短編 | ナノ
(タイトル:トシカズ様より)
舌を出せと言われて素直に出せば、唐突に彼の指がそれを掴んだ。そのままぎりぎりと爪を立てられ、アヤメは痛みに目頭をぴくりと動かす。
「この舌で、貴様は幾人を欺いてきた?」
ガノンドロフは底知れぬ輝きを秘めた金眼でじっとアヤメの瞳を覗き込んでいる。静かな鏡のようにアヤメがその目を見返すと、小さな舌打ちと共に彼の指が離れていった。彼女は口の中に鉄臭さを感じて顔をしかめる。
「人聞きの悪いことを言いますね。私はいつだって、相手のためになる『提案』をしているだけです」
嘘をついて騙すなどという、足のつきそうなことはしない。せいぜい、少しばかり濁したり仄めかしたり、もしくは煙に巻くぐらいだ。それだけで、人は都合のよい勘違いをしてくれる。そう言えば、ガノンドロフは机に肘をついて長々とため息をついた。
「なおさら質が悪い」
「誰も損にならないようにしてるんだからいいじゃないですか。――それに、お互い様でしょう」
アヤメは温かな苦笑をその目元に浮かべ、ガノンドロフの口元に手を伸ばす。
「その舌で、どれだけの人が不幸に突き落とされたと思います?」
彼の唇をそっと指でなぞれば、それはにやりと悪辣に歪んだ。その間からちろりと覗いた舌が、アヤメの指先に触れて爪を濡らす。
「さて、とんと覚えがない」
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