短編 | ナノ


(やった……ついにやってしまった)

「アヤメ、そこを退きなさい!」

7年…いや、それよりもずっと前から未来を変えるこの時を待っていたのだ
私の目の前に対峙する、リンク ナビィ ゼルダ の3人。寧ろ彼らにとっては、遂に悪の枢軸魔王を封印しようとする土壇場に突然魔王に寝返ったつい先刻までの仲間。
信じていた仲間に裏切られた彼らの顔は、とても悲痛に歪んでいて


「アヤメ…なんで、そっちにいるんだよ
なんで、俺らに剣を向けるんだよ!!!」

「ごめんね、私最初から”こっち”側なんだ」


もう後戻りは出来ない。
悪役らしい顔がしたかったんだけど、声は震え頬は引きつり下手くそな笑いにしかならなかった。

「アヤメ…考え直すのです。私とリンク2人相手にどうやって女性の貴女が手負いの魔王を庇い戦うと言うのですか?」
「どうやって?それはね…こうするんだよ!!」

背後で魔獣と化していたガノンドロフをひょいと抱え上げ、怯む彼らの間を全力で走り抜ける

「なっ…!?」

銀のグローブを貰っていてよかった!
そう安心したのもつかの間、横を金に光る矢が突き抜けた

「その魔王は生かしてこの世に放つ事はなりません!アヤメ、待ちなさい!!」
「おい、ゼルダ止めろ!」
「アヤメ、止まってヨ!」

彼らの叫ぶ声が聞こえたって、決して足は止めなかった


「アヤメ、覚悟しろよ。必ずお前を見つけ出して問いただしてやる!!」

私は、振り返らずに走り続けた





「よもや封印から俺を奪還するとはな」

城下町だった場所を走り抜け、ハイラル平原を馬に乗り駆けた先の森の中で、私は馬を降り漸く足を止めた。獣の姿から人の姿に戻った魔王は、傷だらけで魔力も殆ど無いだろうに馬の上で身体を起こしこちらを見下ろしている。精神力の強さも、流石魔王と言うべきか。

「…考えるよりも先に身体が動いてしまったんです」

満身創痍の身でそう苦笑いを零すと、暗い空間の中で金の目が細められる

「貴様はいつも思いがけぬ行動を起こす」

私たちの関係は一言で言い表せない程複雑で、説明する為には私の前世についてまずは語らなければならない。
前世の私は日本で生まれ育った普通の会社員で、怠惰な日々を過ごしていた。ただ、何か特筆すべきことがあるとすれば、まだ幼い頃にハイラルを舞台としたゲーム「時のオカリナ」をプレーし、その中のラスボス”ガノンドロフ”に恋心のようなものを抱いていたということ。幼いながらにそのカリスマ性と魔性の笑みに惹かれ、大人になっても何人かとお付き合いはしたものの、何処か心にポッカリと穴が開いた様に物足りなさを感じていた。そしてこの世に転生し、この世の正体も知らぬまま平凡な村娘として生きようとしていた。
あの時までは

私の居た村はハイラルの大きな戦争に巻き込まれ、ゲルド族が乗り込んで来た。家は次々に荒らされ、抵抗する人々には容赦無くなぶり殺す。そんな阿鼻叫喚の最中、私はただ一点に目を奪われていた。
黒く大きな馬に跨り地獄を他人事のように眺める盗賊の王様に

そしてたった一言
「逃げましょう」 と

目に涙を溜めて、盗賊の王に縋り付く子どもはさも滑稽で異様だっただろう。

前世の記憶を持っていたとしても精神年齢は見た目相応、拙い言葉で一生懸命にこの先起こる未来についての可能性を訴えた。
緑の勇者、光の王女、…魔王の敗北

最初は相手にもされず、魔女2人から殺されてしまいそうになったところ、敗北へのあらゆる策を考えたガノンドロフに引き取られることとなった。他のゲルド族に嫌煙されながらも徐々にその中で信頼と地位を勝ち取ってゆき、そして物語が始まった時に緑の勇者へと近づいた。
所詮スパイ、いつか裏切る存在として
リンク達は”好きなキャラクター”で、ガノンドロフは”好きな人”だった、ただそれだけ。好きの度合いなんて一目瞭然、でもそれでも、自分勝手ではあるが彼らのことを考えると胸が痛い。
好きな人と一緒に居たい私のエゴで沢山の人を傷つけた。

彼らと行動を共にする中でどうやっても私の知る物語通りに進もうとする現実で、1番最悪なパターンは魔王の封印さえも阻止することが出来ないということだった。私は何百年も生きられない。彼が死にゆく未来を知りながら、何をすることも許されない。そんな恐怖に苛まれ、封印から奪還するというのは土壇場での最終手段であったのだ。

「最悪の事態は避けられましたが、助けが遅くなってごめんなさい」
「貴様が鈍臭いのも昔からだ」
「……」

「魔王を取り逃がしたんです。血眼になって貴方と私を捜しに来るでしょう」
「緑の小僧も、な」
「でもハイラル軍も、態勢を立て直すのに時間がかかる筈。今は、この森で傷を癒しましょう」

ガノンドロフを馬から降ろして木に寄りかからせ、私もまたその隣に並んで座った。

画面を通して見ていた人が、今は隣にいる。
思えばきっと不思議で、とても奇妙な縁だろう
でも私にとってこの縁は、奇跡以外あり得ない

上を見上げれば木々の隙間から見える空が白く明らみ、夜明けを告げている。
これから始まる修羅の道を想い、深く息を吸えば朝の冷たい空気が肺を満たした

「今更怖気付いたか」
「まさか。とうに覚悟は出来ています」

今まさに
そしてそれはずっと前から


「ほう…ならば 永遠に、共に」


修羅道




世界とまるごと鬼ごっこ





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