短編 | ナノ

(涼様リクエスト)


 談話室はカーテンを閉めきっていて、昼間だというのに不気味に薄暗い。その中で、テレビだけが煌々と無機質な輝きを放っていた。
 ソファの上でテレビを食い入るように見つめているのは、トゥーンリンク・ネス・クッパJr.の仲良し子供三人組だ。彼らは固唾を飲んでテレビに見入りながら、同じくソファに腰かけているルイージにがっしりとしがみついている。包囲された形のルイージは逃げ出すこともままならず、体を強張らせたままがちがちと歯を鳴らしていた。
 日課の読書をしようと談話室を訪れたアヤメは、その異様な光景に首をかしげた。……こんなに真っ暗にして三人掛けのソファにぎゅうぎゅうに座りながら、いったい何を観ているのだろう。緊張感に満ちた雰囲気に影響されてか静かにしなければいけないような気がして、彼女は足音を立てないようにそろりと近づいていく。

「――何してるの?」
「うわああぁぁ!」

 声をかけた途端、四人は絶叫しながらソファから飛び上がった。あまりの驚きっぷりに、アヤメの方も肩を跳ね上げて後ずさってしまう。
 ソファからぼとぼとと転げ落ちていく彼らを前に目を白黒させていると、ネスがリモコンで映像を一時停止させてから大きく肩で深呼吸をした。

「あー、びっくりしたぁ」
「ご、ごめんね。――あの、ルイージさん、大丈夫ですか?」

 一番派手な悲鳴を上げていたルイージの様子を伺うと、少し間を置いて彼はソファの影から恐る恐る顔を出した。見ると、眉毛がハの字になっている。

「な、なんとか……」

 ……大丈夫ではなさそうだ。どうやらよほど驚かせてしまったらしい。アヤメは苦笑しながらもう一度謝って、問題のテレビ画面をちらりと見やる。ダーティブロンドの若い女性が、薄気味悪いボロボロの和室で辺りを見回している場面が映っている。……なんともミスマッチな組み合わせである。

「ホラー映画?」

 首をかしげると、トゥーンが元気よく頷いた。

「そう! ほら、こないだ言ってた呪いのビデオのやつ」
「ああ、あれね。借りてきたんだ」

 言われて、つい最近公式乱闘でチームを組んだ時にトゥーンとそんな話をしていたことを思い出す。ビデオ映像を媒介に呪いが広まっていくというどこかで聞いたような設定だが、幽霊役に本物の幽霊を起用したことで話題になったという作品だ。

「やっぱり話題になるだけあって、かなり怖いよ。いつどこから来るか全然分からないから、もうドキドキしっぱなしで」

 ネスが胸の辺りに手を当てて楽しそうに笑う。

「あーあ、パパがいたらあんなオバケ一発なのに」
「ダメダメ。オバケなんだから、パンチする前にまず光当ててやんないと」

 クッパJr.が父親の真似をして腕を大きく振り下ろし、その隣でトゥーンが盾を構えるポーズを取る。スマブラ界を震え上がらせる呪いを持つ幽霊も、彼らにとってはその気になれば退治できる程度の存在らしい。頼もしいことだ。

「でも、どうしてルイージさんが? 確か、こういうの苦手なはずじゃ」
「それが、トゥーン達が無理矢理……」

 落ち着いてきたのか、彼はテレビ画面を見ないようにしながらゆっくりと立ち上がる。それでも強張った肩が微かに震えているところを見るに、まだ恐怖は残っているらしい。
 名指しされたトゥーンを見ると、頭の後ろを帽子ごしにかきながら「えへへ」と誤魔化すように笑う。

「隣で思いっきり騒いでてくれたら怖くなくなるかなって連れてきたんだ。な、ネス」
「うん。でもあんまり効果なかったよね」
「うう、酷いや……」

 子供達の歯に衣着せぬ率直な物言いに、ルイージは眉根を下げて情けない顔をする。本当にいつもいつも不憫な目に遭う人である。アヤメは彼の肩をぽんぽんと叩いて慰めてあげたくなる衝動に駆られたが、逆に彼を追い打ちをかけてしまいそうな気がして微笑みかけるだけに留めておいた。

「なあなあ、アヤメは怖いの平気な方?」

 こちらを見上げたトゥーンの純粋な眼差しにその意図をはかり損ねて、アヤメは首をかしげてどう答えるべきか考える。

「……そうね、びっくりするのはちょっと苦手かな」

 すると、トゥーンは何を思ったかにやりと笑った。

「じゃあ、アヤメも一緒に観ようよ!」
「私も?」
「あ、いいねそれ! みんなで観ればきっと怖くないよ」
「ほらほら、ここ座れって」

 トゥーンがアヤメの手を引っ張り、ネスとJr.がソファの前に置いたクッションをぽんぽんと叩く。三人の見事な連携にアヤメは思わず苦笑する。どうやら、断るという選択肢は存在しないようだ。彼女はトゥーンに引っ張られるまま、おとなしくクッションに腰を下ろした。
 ――自分がいるなら、ルイージはひょっとして解放してもらえるのだろうか。そう思ってちらりと彼の方を見ると、あちらもそう思っていたらしくばっちりと目が合った。促すように微笑むと、彼は小さく頷いて口を開く。

