短編 | ナノ

(旅装ネタ)

 はらはら、はらはらとアマデウスの開いた胸元から花弁がこぼれ落ちる。床に触れた色とりどりのそれらは、ふと目を離した瞬間にまるで最初から何もなかったかのように消えてしまう。夢魔を名乗る魔術師の足元で咲いては散るを繰り返すそれに似ている、とアヤメはぼんやりと思った。きっと、その彼に何かしらの術をかけてもらったのだろう。
 アマデウスはどうやら随分とご機嫌なようで、先程から鼻歌でふんふんとメロディーを奏でながら楽譜に音符を刻んでいる。旅行前の高揚した気分を題材にしているのか、それとも自分を飾る花を讃えた曲なのか、感性の足りないアヤメにはさっぱり見当もつかなかった。

「なんというか、ひたすら派手ですね、その格好」

 アマデウスが一息入れたのを確認してから声をかければ、彼は呆けた顔をアヤメに向ける。その動作につられて、左半面を隠すように流した長い前髪がさらりと揺れた。普段の奇天烈な髪型でないせいだろう、その整った顔立ちと浅葱めいた淡い瞳がいやに眩しく感じる。
 天使を思わせるその美貌を、アマデウスは笑みの形に崩す。

「でもほら、似合うだろ?」
「……まあ、否定はしません」

 明るい紫を基調とした、裾が大振りの花飾りになっているスーツ。差し色は事もあろうにエメラルド色だ。これだけでも常人が羽織るには難のありすぎる代物だろう。そこへ、アマデウスはこれでもかと花を詰め込んでいるのである。
 華やかな金刺繍の入ったシャツの大きく開いた胸元からこぼれるものだけではない。頭を飾る花冠、チョーカー代わりの花輪、ツタを利用して編み込んだのであろうストールまで生花仕立てだ。他にもきんきらに輝くオーダーメイドの靴やら悪魔の尻尾を模した飾りベルトなど、突っ込みどころはそれこそ無数にある。
 その、視界に入れるだけで目がチカチカしそうなそれらを、アマデウスは何の気なしに着こなしているのだ。目どころか世界を信じられなくなる。
 ――彼の中に流れる音楽も、きっとこんな風に様々な色で溢れ返っているのだろうか。

「うーん、音を色で例えたことはないからその辺は分からないなぁ……。アヤメにはどう聴こえる?」

 光の滝のような金糸が美しく流れ、大きな瞳がちらりと隙間から覗く。花冠の紫を映したようなアメジスト色に、アヤメは息を飲んだ。――知らない。知らない色だ。

「アマデウスさん?」

 あれはなんだ。彼の中に何が巣くっているのだ。自分の話している相手は、本当に――本当に、自分の知っている『アマデウス』なのだろうか。そんな疑いと底知れない恐怖が、ほんの一瞬だけ頭をもたげる。
 ――と、光にさらされた方の明るい淡色の瞳が不意に歪んだ。

「ぶふっ――あっははは! なんだい君、そ、その、ひーっ、不っ細工な顔!」

 ……これ以上ないほど豪快な馬鹿笑いをされた。間違いない、この幻想的な相貌に反してどこまでも下品な男は、どうしようもなくアヤメの知る『アマデウス』そのものである。なんだか急に馬鹿馬鹿しくなって、彼女は肩を竦めた。

「不細工で悪うございましたね。……ところで、もうそろそろ集合時間ですけど。行かなくていいんですか?」
「んー、まだいいかな。マスターのことだ、本当に間に合わなくなりそうだったら呼びに来るだろ」

 そう言いながら、彼はまたワンフレーズ思いついたらしく、楽譜をピアノの天板に押しつけて何やら書き足していく。ぎりぎりまでここに居座るつもりらしいが、どうせ注意しても聞かないだろう。こういうところが、他者からクズと呼ばれる所以である。
 次第に熱がこもっていく美しい横顔を眺めながら、先程感じた得体の知れない感情に思いを馳せようとして――やめた。それは自分が踏み込むべき領域ではない。
 彼の中に何が混じっているか、彼が何を抱えているのかを知る由はない。彼が隠そうとしている限りは、その意思を尊重すべきだ。……ただ。

「お土産話、期待してますね」

 ――ただ、無事な帰りを約束させることくらいは、許してほしい。
 そんなアヤメの願いに気づいているのかいないのか、アマデウスは顔を上げてにんまりと笑った。淡いエメラルドと謎めいたアメジストの二色が、同じ感情を湛えてアヤメを捉える。

「ご期待通り、旅の思い出を最高の一曲にしたためて帰ってくるとも。そうしたら君、どんな色が聴こえたか僕に話して聞かせてくれよ」

 はらりと、胸元から新しく生まれた小さな花がやわらかくこぼれた。





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