黒い蟲が、涌いている。かさりと音を立てて、汚ならしい羽を蠢かして、何処からともなく涌いて視界を染めていく。
払っても払っても、取れない。退かない。膚を幾本もの脚が這う感触は気味が悪い。吐き気がする。
目に鼻に耳に口に、果ては膚の内部、血管にさえ潜り込んでいく錯覚に陥る。だが、闇雲に手を振り回して払えるものならば疾うにそうしていた。

それでも惰性で手を降り下ろす。飛び回る黒を叩き落とした筈のその手は、蟲などよりも余程柔らかい物を捉えていた。響き渡ったのは羽音ではない、乾いた炸裂音である。


「あ」


瞬間、視界の黒が消え果てるのはいつものことだった。開けた視界の中央、振り下ろした手の行く手には女の頬。圧し殺した悲鳴、歪めた表情、腫れ上がった赤の色。その脹らみは一度やそこらで出来るものではない。
ぼんやり眺めているとまた黒が涌いた。庇うように添えた女の手を払い除ければ頬の腫れの上に涌いた蟲が蠢く。思い切り払うように叩けば女は呻き、黒は影のように消えた。

それに気付いたのはいつだったか、蟲を除く為には女を叩けば良いのだと。掌が痛みを訴える程に視界は開け、頭の靄は晴れる。
女は最初こそ抵抗したが、今や従順に殴られるままになった。それでも血が出るまで折檻すれば痛いと訴え出す。それに血の臭いはあの悪夢を思い起こさせた。それを考える度に血管の内で蟲が這いずり回る感触がして、込み上げる嘔吐感に堪えねばならない。だから、紛らわす為にまた手を上げる。


「っ、痛」

「煩い」

「あ、…痛、柳田さ――」


煩く喚くので遮るように手を降り下ろす。何度目かの炸裂音を聞いて、同時に鼻腔を衝いたのは鉄の臭気だった。脳裏に蘇ったのはあの夜のこと、鮮血を浴びたような生臭さと飛び散った肉塊が鮮明に浮かぶ。吐き気がした。飛翔する刃の一つひとつ、燃え盛る炎の色すら見えてくるような気がした。


「あ、あ、…山ン本様、山ン本、様――」

「痛、痛い、柳田さま、止め」


無意識の内に女の髪を掴んでいた手に力を込めて、振り翳った手は握り締めて震えていた。血の臭いはあの方が殺された時を鮮明に思い出させる。
痛い、という言葉が耳を掠めて、頭に血が上るのを感じた。そんな悲鳴を上げても何になるだろう、懇願だけで津波のような無慈悲な暴力を制められたならば、あの方は死なずに済んだのだ――


「痛い、だって?お前に痛みの何が判ると云うんだ、名無子」


おめおめと生き延びたお前が、何を。そう叩き付けた拳と言葉は、言葉だけはそのまま自分の胸を刺す。悲痛な叫び声を上げた名無子が感じた物質的な痛みなど取るに足らない程に、その痛みは酷く暴力的だった。何故山ン本が在らず自分が在るのか。――簡単だ、自分には主を救う為の力も知恵も無く、ただただ降り注ぐ天誅のような刃から逃れる為にその場を離れたのである。何も出来なかった、何もしなかった。
生前は我こそあの方の右腕なのだ、と誇りに思っていたにも関わらず、である。

また込み上げてくる物があった。それを、その思考を振り払う為に、ぐしゃりと名無子の髪を乱雑に握り、引き寄せる。近付いた頬の赤に、それの上に涌いた蟲にまた手を上げる。


「何と言った?山ン本様の受けた痛みすら知らないお前が」

「…すみま、せ…ん、」


掠れた声には哀願の響きがあった。それに気付いてまた憤怒が突き上げてきて、組み敷いた名無子の首筋に手を掛ける。
こうしてあの方を救うことも出来ずに生き延びたという、同じ罪を背負った名無子を痛め付けることは自分にとって罰であり贖罪だった。いや、それは建前だけのこと、その実はあの悪夢から思考を逸らす為の手慰みに過ぎない。そのことに気付いても、敢えて暴力の欲求に逆らいはしない。自分が少しでも楽になれるならばそれで良い、と本能が理性や情や良識を押し退けて判断を下すからである。

