短編 | ナノ
(タイトル:夢豆様より)
件の娘が、人目を忍んで外出した。その知らせを真夜中に耳にした半蔵は飛ぶように屋敷を後にした。その表情はいつになく険しい。
あの娘は一見どこにでもいるような茶屋の手伝いではあるが、その正体は甲賀の密偵だ。あのそそっかしい娘が徳川に関する重要な情報を掴んだとはとても思えないが、果たして――。
「正成さま!」
行方を追いつつ町の外へと向かえば、懐っこい笑顔が彼を迎えた。件の娘――アヤメ本人である。
「まだお願いもしてないのに、流れ星さんも気が利きますね」
――やはり『お侍の正成さま』で様子を見に来て正解だったか。呆れながら事情を問えば、寝る前に夜空を見上げて星が流れるのが目に入ったのだという。
「次に見つけたら、正成さまに明日もお会いできますようにってお願いしようと思いまして。そうしたら――」
きゃらきゃらと明るく響くアヤメの笑い声は、静かな夜に聞くには少々耳障りだ。だが下らぬことで笑う彼女の顔を眺めながら、半蔵はまだ彼女を葬らずに済むことをひっそりと安堵した。
「そういえば、流れ星が昔なんて呼ばれてたかご存じですか?」
「知らぬ」
「『よばいぼし』って呼んだらしいですよ!」
――人の気も知らずに。口を閉じろと言う代わりに、半蔵はため息をつきながらその手で彼女の頭を上から押さえつけた。
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