短編 | ナノ


 山のように積まれた白桃がみるみる内に消えていく。アヤメは白湯を飲んで口の中に溜まった甘酸っぱさを胃に流し込みながら、先程から表情ひとつ変えない男に目を向けた。
 人でなくなったことを主張する異形の眼を軽く伏せて、アヴェンジャー・サリエリはただ黙々と桃をフォークに突き刺しては口に運んでいる。もうまるまる五個分は彼の胃の中に収まっているはずなのに、その勢いは一向に衰えない。そのくせ、がっついている印象が全くないのだ。あくまで上品な所作のサリエリによってひたすら桃が消費されていく光景は、見ようによってはいささかシュールですらあった。
 感心半分呆れ半分で彼の食べっぷりを眺めていたアヤメは、空になったマグカップをテーブルに戻す。

「やっぱりお好きですよね」

 声をかけられたサリエリはいったん手を止め、フォークを置くと手巾でしずしずと口元をぬぐった。銀鼠の髪の陰で眉頭が寄り、紅い瞳がつと横にすべる。

「ふむ。霊基の基盤となったサリエリの名残……なのであろうな」

 ……なんとも言い訳がましい答えが返ってきた。
 むっと唇をとがらせたアヤメはテーブルに行儀悪く頬杖をつく。『アントニオ・サリエリ』の過去だか記録がどうだったか、ではない。自分が聞きたいのは、その『サリエリ』を含めて様々な概念が混ざり合った、いま目の前で桃にかぶりついている彼の話なのだ。

「好きなら好きって素直に言っちゃえばいいのに」

 何とはなしにそうぼやけば、フォークを再び手に取ったサリエリがふと顔を上げる。ひたと真正面からこちらを見据える眼差しがいつになく強く感じて、アヤメは覚えず息を飲む。

「好きだ」

 たった三音節。わずか一秒にも満たない直截な言葉で、心臓が文字通り鼓動を忘れた。真っ白になった頭が、聞こえた音の処理を拒んで空回りする。
 ――数瞬の沈黙。ニィ、と彼の目元が意地悪く歪んだ。

「言えと口にしたのはそちらだ、マスター。悪く思うな」

 アヤメの反応に満足したらしく、したり顔のサリエリはフォークでくるりと優美な円を描く。……からかわれたのだ。

「心臓に悪いなぁ、もう!」

 うっかり本当に死ぬところだったではないか、この死神め。どうにも顔の熱さが収まらなくて、アヤメは空っぽのマグカップを口元に宛がう。ちらりと向けた視線の先で、わずかに覗いた鋭い歯が白い果実をやわらかく噛み潰した。





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