名無子の虚ろな瞳に水の膜が張っていて、それは揺らいで流れた。無力な涙は何の抑止力にもならず、自分の行いの酷さを指し示すようで寧ろ振り払わねばならないと思わせた。少しでも自責や悔恨の念に囚われれば忽ちあの夜の光景が鮮明に蘇る。
荒い呼吸を伝える喉元は僅かに上下している。それを封じ込めるようにゆっくりと両手に力を込めれば、当然名無子は苦し気な呻き声を洩らす。仰け反った背が限界を訴えていたが、それに構わず腕の力は弛めないままその様を見下ろしていた。

抵抗しなくなったとはいえ本能的に死を拒むのか、名無子は新しい痣の残る腕をやっと動かして柳田の手に掛けた。払い除けようとする動作は次第に必死さを増していき、終には爪を立てだした。浅ましい、そう思う内に掻き毟られた膚にちりちりと痛みを感じるようになった。何の前触れも無しに咽を締め付ける力を強めれば、名無子の身体は痙攣して一瞬抵抗する名無子の指が弛む。しかし次には、今までの比にならない鋭さで爪が立てられた。


「っ!」


掻き毟られて無数に付いた傷痕に深く爪が刺さる。突然襲った痛みにたじろぎ手の力が弛めば、名無子はその隙を衝いて身を捩り狂暴な力から逃れた。遮断されていた空気を求め、大きく上下する肩は咳き込んで苦し気に揺れる。咽からは生にしがみついた結果の聞き苦しい音がした。荒い呼吸を繰り返しながら向き直った名無子の口の端からは苦しんだ名残の涎が零れ、混乱が渦巻いた瞳からは途切れもせず涙を溢して、腫れた頬を伝っている。


それを見て、自分の中でかちりと何かが切り替わったのを感じた。瞬間先刻までの敵意をぶつけていた自分が恐ろしく感じられ、目の前で啜り泣く名無子が酷く哀れに映る。ああ、自分は、また、――


「…柳田、さま……?」


急に暴力を与えていた相手が静止したのが訝しいのか、恐る恐る覗き込むようにした名無子はつくづく人が善い、といつも思うのだ。自らの暴力の犠牲にした少女は、こうして正気に戻った自分と折檻する自分の二面性を知っても何も言わない。自分でも恐ろしく思う豹変の結果に対して、行き過ぎていくのをじっと堪えて、再び正気に戻るのを待っている。詰ることも逃げ出すこともしない。今日のように殺されかけたとしても、同様である。


「名無子…、私は、また…」

「柳田さま、――良かった、」


戻られたのですね。そう呟いて安堵したように笑む。腫れ上がり動かない片頬と、切れた口の端が痛々しいのにその笑みはいつも穏やかなのだった。
堪らなくなって抱き寄せるのもいつものこと、一時の悔恨から逃れる為に一方的に痛め付けた恋人に対する詫びの言葉を探し、そんなもので赦される筈も無いと項垂れそれでも詫びるのもいつものこと。


「本当に、すまない――
…それで済まされるようなことでないのは分かっている、」

「そんな…、柳田さまが戻られたのならそれで良いのです」


背中に回された腕に力が籠った。貴方が好きだから良いのだと言った名無子は、謝罪の言葉を受け入れてはくれない。撥ね付けている訳ではない、これは主を喪った精神的な重責からきた病であり、悪いことをしている訳ではないのだから謝るなというのだ。その言葉にすがり開き直るのは――手を上げて痛め付けておいて、何を今更という感はあるがそれでも――良心の呵責に苛まれ出来ず、謝罪し続けることしか出来なかった。
名無子は慰めるように柔らかく髪に手を差し入れ、撫でる。一旦正気に戻ったならば、近付く血の臭気にも堪えられる。黒い蟲が涌くこともない。何よりも浅ましい自分の表裏は、界がはっきりしているのが恐ろしいが救いでもある。


