短編 | ナノ

(2015ハロウィン)

※スマブラ設定です。




 秋も深まる十月末。アヤメはガノンドロフの部屋にあるワインが少なくなっていることに気がついて、タウンまで買い出しに来ていた。無論、代金はガノンドロフ持ちである。
 周囲のファイター達には使いっ走りにされているのではないかとよく心配されるが、別にアヤメはガノンドロフにそうしろと命令されて嫌々やっている訳ではない。長年連れ添っている間柄であるため、こうした行動が当たり前になっているだけだ。
 それに、こうして彼の用事で町に出るなら、ついでに彼のお金で自分の好きなものを買ってもいいとの許可が出ている。要するにギブアンドテイクでもあるのだ。
 ――今日は新しい髪飾りでも買おうかな。そんなことを思いながら広場を通りすぎようとしたところで、ふと子供ファイター達とリンクが連れ立って歩いているのが目に入った。リンクは荷物持ち要員であるらしく、大きな紙袋を幾つか抱えている。相変わらずの怪力ぶりである。

「あ、アヤメー!」

 こちらに気づいたネスが大きく手を振る。無邪気な彼の様子に、彼女は知らず笑みをこぼした。

「よう、アヤメ」
「こんなところで偶然だね」
「何してるの?」

 歩み寄っていくと、リンクとネス、そしてトゥーンリンクが口々に声をかけてくる。魔王の連れ合いであるアヤメに対してもこうして気軽に話しかけてくれるのは、様々な立場の者が集まるこの世界ならではのことだ。

「ちょっとワインを買いにね。そっちは?」
「ハロウィンの衣装買いに来てるんだ!」
「あら。ハロウィンって、こっちにもあるんだ」

 カービィの答えにアヤメは目を瞬かせる。念のために彼らに確認してみると、どうやらこちらの認識している行事とほぼ同じものであるようだ。
 ふと周りを見てみれば、町中にもちらほらとそれらしき飾りが見受けられる。ジャック・オ・ランタンにオレンジと紫の布飾り、『HAPPY HALLOWEEN!』と書かれたプレートを持っている仮装したマネキン。ぱっと見ただけでこれだけ目につくとは、当日はなかなか大々的なイベントになりそうだ。
 これは悪戯を仕掛けられないためにも、予定を変更してお菓子を買いに行かなければ。そんなことを考えたアヤメの脳裏に、ふと仮装などしなくてもハロウィンに通用しそうな男の姿が思い浮かぶ。
 ――いいことを思いついた。

「ねえみんな、お化け要員って何人?」

 その時の彼女の笑みはガノンドロフに匹敵するほど邪悪だったと、後にリンクは語る。




 買ってきたワインをワインラックに収納しながら、アヤメは背後のソファでくつろいでいるガノンドロフに声をかける。

「ガノンさん、ハロウィンって知ってます?」
「なんだそれは」

 予想していた通りの返事に、アヤメはくすりと笑ってその行事について大雑把に説明をした。成り立ちから教えていたらきりがないので、話すのはイベントの日付と子供達が悪魔に仮装してお菓子をたかりに来ることの要点のみにしぼっておく。
 簡潔に伝え終えると、瞑目したまま彼女の話を聞いていたガノンドロフが煩わしげに鼻を鳴らした。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」
「でも、それで悪戯される方はたまったもんじゃないですよね。……ということで」

 アヤメはにやりと笑い、足元に置きっぱなしだった買い物袋を漁る。

「ふふ、見てください! これがあれば子供達に悪戯されたりなんかしませんよ!」

 そう言って取り出したのは、小洒落た箱に入ったガーリックラスクだった。高すぎも安すぎもせず、しかも中身が個包装になっているので子供達にも渡しやすい。そんな品を、アヤメはわざわざ洋菓子店巡りをして探し出してきたのだ。
 そんな彼女の努力を軽く吹き飛ばすかのように、ガノンドロフは面倒そうに眉を寄せて腕を組む。

「そのようなものがなくとも、襲われれば返り討ちにするまでだ」
「やめてください。ただでさえハンデ食らってるのに、これ以上弱くなっちゃいますよ」

 そう言いながらアヤメはラスクの箱をガノンドロフの前のテーブルにそっと置いた。
 ――ガノンドロフはハイラル史上に名を残す伝説の魔王である。性格もそれらしく、獰猛なくせに狡猾で執念深い。目的を果たすためなら虎視眈々と機会を窺い、必要とあらばどんなに酸鼻な悪行をもやってのけるのだ。
 そのため、この世界では彼を警戒したマスターハンドによって力が大幅に制限されてしまっている。具体的に言えば得物である剣の(一部除いて)使用禁止と、常に体にかかる重圧である。そのせいで思うように動けなくなってしまった時の彼の苛立ちようは、それはそれは酷いものだった。
 次に何かしらやらかせば、今度は魔力まで封じられかねない。そんなことをされたら、誰もが恐れるかの魔王はただの格闘家のおじさんになってしまう。
 ガノンドロフは面白くなさそうに低く唸った。

