短編 | ナノ
スコーンに手を伸ばすアヤメの、わずかに俯いた首筋に視線が吸い寄せられる。例えばそこに歯を立てれば、彼女は顔を歪めて苦悶の声を上げるのだろうか。……もし、そのまま食いちぎったとしたら。ほのかな渋味を伴った甘やかな熱が舌の上に溢れた気がして、ガノンドロフは口中にわいた唾液を飲み下す。
暗い熱を孕んだ視線に気づいたのか、顔を上げた彼女が自分の首を拭うように撫でる。伺うように見上げた瞳と目が合って、ガノンドロフは眉間のしわを深めた。こういう時、彼は己が獣であることを嫌というほど思い知るのだ。
――その瞳が恐怖に濁る様が見たい。さながら、無垢な新雪を戦帰りの軍靴で穢すように。
「どうしました?」
穏やかな声が耳を撫でた。首を傾げたアヤメがやや居心地悪げに肩を狭めている。彼女を支配するのは簡単だ。いかにも華奢なその肩に手をかけ、組伏せるだけでいい。たったそれだけで、容易く、呆気なく、ガノンドロフはその命を貪ることができるのだ。
「貴様を食えばどのような味がするのかと考えていた」
「それはまた、すごいこと考えますね」
驚いたように見開いた目が、すぐさま笑みに細められる。
「一度、食べてみます?」
とんとん、と自分の首筋を人差し指で叩く。こちらを煽るような悪戯っぽい眼差しに、だがガノンドロフは浅くため息をついて視線を外した。獲物が恐怖に震えるどころか喜んで自ら身を差し出すのでは、興醒めなことこの上ない。彼は湯気の立つティーカップを口元に寄せる。
「間に合っておる」
口に含んだ紅茶は、今しがた想像した彼女の血肉と同じ味をしていた。
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