「そんなに自分を責めてはなりません、
――けれど」


抱き締めているのか抱き締められているのか判らない姿勢のまま、名無子は柳田を労るように酷く痛むであろう身体を寄り添わせた。
何か言いたげにして、躊躇するのはいつものことである。瞳の奥の本心を読み取って、柳田はその唇に自分のそれを重ねた。腫れた頬は触れるだけで痛むだろうから、なるべく触れないようにする。

こうして暴力が過ぎ去った後に口付けを交わすのは最早習慣だった。
名無子は柳田が正気に戻ったのだと確認したいのだ、と言った。手を上げる貴方が存在しても、戻ってきた貴方は自分を愛しく思ってくれているのだと確認したい、と言った。名無子は自分を愛してくれる柳田が存在する限り堪えられるのだという。

その証としての口付けは触れるだけのものだったが、今日の名無子はそれでも不安そうに見えた。視線を落とせば首筋の手形に目が行き、不安になるのも当たり前だと思う。あのまま自分が正気に戻らなかったら――考えるだけでも戦慄する。そうなれば確実に、この腕の中の温もりは喪われていたのだ。

腰を引き寄せ、乾いた唇に舌を這わせれば名無子はすがるように着物の裾を掴んだ。肯定と解って続きを望むように薄く開いた隙間に舌を差し入れる。ん、と小さく漏れた名無子の声の響きは少なくとも痛みによるものではない。口内を愛撫するように舌を動かせば、広がったのは鉄の臭気、濃く鮮明な血の味だった。


自分が殴ったことで口内が切れたのだと気付き申し訳なく思うのと、舌の上に広がった血の味を咽下して鼻に鉄の臭気が抜け、また吐き気が襲ってきたのは同時だった。その事態に心拍数が跳ね上がるのを感じる。吐き気、などはこの自分である限り催す筈もなく、ならばこうして嫌悪の情を抱き始めたのはまた精神が解離し始めた証拠ではないのだろうか、と思ったのである。

柳田の動揺に気がつかないまま、名無子は安堵に浸かって口付けを受け入れ、応えていた。名無子が恋人として少しでも幸せと感じられるとしたらこの時間だけなのだから、それは当然である。
しかし今問題なのは、舌を絡ませる度に血が混ざり流れてくること、酸素を求め小さく息を吸う度に鼻に鉄の臭気が抜けていくこと、
そして既に脳髄がそれを拒み始めていることであった。

血の臭いに堪え難くなったのを自覚するより先に、身体は勝手に動いて名無子を引き剥がしていた。

当然肩を掴まれ力任せに突き飛ばされた名無子は、一瞬訳が判らないというように途方に暮れた目をしていたが、次第に何をされたか理解したようで瞳に怯えを滲ませる。乱暴な動作に先刻の暴力の片鱗を見たのかも知れない。


「!?――、すまない名無子、…」


自分でも焦って、まるで耳鳴りのように煩い心音の中で必死に詫びの言葉を口にした。あ、ええ、大丈夫です――と自分に言い聞かせるように微笑んだ名無子の瞳は、当惑して酷く不安の色を濃くしている。申し訳なく労しく思い、解離などしていない証を見せたくて引き寄せた身体からは血の臭いがした。一度意識してしまえば、どれ程微かな臭いでも敏感に探り当ててしまうのかも知れない。

