短編 | ナノ

(2015クリスマス)

 アヤメの朝は早い。
 ガノンドロフよりも早くハイラル城に登城した彼女は、まず執務室と隣の仮眠室の窓を開けて軽く掃除をする。この季節は特に冷え込むため、掃除が終わったら暖炉に火を入れて部屋を暖めておくのも忘れない。次にインクなどの備品の確認や補充をし、タイミングよく届けられた書類を緊急度別に仕分けする。それら諸々の雑事が終わって、今日の予定を最終確認している頃にようやくガノンドロフが姿を見せるのだが――。

「休暇を取った。出るぞ」

 顔を見せるなり単刀直入にそう告げたガノンドロフに、アヤメは目をぱちくりと瞬かせた。

「へ? ……あの、午後から公爵との会合がありましたよね?」
「三日後に延期させた」
「こ、この書類は?」
「ハイラル王に返却しろ。それは元々奴の仕事だ」
「ええー……」

 アヤメはあからさまに文句を言いたそうな顔つきをしてみせた。せっかく朝早くに起きて仕事の下準備していたというのに、それらが全て水の泡である。

「それにしても、よく陛下の許可が下りましたね。年末の忙しい時期だっていうのに」
「情に訴えかけて軽くほのめかしただけだ」
「……本当にガノンさん相手には甘いですね、ハイラル王」

 いくら十年来の付き合いでお気に入りの臣下だとしても、さすがに限度があるだろう。それとも、一国の王を丸め込めるガノンドロフの話術がすごいのだろうか。……どちらにしても、ハイラルの将来が不安になってくる。
 そんなことを考えていると、ガノンドロフが痺れを切らしたらしく顔をしかめて鼻を鳴らす。

「アヤメ。貴様はせっかくオレ様が取ってやった休暇を仕事の話で埋めるつもりか。とっとと出掛ける支度をしろ」
「はあい。もう、本当に横暴なんですから」

 そう言ってアヤメは先程整理したばかりの書類を手に取った。何はともあれ、まずはこれを国王の元に届けなければ。それから仮眠室に万が一に備えて置いてある動きやすい服に着替えよう。念のため護身用の短剣も隠し持っておいた方がいいだろう。ガノンドロフと行動を共にしていると何かと物騒なことに巻き込まれるため、こうした自衛の意識は嫌でも身に付く。
 ――本当に、毎度のことながら突然な人だ。もう少し前もって言ってくれれば、ちゃんと準備もしてきたのに。
 心の中で相手をなじりながらも、彼女の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。久々の二人きりでの外出――しかも、普段そういったことにあまり積極的ではないガノンドロフから話を持ち出してきたのだ。それが嬉しくないはずがなかった。



 二人をその背に乗せたゲルド馬は黒い矢のように平原を駆け抜け、昼前にはゲルドの谷に辿り着いた。乾いた空気がぴんと張り詰めたように冷たく感じて、ガノンドロフの胸に抱かれているアヤメは暖を求めて彼の体にすり寄った。砂漠の冬は、体の芯から凍えそうなほどに寒い。

「珍しいですね、里帰りなんて」
「近頃は暇がなかったからな」

 平然とうそぶくガノンドロフに、彼女はくすりと笑みをこぼす。彼が女に囲まれるのを厭って生まれ故郷に寄り付かないことはアヤメもよく知っていた。

「お帰りなさいませ、ガノンドロフ様!」

 谷にかかった大橋を渡り終えると、待機していたゲルド族が馬上の王に膝をついた。ガノンドロフは彼女に軽く視線をよこすと、馬に跨がったまま無言で脇を通りすぎる。
 集落に足を踏み入れた後も、ガノンドロフが傍を通りかかる度にゲルド族は次々と道を譲って彼に声をかけた。誰も、彼の前に座るアヤメの存在など目もくれない。こちらが一人一人に対して微笑みかけて軽く会釈をしようが、彼女達は当たり前のようにガノンドロフのみに頭を下げている。
 ――無視されているわけでも、まして嫌われているわけでもない。ガノンドロフのいない場面ならば、アヤメもまた素直で賢しい新入りとして皆に可愛がってもらっている。彼女達にとっては、他の何を差し置いても『ゲルド族の王』ただ一人が最優先されるべき存在であるだけなのだ。
 そんな調子で馬を進めていくと、砦の前に赤い装束を纏った一人の美女が現れた。ガノンドロフが不在の間、この集落のまとめ役を任されている女性である。
 ガノンドロフが馬を止めると、彼女はその場で優雅に跪く。

