短編 | ナノ

(2018七夕)

 美しく流れるピアノの音色が追従してきてようやく、アヤメは自分が無意識に歌を口ずさんでいたらしいことに気がついた。ゆるりと首をめぐらせれば、ピアノの前に座ったアマデウスと目が合う。悪戯っぽくにやりと笑った淡色の瞳につられて、揺れた歌声が途切れた。

「ナーサリー達が歌ってたやつだろ、それ?」

 一拍遅れてアマデウスがピアノから指を離す。ふつりと空に消えた余韻を追うのを諦めて、アヤメは肩を竦める。

「なんだか耳から離れなくなっちゃいまして」

 カルデアが誇るマスターの故郷では今日この日、星空におわす牽牛星と織女星の再会を祝う祭りが執り行われる。その行事にまつわる歌をマスターに教えて貰ったらしく、カルデアのサーヴァント達が口々に歌っているのだ。
 最初は子供達。続いて世話焼きな女達。次いで祭に乗じて騒ぐのが大好きな男達。――そんな風に伝播していく歌を朝からずっと聞いていたせいで、すっかり耳に染み着いてしまった。今もまだ、遠くから誰かの歌う声が聞こえてくる気がするほどである。

「それにしても、七夕かぁ。星に願いをかけようだなんて、そういう感性は万国共通みたいだね」

 アマデウスの右手が踊り、きらきらと輝くワンフレーズを奏でる。かつて彼自身もアレンジを施したことのある、これもまた星の歌として有名な一曲だ。
 ――不思議なものである。世界はあんなにも広いというのに、誰しもが天に輝く星に憧れる。決して手の届かぬ美しいものへ思いを馳せ、切なる願いを託すのだ。
 そしてそれは、アヤメにしても同じことで。

「アヤメは何か願った?」

 ええ、と彼女は頷く。

「願いましたよ。『星の光の絶える日が訪れませんように』って」
「なんだって? 実に天文台職員らしい願い事だなぁ! もうちょっと欲張ったっていいんだぜ、君」
「あら、これでも十分欲張った方だと思いますけど」

 口角を持ち上げてアヤメはアマデウスを見やる。その願いの裏側に、星と喩えられた当人が気づくことは恐らくない。仮に気づいたとして、秘された思いに彼が足を踏み入れることも、きっと。
 ――けれど、それでいい。

「アマデウスさんは?」

 話題の矛先を向ければ、アマデウスは「そうだなぁ」と中空に視線を泳がせる。わずかな沈黙に、アヤメは薄く重ねられる嘘の気配を――その裏側に潜む『本当』の気配を敏感に嗅ぎ取った。

「差し当たっては『もう少しピアノを弾きたい』かな。付き合ってくれるかい、アヤメ」

 あなたこそ、人のことを言えた義理か。本心を曖昧に誤魔化したアマデウスの表情を鏡のように映して、アヤメは胸元に手を添える。

「私でよければ、ご随意に」
「よし、決まりだ!」

 アマデウスはにかりと笑って鍵盤の上に指を走らせる。――どうかこのままいつまでも、あなたとの心地よい時間が続きますように。彼女はアマデウスの目配せに従って唇を開き、願いの歌をその声にやわらかく乗せた。





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