ざわめく胸中と眩み出した視界の中央で、名無子がすがるように柳田の背に腕を回した。落ち着くつもりで目を瞑り息を吐く。かさり、かさり――耳の中であの音がした。見開いた眼前には徐々に蟲が涌く。ちょうど肩に凭れた名無子の着物の袷から、乱れた頭髪の間から、黒が涌いて蠢いて密着した身体を伝ってかさかさと上ってくる。滲みるように膚に潜り込む。速い脈拍、比例して血の巡りの速くなった血管に黒が蠢いて、柳田の異変に気付いて心配そうに見上げた名無子の腫れた顔には蟲が這っていた。


「――!!」


今度こそ加減を知らない力で突き飛ばされ、名無子はいよいよ怯えて身をすくませた。
蟲を振り払ったつもりの手が捉えたのは腫れた頬、一層強く響き渡った炸裂音に何の構えもしていなかった名無子が悲鳴を上げる。
高く危機を訴えた悲鳴に被さって、聞こえる筈もない人々の悲鳴が聞こえ、刃を降り注いだあの姿が、燃え落ちる屋敷の爆ぜる臭いが、人の身を超えた断末魔が脳裏に響き渡った。


「…どうして……?柳田さ、ま」

「ああ、あ、山ン本様、山ン本様…!」


眼前で朽ち果てていく主の幻覚、理解を拒んだ過去を振り払う為に翳した手は真っ直ぐに振り下ろされた。狂暴な力を振るうことに対する躊躇いなど一欠片も無かった。





ただ目覚めて瞼を持ち上げるだけの動作が、酷く辛い。引きつって不自然に強張る全身を何とか宥めすかしてゆっくり目を開ければ、心配そうに覗き込んでいたのは冴えた髪色をした中性的な容貌の人であった。


「良かった、気がついたのね」

「珠三郎さん?と、圓潮さん……?」

「まだ動かないで」


鼻腔を衝いた独特の薬臭さは、頬に貼られた湿布のものだった。手当てを施してくれたらしい珠三郎の白い手が優しく髪を撫でる。
久方ぶりに訪れた平穏な褥に埋もれ、意識を手離しそうになって思い当たった。何故、自分がここに居るのか。手繰り寄せられる記憶は少ない。嵐のような折檻に堪え、やっと正気に帰った柳田がまた突然手を上げて、そこから先はよく判らない。絶望に苛まれて、何が起こっているのか理解したく無かったのだ。取り敢えず判るのは、自分は何処かの段階で一旦意識を手離したということである。では、あの状態になってしまった柳田はどうしているのだろうか。


「珠三郎さん、あの…柳田さまは?」

「柳田なら先刻の部屋だよ。取り敢えず名無子を引き離すのが先決だろう、と思ってね」


言葉に詰まった珠三郎に代わって答えたのは圓潮だった。
では柳田はあのまま一人になっているのだろうか。それは良くない、彼は放って置けばまた幻覚を見るに決まっている。独りきりでその苦しみに堪えられる訳が無い、紛らわす為に痛め付けるのが自分ならまだ良いのだ、あの加減を知らない暴力の行き先が柳田自身になってしまったら、逃れる為には素手では足らず刃物なんかを持ち出して来てしまったら、

悪い方向にしか向かわない思考は名無子を焦らせた。自分はこんな処で安穏としている場合ではない、早く早く、柳田の下に行かなくてはならない。


「ちょっと、そんな身体で何処に行くの!」


動かす度に軋む身体に鞭打って立ち上がると、叱責にも似た珠三郎の言葉が追いかけて来た。構わず襖に手を掛ければ、腕を掴まれ制止される。


「柳田さまの処です」


振りほどくことが出来ない。お願いだから行かせてくれ、そう懇願するつもりで振り返って見た珠三郎は唖然としていた。


「名無子、あんた何言って…?自分を痛め付けた男なのよ?」

「違います、柳田さまはあたしが居なくては危ないんです」

「あのね、」

「何でも良いですから放して!放って置いたら死んでしまいます、あたしが殴られてあのひとが平穏を取り戻すならそれで良いんです!
だって柳田さまはそうしないと山ン本様のことを思い出して嘆いて、もしかしたら自分で死んでしまうかも知れない!」