「我らが王よ、御前を遮る無礼をお許しください」

 低く落ち着いた声音が乾いた空気に冷たく染み渡る。

「構わぬ。顔を上げよ」

 ガノンドロフが命じると、女性はしなやかな猫を思わせる動作で立ち上がり、ゲルド族特有の濡れた金色の眼差しで自分達の首領を見上げた。

「お帰りなさいませ、ガノンドロフ様。我ら一同、王のご帰還を心よりお待ち申し上げておりました」
「御託はよい。何ぞ変事はなかったか」

 馬を降りながらガノンドロフが訊ねれば、彼女は首を横に振る。

「取り立てては。ですが、ここのところ谷の周辺が騒がしくなっております。大半は女目当ての愚かなハイリア男ですが――」

 滔々と流れるような報告を耳に入れつつ、アヤメは彼女の姿にぼうっと見とれていた。
 相変わらず、色気のしたたるような美人である。抜群のプロポーションに、彫りの深いエキゾチックで官能的な美貌。いかにも妖しく艶かしい容姿だが、いっそ無感動と取れるほどに静謐な眼差しが彼女の纏う雰囲気を硬質なものにしていた。その冴え渡る美貌と現場における冷静な判断能力から、彼女を慕うゲルド族も多いのだという。
 ――こんな女性だったら、彼と並んでも見劣りしないんだろうな。そんな感慨を抱きながら、アヤメはぼんやりと彼女を眺める。あまりにも自分とかけ離れているためか、もはや嫉妬すら感じない。あるのはただ優れた美に対する感嘆だけである。

「報告は以上になります」

 女が締めくくると、ガノンドロフは軽く顎をさすった。

「ふん、成る程な。鼠は目障りだが、その程度の実力ならば放置したところでさして害はなかろう。引き続き警戒と監視を怠るな。妙な動きがあれば何を置いてもオレに報告しろ。――それはさておき、先に伝えたものは用意しておいただろうな?」
「滞りなく」
「よかろう。では部屋へ運んでおくよう手配しておけ」
「はっ!」

 女性は一礼すると、周囲のゲルド族にいくつかの指示を出しながらゆったりとした足取りで砦内へ向かっていった。それを見送りながら、馬の背に腰かけたままのアヤメは首をかしげる。

「何か頼んでたんですか?」
「さてな」

 ガノンドロフは意味深長ににやりと笑うと、彼女の両脇に無造作に手を入れてその体を軽々と持ち上げた。そして素直に身を預けた彼女を一度抱え直してから、ゆっくりと地面に降ろす。
 ゲルド馬はその主と同じく、体躯が並外れて大きい。以前危うく落馬しかけたこともあって、乗り降りする際は必ずガノンドロフの手を借りるよう言いつけられている。端から見るとまるっきり子供扱いだが、それはそれで大切にされていると実感できてアヤメは嫌いではなかった。
 なかったのだが――。

「ん? どうした、いつになく不満顔だが」
「いえ。……その、なんでも」

 先程の女性とガノンドロフのいかにも『大人』なやり取りを見ていたせいだろうか、ちょっとしたもやもやがアヤメの中に残ったのだった。




 勝手知ったる砦をずんずんと進むガノンドロフに着いていけば、辿り着いたのは彼自身の私室だった。
 盗賊の首領らしくない、最低限の家具だけ据えた武骨でシンプルな部屋だ。本来は重厚で威風に満ちた調度を好むガノンドロフだが、この砦で過ごしていた時期はあまり趣味に浸ることがなかったらしい。装飾らしい装飾といえば、壁にかけられている鮮やかなタペストリーと絨毯ぐらいだ。
 そんな寒々しい部屋の中央に、以前来た時にはなかったものが鎮座していた。

