短編 | ナノ

 黙々と食事をする口元をぼんやりと眺めていたアヤメの胸に、唐突に悪戯心が芽を出した。硝子皿に盛られた苺をフォークでつぷりと刺した彼女は、わざとらしくガノンドロフにしなだれかかる。

「ガノンさん」

 ほのかな甘さを含んだ声音で囁けば、彼は心底鬱陶しげな眼差しをアヤメに向けた。喉仏が上下して肉を飲み下したのを見届けて、彼女は苺を彼の口元に捧げ持っていく。

「はい、あーん」

 差し出されたみずみずしい果実に面食らったか、ガノンドロフは一度だけその目を瞬かせた。彼のことだ、どうせ『食事中にくだらぬ遊びをするな』と一蹴するに違いない。そうやってすげなくされるのも一興だとアヤメが口の端を持ち上げた直後である。
 ――不意に、ガノンドロフが動いた。わずかに開いた幅広の口に真っ赤な苺が捕らえられ、フォークから抜き去られる。伏し目がちの金瞳に動揺して手がぶれてしまったらしく、果肉がぐじゅりと潰れて透明な汁が彼の顎に伝った。それをナフキンで無造作に拭う様がどうしようもなく艶っぽく見えて、アヤメの顔がかっと熱くなった。

「何をしておる、アヤメ」
「だ、だって」

 顔を覆って俯くアヤメをガノンドロフの呆れた声がなじる。……そうだ、相手が悪かった。彼は王者だ。数多の従者に奉仕されるのを当然として育った人間だ。ガノンドロフは『普段通り』、アヤメからその奉仕を受け取ってやっただけに過ぎないのだ。

「……なんでもないです」

 まさか、悪戯のつもりだっただなんて言えるはずがない。か細く鳴いて首を横に振るアヤメを、ガノンドロフはただただ訝しげに見下ろしていた。





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