「……ねえ。ボクはもう戻ってもいいかな?」
「ダメ! ルイージがいないと面白くないんだもん」

 Jr.はそう言うと、ルイージの背中をぐいぐいと押してアヤメの隣に置かれたクッションに無理矢理座らせた。……予想はなんとなくついていたが、やはりこうなってしまったか。

「あはは……その、ドンマイです。私がついてますから、大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないと思うんだけどね……」

 ルイージがリラックスできるように努めてやわらかく笑いかければ、彼は眉をハの字にして力のない笑いを返した。
 そんな二人の会話をよそに、子供達がわらわらとソファによじ登っていく。これで後ろのソファに子供達三人が、前の床に並べられたクッションにアヤメとルイージが座る形になった。先程よりもテレビが近くなったせいか、心なしか彼の顔色が悪い。

「じゃあ、再生するよ」

 その声に、ルイージの体が目に見えるほどはっきりと強張る。苦笑しながら画面に目を向けると、そこでは相変わらず女性が不安そうな表情のまま静止している。ピリピリとした空気の中、無情にも再生ボタンはネスによって押し込まれた。




 ダーティブロンドの女性が不安と恐怖にか細い息を漏らしながら、夜の森にそっと懐中電灯を向ける。白い光の円はぶれながらゆっくりと左右に動き、森の闇の深さを照らし出す。

『オットー? ……どこに行ったの?』

 小さく吐き出した震える声に答える者はおらず、風に揺れる不気味な木の葉のざわめきが恐怖感を煽る。

「ああ、ジュディが一人になっちゃった……」
「これヤバいよ、絶対ヤバいって」

 後ろで子供達がひそひそと囁く声がする。隣は無言だが、時折触れる肩から震えが伝わってきている。それを意識の隅に感じながらも、アヤメは画面に集中していた。怖い怖いと聞いていたからホラー演出重視かと思っていたが、なかなかストーリーもよくできている。王道の展開の中に思いもよらない意外性が混ざっていて、つい引き込まれてしまうのだ。

『ダメね、電話も繋がらないわ。一度戻ってみるべきかしら』

 独りごちた彼女は重たいため息をつく。そうして来た道を戻ろうと振り返ると、その目と鼻の先に血塗れの女の顔が――。

「うわああぁぁ!」
「わっ――」

 どすんと体に衝撃がきて、アヤメは体をかしがせる。子供達が一斉に彼女の背中に覆い被さってきたのだ。一人だけならまだしも、三人一度に来られるとさすがに重い。
 しかも、それだけではない。そうっと隣に目だけをやると、ルイージがぎゅうっと力一杯アヤメの腕にしがみついていた。恐らく子供達に全力でぶつかられても倒れずに済んだのは、彼が意図的でないにせよ支えてくれていたお陰だろう。
 ――さて、それはいいとして。

「えーっと……」

 この状況をどうすべきだろうか。子供達にすがられるのはまだいいとして、ルイージのような成人男性にこうしてひっつかれると、さすがに女性として少し恥じらいを覚える。
 アヤメはとりあえず声をかけようと、さ迷わせていた視線をそっとルイージに戻す。息遣いが伝わるほど間近にある彼の顔に一瞬体が硬直するが、その表情に目を留めた彼女はふっと目元をゆるめた。

「う、ううぅ……」

 彼の瞳は、オバケに怯えながらも懸命に画面を見つめていた。どうやら、自分が全力でアヤメにしがみついていることには全く気がついていないらしい。恐怖に耐えるそのいじらしい様子に、アヤメは小さく微笑みを浮かべる。どうせ、背中や逆の腕にもすでに三人くっついているのだ。大きな子供がもう一人くらい増えたところで大して変わらない。
 ……それに。アヤメは腕や背中にかかる重みと温もりにくすりと小さく笑みをこぼす。それに、乱闘中はあんなに強い彼らにこんなにも頼りにされているのだ。そう思うと、なんとも言えない愛おしさと安心感が込み上げてくる。
 ――まあ、このままでもいっか。アヤメは目を細めて笑うと、ジュディが半狂乱で逃げ回っているテレビ画面に穏やかな眼差しを向けた。