「……箱?」

 それは横長の、ちょうど女性が抱えて持ち運べるサイズの木箱だった。簡単な留め金が付いているが、これは荒っぽく運んでも中身を落とさないようにするためのものだろう。ゲルド族は見た目こそ優美だが、中身が男以上に荒っぽい者が多い。
 ガノンドロフがそれを持ち上げると、中から金属のぶつかり合う重たげな音が聞こえてきた。彼はそれをどすんと寝台の上に放ると、自分もその脇に腰かける。

「来い、アヤメ」

 足を開いて座った彼は、こちらに目を向けながら自分の太股を叩く。そこに座れという意味らしい。指示されるがまま、アヤメはガノンドロフの太く固い脚にそっと腰を下ろした。体勢が少し不安定なため、少し身を寄せて控えめに彼の体に寄りかかる。
 ガノンドロフはそんな彼女を遠慮するなとばかりにぐいと片手で引き寄せると、もう片方の手で器用に留め金を跳ね上げて木箱を開いた。途端に箱の中から溢れ出した輝きに、アヤメは思わず目を細める。

「うわ、これはすごいですね。目が眩みそうです」

 中に詰まっていたのは、色とりどりの宝玉の付いた装飾品の数々だった。しかも、どれもこれもが一目見ただけでそうと分かる一級品。宝箱の中から光が溢れ出るような表現はしばしば見かけるが、実際に見てみると思っていた以上に目に刺さる。日の光の元で見たら、あまりの眩さに目が潰れてしまうこと受け合いだ。
 ガノンドロフはその輝きの海に躊躇なく手を突っ込むと、何やら首飾りを引っ張り出した。ヘッドに大粒の紅い宝石が嵌まった、どこぞのお貴族様の夫人が夜会に着けてきそうなものである。

「まずはこれだな」
「これ、ルビーですか?」

 訂正しないところを見ると、それで正解らしい。彼は装飾の絡まりをほどいてからそれをアヤメに宛がう。……一瞬で眉間の縦シワが深くなった。

「これは駄目だ」

 あっさり見切りをつけると、彼はその首飾りを無造作に放り投げた。窓からの光を浴びてきらきらと輝いたそれは、絨毯の上に落ちてぼすんと跳ねる。

「ああ、そんな乱暴に……」

 職人が丹精込めて作ったお高いものだろうに、そう荒っぽく扱っては壊れてしまうではないか。だがガノンドロフはそんなアヤメの嘆きをよそに早くも次を取り出す。今度はサファイアをあしらった耳飾りだが、垂れ下がった宝石は耳たぶが伸びてしまうのではないかと危惧するほど大振りだ。こんなもの、誰が着ければ似合うのだろうか。

「これも違うか」

 彼はその耳飾りもアヤメに宛がってすぐに放り投げる。そんな調子であれでもないこれでもないと却下し続けている内に、箱の中身は半分以下にまで減ってしまった。それの減り具合と比例するように、部屋の中は煌めきで溢れ返っている。

「……アヤメ」

 不意に手を止めたガノンドロフが、真面目な目付きでアヤメをじっと見つめる。

「何故もっと派手な顔つきで生まれて来なかった」
「こっちが聞きたいですよそんなこと」

 アヤメは思わず苦笑する。普通に聞けば侮蔑と取りかねない言葉だが、愛でるように頭を撫でながら言われたものだから大して悪い気にはならなかった。自分でも常々思うが、実に安い女である。
 彼女は小さく吐息をつき、散らかった部屋をぐるりと見渡す。こうして見ても、散らばっているのは大粒の石が付いた豪奢な――悪く言うと成金趣味な装飾のものばかりだ。見る分には美しいのだが、自分が身に着けるにはどれも派手すぎる。それが分からないガノンドロフではないと思うのだが。

「無理しなくていいですよ。似合わないものはしょうがないんですし」
「馬鹿を言え。好いた女に似合う宝飾を選べずして何が王だ」

 珍しく好意を直接的に表した言葉に、アヤメはぎゅうと心臓を鷲掴みにされたように感じた。普段なかなか言ってもらえないものだから、それこそ舞い上がりそうなほどの喜びが込み上げてくる。……けれど、同じくらいに彼に対して申し訳がない。
 ――せめて、もう少し自分が素敵な女だったら。