「いい加減にしなさいよ!そんな風に盲目的に尽くして、でも痛いって泣いてたじゃないの!」


悲痛な声を上げた珠三郎の、その言ったことに覚えがない。痛いと泣いた、そんなことをした記憶がない。誰よりも痛みを抱えているのは柳田なのだ、いつも折檻する時に端正な顔を歪めて哭いているのを見ている。泣いているのだ、山ン本を喪ったことに対しての哀しみなのか名無子への謝罪なのか、はたまた自責の念なのかそれは判らないが。

初めて手を上げられた時、自分は訳も判らず泣いた。柳田は項垂れて謝った。自分を好きなことは変わらないと言った。そういうことなのだ、暴力に堪えさえすれば何れ帰って来る柳田は自分を愛しんでくれる。それを頼りにすれば一時の暴力など痛くはない。それに屈して彼の下を去り、すがれる場所を失えば彼は本当に逃げ場を無くして苦しむ。そうなる位なら、殴られても傍を離れず、彼の心の安定に貢献したい。

珠三郎の手を振り払った力は、自分を折檻している時の柳田のように盲目だということに名無子は気付かない。柳田の傍を離れて互いに平穏であるとは思われず、もしかしたら彼が痛みを振り払う為に名無子に与えられる痛みの時間こそが平穏なのかも知れない、とすら思うのだった。





「嘘でしょ…」


女の力とも思えぬ狂暴さで振り払われた手を見て、珠三郎は嘆息した。ぱちりと扇子を鳴らした圓潮は今までの出来事を一切顧みていないのではないか、と思う程に冷静で、あれ程痛め付けられた名無子を見ても眉一つ動かさなかった。


「行きたいというなら、制める理由は無い筈だろう」

「でも……殴られると判っていて、どうして」

「盲なんだよ、二人とも」


尋常ではない怒声と悲鳴を聞いて暴いた部屋では、あの優男に限ってまさかとは思ったが初対面の頃のような絶望した表情で手を上げていた。緊張の糸が切れたのか意識を手離した名無子を引き剥がし、さてこの狂ってしまった男をどうしたものかと思案するよりも先に、柳田は先刻までとは別人のように黙り込んだ。瞳は既に理性を取り戻しており、闇雲に誰にでも拳を翳すのかと思えばそうではない。それは圓潮等が元々は山ン本だったということを差し引いても妙な様変わりの仕方だった。そして気付いた。

柳田は無意識の内に選んで名無子を苛むのだ。

柳田は山ン本と名無子しか見えず、名無子もまた柳田しか見えていない。名無子は自己犠牲で殴られているのではなく、それが柳田に尽くしていると、柳田の救いになっていると本気で思っているのだ。
そう珠三郎に説明してやれば彼は胡散臭げに聞いた。信じられない、有り得ない、そうげんなりと呟いた彼に自分だって理解し難いと返す。けれどそれは真実なのだ、盲というものは自分達を客観的に見ることが出来ないのだと説いた。珠三郎はでもあれがいつまで続くのだろう、と心配そうに呟いたが、そんなものは自分にも判らない、と圓潮は思う。当人同士がそれを善しとする間はずっとなのだろう、所詮は盲同士の関係性は他人の理解の及ぶ処ではないのだ。





「柳田さま」


襖を開ければ、廊下を辿る間に考え気が気では無かった想像の何れにも当てはまらない光景が広がっていたので、名無子はほっと胸を撫で下ろした。窶れた様子の柳田は蹲って眠っており、暫く見ていなかった寝顔というものに安堵する。悪夢の為に随分と眠れない夜を過ごしてきた柳田がこうして眠れるのならば、自分が少しでも彼の支えになっているという実感となって名無子は満ち足りる思いだった。


柳田さまの為なら、痛みを受けることなど何でもない、
いいえ、この方の苦しみに比べたら自分のそれなど痛みではない。


勿論それこそが盲なのだと、柳田も名無子も気付く筈もない。