短編 | ナノ


※スマブラ設定です。




 窓の外では、蝉の集団が耳に痛いほどうるさく喚いている。太陽は燦々と降り注いで緑を眩く輝かせ、大地を空気ごと焼いて焦がしていく。窓に近づくだけで熱気が伝わってくるくらいだ。今朝アヤメがみた天気予報では、今日で十日連続の真夏日らしい。
 だが、それはあくまで外の話。

「――寒い」

 アヤメは低い声で文句を言った。半袖から伸びたその腕には鳥肌が立っている。彼女はむき出しの腕をさすりながら、向かいのソファで本を読んでいるガノンドロフに声をかける。

「ガノンさん、やっぱりこの部屋寒くないですか?」
「そうでもない」
「嘘おっしゃい。どう考えても、クーラー効かせすぎです」

 部屋に遊びに来たばかりの時は外の酷暑もあって涼しいとしか思わなかったが、とんでもない勢いで吹き付けてくるこの冷風は異常だ。手先足先どころか体の芯まで凍えきってしまっている。きっと外気との気温差がものすごいことになっているに違いない。
 こんな中、ガノンドロフがなんともない顔をしているのが信じられない。

「もうダメ、キツい。耐えられない……」

 これ以上冷たい風に当たっていると本気で体調を崩してしまいそうだ。設定温度を上げようとアヤメは立ち上がり、壁に立て掛けてあるリモコンの元へ小走りに向かう。部屋の持ち主に合わせて高い位置に取り付けてあるそれを手に取ったアヤメの目が、ふと表示を見て真ん丸に見開かれた。

「うわっ、十八度!? ちょっとガノンさん、これいくらなんでも下げすぎですって!」

 どうりで寒いはずである。これほどまでに冷房をガンガンに効かせるなど、それでも砂漠の民の王か。呆れながらもエアコンを操作していると、背後からひょいとリモコンを抜き取られた。

「あ、ちょっと」

 振り返ったアヤメの抗議もむなしく、ガノンドロフは大きな手で器用にリモコンのボタンを押し、あっと言う間に元の温度に戻してしまった。飛び上がってリモコンを奪い返そうとするものの、腕を頭上に上げられては太刀打ちしようもない。

「ああもう、なんてことするんですか」
「このままでも問題ない。光熱費は全てマスターハンド持ちだ」
「……そりゃそうですけど、さすがに怒られますよ。というかそういう問題じゃないです。風邪引いちゃいますよ、こんな寒くしてたら」

 ガノンドロフは腕をさすって寒がるアヤメを見て鼻で笑うと、手を伸ばしてリモコンをクローゼットの上に置いてしまった。

「あっ、ずるい。あれじゃ届かないじゃないですか」

 アヤメはむくれてガノンドロフを見上げた。この部屋の家具は全てガノンドロフ仕様に作られているので、どれも異様に背が高い。そんなものの上に物を置かれたら、アヤメではよじ登りでもしない限り取るのは不可能だ。今回ばかりは彼の人並外れた体格が恨めしい。
 アヤメは高い位置にある顔を軽く睨んだ。ガノンドロフはにやりと得意気に笑うと、悠然とソファへと戻っていく。いつまでも未練たらしくクローゼットを眺めていても、どうにもならないだろう。アヤメはひとつため息をつくと、両手をこすり合わせながらガノンドロフの隣に腰を下ろした。

「もう。そんなに暑いなら、エアコンつける前にその暑苦しい服なんとかしましょうよ。なんでこの真夏に長袖長ズボンなんですか。マントまで着ちゃって」

 物々しい鎧をキャストオフしているのは辛うじて評価しなくもない。だがしかし、本来肩当てに留めているマントをストールのように巻いているのだけは許さない。無駄に格好いいせいで、そこはかとなく腹が立つ。
 冷風にひらひらと揺れるマントを強く引っ張ると、ガノンドロフは顔をしかめて彼女の手を振りほどいた。

「やめろ、マントを剥ぐな。肌寒いだろう」
「やっぱり寒いんじゃないですか」

 半目でじっとガノンドロフを見つめると、彼はふいとその視線から目をそらして再び本を読み始めた。全く、とアヤメは腰に手を当てる。寒いと思うなら設定温度を上げればいいのだ。せっかく室温を心地よく整えてくれる便利家電だというのに、これでは全く意味をなしていない。この魔王は何がしたいのだろうか。
 ともかく、ガノンドロフにこれ以上付き合っていると体が保たない。すでに鳥肌どころかぞくぞくと悪寒まで走り出している。