「ねえ、ガノンさん」

 アヤメが声をかけると、ガノンドロフはその声音から何かを察したのか彼女を撫でる手を止めた。

「本当に、私でよかったんですか?」
「なんだ、藪から棒に」
「いえ。そのですね、ガノンさんならもっといい女性がいたんじゃないかと思いまして。……もっとこう、ボンキュッボンの美人さんとか」

 脳裏に浮かぶのは、先程ガノンドロフと話していた涼やかな目元のゲルド美女である。――もしも自分が彼女のように迫力のある美貌だったら、強くしなやかな対応のできる女性だったら、彼の期待にも応えられたのかもしれない。
 顎を撫でて考え込むような仕草をしたガノンドロフも、アヤメと同じ女性を思い浮かべたらしい。ふむ、とひとつ頷いた。

「あの女のことか。……確かにあれはいい女だ。顔や肢体の妙なるは言うに及ばず、その魔性の色香は流し目ひとつで数多の男を虜にする。武芸や統率にも長け、おまけに人望も厚い。あれがしきたりに従順な女でなければ、ゲルド族は勢力を二分させていただろう」
「お、思ってた以上にすごい人ですね」

 聞けば聞くほど、一分の隙もない完璧な女性である。それに比べて、自分はなんと地味で平凡な女であることか。せめて恋い慕う相手の役に立とうと日々努力はしているものの、その努力さえ彼女の存在の前では吹けば飛ぶほど軽いものに思えてくる。

「だが――」

 ガノンドロフは落ち込むアヤメの顎を掴み、強引に視線を合わせる。その金の瞳の中に燃える熱が、彼女の体を縫い止めた。

「オレが愛したのはお前だ、アヤメ」

 ひたとこちらを見据えて囁かれた言葉に、アヤメは息が止まるほど驚いて目を見開いた。その様に、ガノンドロフは満足げににやりと笑う。

「見目や才覚の優劣など知ったことか。そのような物差しでは到底測りきれぬお前の魅力を、オレはよく知っているのだからな」

 そう言うと、彼はアヤメの顎から手を離した。同時に、彼女は力を失ったようにぽすりとガノンドロフの胸に倒れ込む。

「……さっきから、ガノンさんは私を殺す気ですか」

 今のは本気で心臓が止まるかと思った。額を彼の体に押し付けて真っ赤になっているであろう顔を隠していると、頭上からふんと鼻で笑う音が聞こえた。

「そう簡単に死なせるものか。貴様には、オレがハイラルを征服する様をその目に焼き付けてもらわねばならん」

 言外に傍にいろと命じられたことに気づいて、アヤメは嬉しそうに目を細める。
 少し休憩を挟んで意欲が復活したのか、ガノンドロフは再びじゃらじゃらと木箱の中を引っかき回し始めた。まだ無駄なことを続けるつもりなのか。アヤメは呆れながら彼を見上げる。
 ――だが、悪い気分ではない。先程は存分に甘い言葉を贈ってもらったことだし、これくらいは好きにさせてあげよう。そう決めた矢先に、ガノンドロフが目についた何かを引っ張り出してアヤメの頭に添える。その時初めて、感心したように彼の眉が開いた。

「ほう……。これだな」
「え、本当ですか? ちょっと見せてください」

 驚くべきことに、似合うものが見つかったらしい。受け取って見てみると、それは七つの真珠をあしらった髪飾りだった。これまでのものに比べて幾分か小振りだが、繊細な装飾の中に収まったそれらは品のあるしっとりとした輝きを帯びている。

「へえ、真珠ですか。ちょっと小粒ですけど綺麗ですね。……あれ。小粒なんですよね、これ」

 アヤメは顔をしかめて首をかしげる。先程から特大サイズの宝石ばかり見てきたせいか、どうにも感覚が狂ってきたような気がする。ためつすがめつ髪飾りを眺めている彼女の耳に、ふと低い唸り声が聞こえてきた。顔を上げると、難しそうに眉を寄せてこちらを見下ろすガノンドロフが目に映る。

