短編 | ナノ


蒼い海にひとり立っていた

自分以外に誰もいない

海は踝程の浅さしかないのに、水面は太陽の光を反射し鏡の様に自分の姿を映し出す

燃える様な赤い髪
傷だらけの褐色の肌

突き抜けるほどの蒼い空の下

水平線をひとり眺めていた





強烈な渇きを感じて目が覚めた

喉がひどく渇いていた。
喉の奥が粘ついているのに潤っている感覚は全くなく、水を飲んでも寧ろ一層喉が渇いた。唾液を飲み込めば、喉の上と下がくっつく様な不快さに眉が寄る。息を吸い込めば気管にペタペタと風が張り付く感触がした。

まるで砂漠の中にいるかの様だ

もうこの地に砂漠は無いが、ガノンドロフは遠い昔を想起しながら目的のものを探し彷徨い歩く。

しかしそいつは案外近くにいた。

潮の香りが辺りを包むバルコニー

月明かりの中で黒くのたうつ海を眺めてアヤメが立っていた。
アヤメはこちらに気づき髪を風になびかせながら振り向く。

「あ、ガノンドロフさん、起こしてしまいましたか?なんだか眠れなくて…」

アヤメはまだ何か言っていたが、ガノンドロフはこの渇きによる急き立てられる様な衝動のままにアヤメの胸元に手を伸ばした。

「ん、ぅ…!?」

胸ぐらを掴み引き寄せ、深く深く口づける

こいつの中にこの渇きを鎮める何かがある。喉の奥がひび割れるかのような渇きに耐えられない。アヤメの中にそれを癒す何かを求めて、口づけは更に深くなる。
のしかかるようにして唇を重ねているからか、胸ぐらを掴んでいるからか、アヤメは苦しそうにガノンドロフの腕を叩いた。
しかし依然渇きが収まらない為にまだ放してやることは出来ない。無視してそのままアヤメの唇を貪っていれば、諦めたのか背中に腕がまわりアヤメからも舌を絡めてきた。

そこでようやく、水を注がれる様に渇きが満たされていくのを感じた



アヤメは突然のキスに驚き慌てていた。
びっくりしたまま抵抗すれば、キスは深くなる一方で、どうしてこうなったのかさっぱり分からない。そしてのしかかられるような体制のせいか息継ぎが出来ないせいか息が出来ず苦しい。

しかし、こんなにがっついているというか、余裕の無い様なガノンドロフは珍しい

頭の隅のまだ冷静な部分でそんなことを考える。
未だにわざっとこちらの息を止めさせるかのようなキスはされることはあれど、長い間一緒にいた為か最近はアヤメが苦しくなる様なキスは無かった…いや少なかったのに。
でもやっぱり、今のキスはそのどれとも違う気がした。

何かを探るような、求めるような

私にはそれが何か分からない。けれど、ガノンドロフから求められるものならなんでもあげたい。

時間が経って少し落ち着きを取り戻したアヤメは、キスの心地良さに身を委ねガノンドロフの背に腕をまわした。



どれくらい経っただろうか、長い時間をかけてやっと口を離したガノンドロフはアヤメを改めて見とめ、ひとつ溜息を吐いた。

(いや、溜息吐きたいのは私の方なんですけど)

長い長いキスで息も絶え絶えな状態では碌に文句を言うことも出来ないが。
因みにガノンドロフは少しも息は切れていない。

「…何故こんな時間に外に出ている。」
「、…目が、覚めちゃって…はっ、ぁ…」

正直、立っていられずにガノンドロフに寄りかかっている状態だ。
ガノンドロフもそんなアヤメを見かねたのか、また小さく溜息を吐いてひょいと片腕でアヤメを抱える。ここは魔獣島のてっぺんでありただでさえ高い場所なのに、アヤメは更に高くなった視線に慌ててガノンドロフの肩に手を着いた。
ふたりの間を冷たい潮風が吹き抜けていった。

「中へ戻るぞ。外は身体を冷やす。」
「…はい」

アヤメを抱えたままふたりの過ごす部屋へと足を向けたガノンドロフだったが、歩き出す直前にちらりと海へ目線を寄越して言った。

「浅い海を知っているか」
「浅い海…ですか?」

そこでガノンドロフはまた何か言おうと口を開いたが、結局はそれは音に成らずに終わった。ガノンドロフはそのまま部屋へと歩き出してしまった。

今日のガノンドロフは何だか変だ。

答えを先延ばしにされたアヤメは、先程の言葉の意味を考える。
どういう意図だったのだろうか。なんであんな質問をしたのだろうか。何か、質問するような出来事があったのだろうか。

(浅い海…)
そのままの意味で捉えるとして、ひとつの光景が頭を過ぎる。光景というより、写真と言うべきか。所詮トリップなるものをしてこの世界にやってきたアヤメがまだ文明機器に囲まれて過ごしていた頃に見た、鮮やかな青空と空を映し出す浅い海。塩湖と言ったか、浅い海と言えばそれが一番有名だった。愛する人と共に居たいが為にガノンドロフと共に封印された身故にその記憶は穴だらけであるが、
そう、確か

「天空の鏡」

「…なんだそれは」
「浅い海のことです。私も直接見たことがある訳ではありませんが、海に空が鏡の様に綺麗に映し出される幻想的な光景から、別名天空の鏡と呼ばれている…とかだったと思います。」
「曖昧だな」
「封印されるよりもずっと前に聞いたことですから…」
アヤメは苦笑いする。

「でも、どうしていきなりそんな話を?」
「…夢を見た。浅い海に俺は立っていた。…ただそれだけの夢だ」
「夢ですか」
「…なんだその顔は」
「いえ…ガノンドロフさんでも夢を見るんですね」
「お前は俺を何だと思っている」
「魔王様です」

即答したアヤメにガノンドロフは呆れた顔をして軽く笑う。柔らかい笑顔とは程遠い、魔王らしい笑みだ。つられてアヤメも笑い出す。
ふと、アヤメはもうひとつの記憶も思い出す。
それこそ名前は思い出せないが、ゼルダの伝説シリーズのラスボス戦の中に、空を映す海で戦うものがあったような…

「アヤメ」

考えに耽っていたアヤメに、間近で名前を呼ぶ声がした。

「勝手に出て行くな。夢見が悪くなる」

「…え、それって」
「なんだ」
「…いえ、なんでも」
「なんだと聞いている」
「なんでもないですって!」

だって、それって
(私が居ないと眠れないってこと?)

今絶対に顔が緩んで見られたものじゃない。
ガノンドロフの逞しい首元にぐりぐりと顔を押し付けて照れを誤魔化す。
共に過ごし始めた頃は寧ろ隣に私の気配があるだけで眠れなかったガノンドロフさんが、私がいないと眠れないと言い出すなんて。
愛しくてたまらない

「愛しています、ガノンドロフさん」
「…知っている」

首元から顔を上げ目線を合わせて

もう一度

今更触れるだけの可愛らしいキスをした。



愛しい想いは心を潤しやがて溢れさせる

深く蒼い海に囲まれた孤独な島

白いシーツの海にふたりで沈む




浅い浅い海の中 共に水平線を眺めている





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