「仕方あるまい。……それにしても、こんな菓子ひとつであの悪戯小僧どもが本当に手を引くのか?」

 ラスクの箱に手を伸ばした彼は、それを無造作に開けてしげしげと中身を眺める。

「あ、ダメですよ、つまんじゃ。きっかり人数分しかないんですから」
「食おうとしたわけではない」
「ガノンさんにはまた今度、別に作ってあげます。たまにはとびっきり甘いのなんていかがです?」
「やめろ」

 本気で嫌そうに眉を寄せてガノンドロフはひらひらと手を振る。アヤメはくすくすと笑い、「冗談です」と言いながら甘えるように彼の懐に身を潜り込ませた。




 十月三十一日、ファイター達の住む館はハロウィン一色に染められていた。マスターハンドとノリのいい女性陣、そして手伝ってくれた子供達の努力の賜物である。

「アヤメ、トリック・オア・トリート!」
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞー!」

 夕食後、自室で待機していたアヤメの耳に子供達の元気な声が聞こえてきた。扉を開けた彼女は、彼らの姿に思わず笑みを浮かべる。

「あら、可愛いお化けさん達だね」

 矢印のような形をした角と尻尾を生やしたネス、頭から布を被って目と耳だけを出したピカチュウ、フランケンシュタインらしきフェイスペイントを施したリュカ。ジャック・オ・ランタンを冠のように頭に載せているのはプリンだ。トゥーンは『猫目リンク』と呼ばれているのを意識してか、頭の上にちょこんと黒い猫耳を載っけている。みなそれぞれ個性的で実に可愛らしい。

「アヤメ、お菓子ちょーだい」

 黒い王冠を被り、マントを羽織ったカービィが大きく口を開ける。手に持ったかごではなく、そこに直接放り込めということらしい。アヤメはくすりと笑ってクッキーの包装を破り、ぽんと投げ入れた。
 彼がもぐもぐと咀嚼をしている間に、彼女は他の子供達にもクッキーを配っていく。

「はい、どうぞ」
「ありがと!」
「やった、チョコクッキーだ!」

 笑顔で喜ぶ子供達に、アヤメもつられて目元をほころばせる。先程クッパJr.率いるコクッパ軍団にお菓子をあげた時にも思ったが、やはり子供の笑顔はいいものだ。

「あ、そうだ! ねえ、あれってアヤメの差し金でしょ」

 思い出したようにトゥーンがこちらを見上げて不満そうに頬を膨らませる。

「あら、なんのこと?」
「とぼけないでよ! もう、せっかくガノンにはとびっきりの悪戯仕掛けようと思ってたのに」
「ふふ、それは残念でした」

 ふくれっ面をするトゥーンに、アヤメはにやにやと笑う。ガノンドロフの方も、どうやら上手く難を逃れているようだ。この調子で最後まで機嫌を損ねることなく過ごしていてくれればいいのだが。

「そういえば、今日はアヤメも仮装してるんだね」
「そうなの」

 ネスの言葉に、彼女は身に付けているマントをちょんとつまんで持ち上げてみせる。裏地が赤くなっている黒いマントで、中にはかっちりとしたベストとシャツを着込んでいる。

「吸血鬼だよ。格好いいでしょ」
「……ノーコメントで」

 頭の天辺から足の先までアヤメを眺めたネスは、生ぬるい眼差しを彼女に向けた。




 結局、訪れてくれる人は誰もアヤメのコスプレを『格好いい』と言ってくれることはなかった。自分ではスタイリッシュに決めたつもりだったのだが、他人の目からは違った風に見えるのだろうか。
 それはさておき、そろそろいい頃合いだろう。彼女は気を取り直してガノンドロフの私室へと足を向けた。

「ガノンさん、入りますよ」

 ――返事はない。いつものことだ。躊躇いなく扉を開けたアヤメの目に、ソファの背もたれに体を預けたガノンドロフが映る。

「ガノンさん。楽しんでますか?」
「……貴様にはこれが楽しんでいるように見えるのか」

 ガノンドロフは渋面のまま、じろりとこちらを睨んできた。声の調子から、どうやら少しお疲れぎみらしいとアヤメは判断する。子供達にわいわいと群がられたりしたのが苦痛だったのだろう。