「どうしました?」
「いや。他の宝石ならともかく、真珠を調達するのは金も時間もかかると思ってな」

 はて、と疑問符を浮かべたアヤメは、だがすぐに納得したように頷く。
 ――そうだった、ハイラルには海がないのだ。それならばガノンドロフの渋面にも納得がいく。内陸国であるハイラルが海で採れる真珠を手に入れるためには、国外から来る行商人を頼るしかない。入手ルートが限られていれば国内で流通している数も少ないはずだし、最高級品扱いされていてもおかしくはない。

「なら私、別にこれで構いませんよ。わざわざ他所から買いつけるなんて、そんな」

 もったいない、と続けようとしたアヤメの手から髪飾りが素早く奪い取られた。抗議の意味も含めて視線を向けると、ガノンドロフは軽くこちらを睨んで髪飾りを放り投げる。それは他の宝飾にぶつかって、かしゃんと軽い音を立てた。

「寝言は寝て言え。誰が死体から盗ったものを貴様に身に着けさせるものか」
「盗ったって……ひょっとしてこれ全部そうですか」

 アヤメは呆れを含んだ眼差しで部屋の中を見渡す。どうやらあれらは最初から、色や見映えの具合を確かめるためのものでしかなかったらしい。大振りのものが多かったのは、その方が見やすいからという単純な理由に違いない。どうりで似合わないものばかりのはずである。……ガノンドロフの審美眼が狂っていたのではないと分かって、彼女はこっそり安堵した。

「もう、それならそうと早く言ってくださいよ。――それにしても、今日は本当にどうしたんですか? 急に贈り物をしようだなんて」

 これまでガノンドロフがアヤメに物を贈ろうとしたことは一度もない。アヤメもアヤメでそういった恋人らしいあれこれにこだわる質ではなかったため、不満を抱くこともなく今日まで過ごしてきたのだ。これからも、そうやってただ当たり前のように傍にいるだけで満足しながら生きていくのだと、漫然と思っていた。
 それが、ここにきて突然の対応の変化である。疑問に思うのも仕方がない。このところ仕事や陰謀に忙しくて構ってやれなかったことへの、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのだろうか。
 ガノンドロフはアヤメの髪に手を差し入れてゆっくりと梳く。愛おしげなその仕草に、アヤメは心地よくなって微笑んだ。

「もうじき国全体で聖夜祭が行われるだろう。それに合わせて似合うものを誂えさせようと思ったのだが……これでは当日に間に合いそうもないな」

 その言葉に、アヤメは大きく目を見張った。
 ――聖夜祭。それは、ハイラル王国を建国した王家の祖が空から舞い降りた日を祝う祭りである。地に降り立った祖が一組の男女であったという言い伝えになぞらえてか、その日は恋人の日としても広く知られている。
 まさか、その類いの行事に全く興味の無さそうなガノンドロフが、本気で恋人にプレゼントを用意するとは。初めはその意外性に目を丸くすることしかできなかったが、驚きが引いていくと共にじわじわと幸福感が込み上げてくる。

「待てるか?」

 静かに問いかけるガノンドロフに、アヤメはにじむ涙をごまかすように悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「はい。その分、質に期待しちゃいましょうかね」
「ほう? ならばその間に、宝飾に負けぬよう貴様も女を磨いておくことだな」
「なんですかそれ。『見目や才覚の優劣など知ったことか』って言った癖に」
「それとこれとは話が別だ。オレに見合う女になろうと足掻く貴様を見るのは、なかなかに気分がいい」

 挑発的に見下ろすガノンドロフの眼差しに、アヤメは顔を真っ赤にしてくすくすと笑うと彼の肋の辺りに顔を埋める。趣味の悪い人だと思いつつも、そうやってちゃんと見てくれていることがこの上なく嬉しかった。

「努力します」

 こもった声で宣言すると、喉の奥で笑ったガノンドロフがアヤメの肩を抱くようにそっとその手を滑らせた。





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