「ああもう無理、もうダメ! 私、自分の部屋戻りますからね!」

 そう告げて立ち上がった彼女の腕を、ガノンドロフがやにわに掴んだ。

「アヤメ」

 名前を呼ばれて振り返ると、ガノンドロフが不服そうな顔つきでこちらを睨んでいる。

「なんですか」
「もう少しここにいろ」
「無理です。女の子は体冷やしちゃいけないんですよ」

 ガノンドロフは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「『子』という歳でもなかろうに」
「それは触れちゃダメです。他の子に言ったら天の彼方までぶっ飛ばされますよ」
「貴様相手だから言っておるのだ」

 その言葉に、アヤメはふと微笑みをこぼす。こうしてなんでもない軽口を叩き合えるほど気を許されていることは、彼女にとってこの上なく幸せなことである。普段ならもう少し照れながら喜んでいるところだが、寒気が酷くてとてもそんな気分にはなれない。彼女はぶるりと体を震わせて細く息を吐いた。

「じゃあ、本当にもうダメなんで、私はこれで――」

 自分の腕を握る大きなゴツい手を剥がそうとしたところで、ぐいと力強く引っ張られた。バランスを崩したアヤメの両脇の下にガノンドロフが手を差し入れ、まるで幼児にするかのように軽々と体を持ち上げる。そのままくるりと体の向きを変えられ――アヤメはガノンドロフの脚の間にぽすんと収まった。
 彼がアヤメの体を自分の腹に押し付けると、温もりと呼ぶには温度の高い熱が背中から伝わってくる。

「こうしておれば暖は取れるだろう」
「……引っ付いてほしいなら、ちゃんと言ってください」

 頭の上からふんと不満げに鼻を鳴らす音が聞こえて、アヤメはくすくすと笑った。
 思えば、こうやってべったりとくっつくのも久々だ。いつもはアヤメの方からさりげなく寄り添ったり腕を組んだりしていたのだが、近頃暑くなってきたせいでそれもすっかりなくなってしまった。ただでさえうだるような猛暑だというのに、そんな暑苦しいことができるはずもない。
 普段はアヤメのスキンシップを鬱陶しがる素振りを見せるガノンドロフも、彼女があまりに寄ってこないので物足りなく感じていたのだろう。鎧を脱いでいたのも、こうすることを見越してに違いない。
 ――次からは、ちゃんと気づいてあげよう。そう思いながら、アヤメは体を包む心地よい熱に冷えきった体を委ねる。

「ガノンさん、体温高いですね」
「貴様の体は冷たいな。オレを凍えさせる気か」

 言葉とは裏腹に、彼はアヤメの体に太い腕を回してさらに密着した。筋肉量が半端ではないおかげで、この寒さの中では酷く熱く感じる。アヤメは後頭部を相手の厚い胸板にこすりつけるように首をそらして、真上にあるガノンドロフの顔を見上げる。

「知ってます? 実は脂肪って、筋肉と違って冷たいんですよ」

 筋肉は自ら動くことによって熱を発するが、脂肪は自分から熱を生むことはないし、熱を伝えることもない。だから、女性の方が寒さに弱いのだ。……そう考えると、筋肉の塊であるガノンドロフでさえ肌寒いと感じるここの室温は明らかに異常である。

「脂肪か。成程な」
「うひゃっ」

 不意に脇腹を軽く摘ままれて変な声が出てしまった。その声音にガノンドロフが顔をしかめる。

「アヤメ。貴様、もう少し色気のある声を出さんか」
「ええー……。それは無茶ぶりってもんですよ」

 最初からそういう気分だったのならともかく、完全にリラックスしている状態からの不意打ちでは、色っぽい声など出しようもない。
 ――それに。アヤメは挑発的に笑いながら、彼の二の腕をするりと撫でた。

「それに、そんな声出したらガノンさん、その気になっちゃいますでしょ?」

 彼女の言葉に、ガノンドロフはにやりと獰猛な笑みを浮かべた。





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