食べたろ」


手を片手で掴んだまま皿に手を伸ばす。名無子が手を出せないでいるうちに、皿は空になった。
ああ、と嘆息した名無子を一瞥して、手を離す。


「もっと食べたかったのに…」

「それはこっちの台詞だ」


食べる物がなくなってしまうと、唇の違和感に気付く。塩の効いた枝豆の皮をくわえていたせいか、唇は乾いた時のように表面の張りが失われている。痛いのでチューハイを飲んでも潤ったのは喉だけだった。


「あーあ…」

「どうしたんだ、未練がましい」

「違うって!枝豆のせいで唇がひりひりするの」


玉章は呆れたようにしたが、笑い含みに呟く。


「……色気ないなあ?」


失敬な、と言おうとした唇が塞がれる。驚いて反射的に身を引こうとする名無子の肩を押さえ付けて、玉章は一旦唇を離した。


「……、何、いきなり」


柄にもなく酔っているのだろうか。しかし彼が酔っている姿なんて見たこともないし想像もつかない。
玉章はその唇に不敵な笑みを象って、手を名無子の肩から背中に回して引き寄せる。詰まった距離に否応なしに顔に熱がのぼる。
そんな反応を面白がるようにまた唇を塞ぐ。熱い舌の感触を感じて、ああ、これは本当に酔っている、と覚悟する。しかし舌は口内には侵入せずに、名無子の唇をなぞるように舐めた。珍しいな、と思う。いつもならこっちの心の準備など構わず舌を入れて来るくせに。
気がすんだのか、随分長いそれを終えて満足気にする玉章の顔を睨む。


「何だ」

「いや、こっちが聞きたいんだけども。突然何なの」

「痛いんだろ、唇」


頷いてふと気付けば、唇は張りを取り戻していた。塩気を舐め取られたおかげなのか、だとしたら感謝すべきなのか。
それでも何となくしてやられた気がした。
返答に窮しているとまた唇を奪われそうになったので妨害する。当然ながら玉章は不服そうにした。


「……おい」

「さっき色気ないとか言ったじゃん!」

「ああ、拗ねてるのか?」

「違うから!玉章だいぶ酔ってるんじゃないの?」

「ボクが人間の酒なんかで酔うはずないだろ」


そう言って口の端で笑む彼は確かに妖怪よろしく底知れない。無理矢理唇を庇う手をどかして、今度は舌を入れてきた。


「――」


口内を蹂躙するそれと、背筋をなぞる手つきが妙に官能的で、何故か悔しい。
唇を離しても背中に腕を回したままで、不敵な笑みのまま枝豆の罰だ、と言うので思わず吹き出した。何だかんだと結局は自分がしたかっただけだろう。それに名無子にとっては何の罰にもなっていない。それどころか、――そこまで考えて伝えるのが面倒になった。


「良いんだけどさ。遠慮なく物食べてる名無子を見てるのも」

「そう?」

「いつまでも気ばっか遣われて、素を出してくれないのは不愉快だろ」

「………えっと、」


それは素の私が好きだということなの、なんては迂闊に聞けない。この流れで押し倒されそうだからである。どうした、と問う玉章の瞳がそんな危険な色をしていた。大概妖怪と謂えどこういうところは人間の男子と変わらない。


「何でもない!」


そして自分も、妖怪と同棲しているといってもつくづく普通の女子と変わらない。ひょっとしたら酔っているのか、この状況も悪くないと思った。
妖怪も人間も、こういうものはきっと変わらないのだろう。

自分を抱き締める玉章に笑むと彼は案の定ソファーに体重をかけてきた。この目の色は不味い。逃げ切れる気がしない。でも構わなかった。決して諦めではなく、だ。


「……ふうん、」

「え、何」

「珍しいな、抵抗しないなんてさ」

「だって、結局抵抗したって無駄なんでしょ」


軽口に続けて、それに嫌でもないし、と呟けば一瞬驚いたようにしたが、口元はにやりと笑みを象る。


「それは誘いと受け取っても?」

「いや、この状況ってどちらかと言えば玉章が――」

「でも良いんだろう?」

「――……はい」


有無を言わせぬ視線を辛うじて受け止めて頷けば、明確な意思を顕にその手つきが変わる。相変わらず強引で、でも絶対に許可を求めてくるのはいつものことだった。
寝室が遠い、と嘯く玉章の背中に腕を回して、たまにはバカップルになるのもいいかな、と思ってしまう自分は何だかんだ言っても彼のことが好きなんだろう。