「お菓子、お役に立ちました?」
「大いにな。だが、光の勇者のあれはなんだ。奴は菓子をやっても襲いかかってきたぞ。部屋に被害が出ぬよう場所を移動する羽目になった」

 その様子を想像してアヤメは思わず噴き出した。あのやんちゃ坊主のことだ。『お菓子くれても悪戯するぞガノンドロフ!』と笑顔で剣を抜く姿が目に浮かぶ。

「きっとじゃれてるつもりなんでしょうね」
「出会い頭にマスターソードを抜いて飛びかかってくるのがか?」
「でも楽しそうですよ、お二人とも」

 くすくすと笑うアヤメに、ガノンドロフは低く唸った。
 今代の勇者と魔王の間には、確執がほとんどない。恐らく、今のリンクの時代にガノンドロフがあまり能動的に悪事を働いてこなかったおかげだろう。
 リンクにとってガノンドロフは、魔王というより大きな壁のような存在であるらしい。本人曰く、全力でぶつかりたくなるような壁なのだそうだ。ガノンドロフもガノンドロフで、口ではなんだかんだ言いつつリンクの勇者としての力を認めている節がある。
 アヤメはこの二人が手合わせをしている場によく居合わせるが、殺し合いと見まごうほど激しい応酬をしているにも関わらず、彼らの瞳にはいつも楽しげな光が踊っているのだ。
 今のガノンドロフも、疲れきったような表情の中にどこかすっきりとした色が見受けられる。どうやらいいストレス発散になったようだ。

「それで、その妙な格好はなんだ」
「吸血鬼です。格好いいと思いませんか?」

 ようやく触れてくれたと喜色満面の笑みでマントを広げると、ただでさえ深く刻まれているガノンドロフの眉間のシワがさらに深くなった。

「……貴様はなかなかにこの祭りを楽しんでいるようだな」

 あくまでも賛同してくれるつもりはないらしい。もうこの際衣装を褒めてもらうことは諦めよう。アヤメは肩をすくめる。

「まあ、楽しまなきゃ損ですからね。ということで――」

 一旦言葉を切ってガノンドロフを真正面から見つめる。訝しげにこちらを見返す彼と目が合った瞬間、アヤメはにやりと笑った。

「トリック・オア・トリート」

 ハロウィンの決まり文句を口にすると、ガノンドロフは彼女の意図に気づいて思いきり顔をしかめた。

「貴様、ハナからそれを目論んでいたな」
「さあ、どうでしょうね。それで? お菓子あるんですか?」

 彼に蓄えがないことを確信しつつアヤメは両手を差し出す。お化け役全員がガノンドロフから菓子をもらったことは、事前調査で確認済みだ。彼の性格からして、こちらが用意した分以上の菓子を所持しているとも思えない。
 彼女の思惑通り、ガノンドロフはため息をついて瞑目した。

「ふふふ、悪戯決定ですね」

 してやったり、と笑みを浮かべる彼女に、彼は呆れたような眼差しを送る。

「……好きにしろ」
「はい。じゃあ早速――」

 ガノンドロフに軽やかな足取りで近寄ったアヤメは、彼の肩の辺りに手を置いて向かい合わせになるようにソファに乗り上がる。おもむろに顔を近づけると、彼女が何をするか大方予想がついたのだろう、ガノンドロフはにやりと悪どい笑みを浮かべる。隙あらば反撃をしようと企てているのが一目瞭然だ。
 ――果たして、そう上手くいくかしら。アヤメはほくそ笑みつつ彼の肩当てに置いた手を滑らせる。

「それじゃあ、いただきます」

 彼女は顔を寄せて太い首に腕を回すと、ガノンドロフの口ではなく、顎の下――顔以外で唯一素肌が見えている喉仏に噛みついた。歯が当たったその瞬間、彼が僅かに身を震わせたのが伝わってきた。
 痛みを感じないギリギリの強さで歯を立て、皮膚を唇で食んで引っ張る。鼻腔を満たすつんとした汗の臭いに気分を昂らせながら、大きく口を開けて喉全体にかぶり付き、ぬろりと舌を這わせてその味を思う存分堪能する。
 やがて顔を離したアヤメは、舌舐めずりをして目を細める。

「――ふふ、ごちそうさまでした」

 そう囁きかけると、突然ガノンドロフに胸ぐらを乱暴に掴まれてぐいと引き寄せられた。間近で見るぎらついた瞳に、彼女は艶然と笑みを浮かべる。

「満足か、アヤメ?」
「いえ。実はまだまだお腹が空いてまして」
「そうか、それは好都合だ」

 ガノンドロフは口の端を持ち上げると、アヤメの体をひょいと横抱きに抱え上げる。バランスを崩しかけた彼女は慌てて彼の胸にすがり付く。

「ならば菓子よりも血よりもさらにイイものを食わせてやる」
「あら嬉しい。それじゃあお礼に、私からもとびっきり甘いのをプレゼントしますね」

 ふんと鼻を鳴らしたガノンドロフの腕の中で、アヤメはくすくすと笑いながら足を揺らした。





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