 どんな体勢で誰にしがみついているかにルイージがようやく気がついたのは、スタッフロールが流れ終わった時だった。顔を上げた彼はアヤメと間近で視線を合わせたまま数秒間固まり、ようやく自分の仕出かしたことに気づくと途端に顔を真っ赤にして飛び退いた。

「ご、ごめんアヤメ!」
「いいですよ、気にしませんから」

 アヤメは朗らかな笑みで首を横に振る。遠慮なく全体重をかけてくる子供達に比べたら、腕に力一杯しがみつかれるくらいは大した苦でもない。あえて言うなら男女が逆ではないかと思わなくもなかったが、それはまた別の話だ。

「ルイージ、ずーっとアヤメにくっつきっぱなしだったね」

 トゥーンがにやにやと笑いながら、ルイージとアヤメを交互に見やる。きっと、こうやってからかうことを見越してこの小さな勇者はアヤメを映画鑑賞に誘ったのだろう。とんだ悪戯坊主である。ルイージが恥ずかしそうに俯いたのを横目に見つつ、アヤメはくすくすと笑う。

「そんなこと言って、みんなだっておんなじでしょ?」
「うっ。……そりゃそうだけどさ」

 図星を刺されたトゥーンはぷいとそっぽを向いて唇を尖らせる。

「だってアヤメ、全然怖がらないんだもん。なあ、ネス」
「そうそう。だからかな、なんかくっついてると安心するんだよね」
「ぼくもそう思った! アヤメって、こういう時は案外頼りになるんだな」

 口々に言い立てる子供達に、アヤメはなんだか気恥ずかしくなって頬に手を当てる。乱闘の成績もあまり振るわない自分が世界を救ったり震撼させていたりする子供達の心の拠り所になっていたというのは、誇らしくも奇妙な気持ちだ。
 あれだけ強く自分にしがみついてきていたということは、ルイージもそう思ってくれていたのだろうか。ちらりと目を向けると、彼は頭の後ろをかきながら頷いた。

「確かに、アヤメはいつも落ち着いてる感じがするからね。だからボクも――その、ちょっと頼りにしてたのかもしれないな」

 俯きがちに笑う彼の頬にわずかに赤みが差しているのに気づいて、アヤメは口元を覆いながらやわらかく笑みを浮かべた。




 子供達はネスの主導で手際よくその場を片付けると、また別の遊びを思い付いたらしくさっさと外に遊びに行ってしまった。まるで風のような子達である。
 残されたアヤメとルイージは、すっかり明るくなった談話室でまったりと穏やかな時を過ごしていた。本当は本を読みにここに来たはずなのだが、映画を丸々一本観てしまった後ではもうすっかりそんな気分は失せている。アヤメはルイージとぽつぽつと映画の感想を言い合ったりしながら、物語の余韻に浸っていた。
 と、不意にルイージが胸を押さえて小さなため息をつく。

「それにしても、アヤメはすごいなぁ。いくら映画だって言っても、あんな怖いオバケを見ながら平然としてるなんて。ボクなんてまだ心臓がバクバクしてるよ」
「あら、私だって怖かったですよ」
「ええっ!? そ、そうなのかい?」

 さらりと言い返すと、彼はぎょっと目を見開いてこちらを凝視してきた。穴があくほどまじまじと見つめられ、アヤメは照れ臭くなってくすくすと笑う。

「みんながくっついてくれてたから、安心できたんです。ホントだったら、一人じゃあんなの観てられませんよ」

 アヤメは困ったように眉根を下げる。ルイージのように極度に怖がりこそしないものの、実を言うとホラー映画を見てしばらくは真夜中にトイレに行くのを躊躇ってしまう程度には苦手なのだ。……子供達の手前、ついつい強がってしまったが。
 それでも今回平然とした顔を保って映画を見ていられたのは、ひとえにルイージ達が側にいてくれたからである。力一杯しがみついてくる彼らの温もりが、アヤメにも安心感を与えてくれたのだ。「みんなで観れば怖くない」と言っていたネスは間違っていなかったらしい。
 それを聞いたルイージが、ほっと安堵したような息をつく。

「なんだ、それじゃあボクと一緒だね」
「違いますよ」

 アヤメは首を横に振る。そうしてきょとんと瞬きをしているルイージの明るい水色の瞳を覗き込むと、目を細めて微笑んだ。

「だって、ルイージさんはちゃんと一人で立ち向えるじゃないですか」

 彼はかつて、絵の中に閉じ込められたマリオを助けるためにオバケ退治をしていたことがある。あれだけ怖がりであるにも関わらず、だ。もしアヤメが同じ状況に立たされても、ルイージと同じく果敢に立ち向かえるとはとても思えない。せいぜい別の誰かに助けを求めに行くのが関の山だ。
 ――恐怖を感じないことは、確かに強さのひとつだろう。だがその一方で、彼のように恐怖に真っ向から対峙できるのも一種の強さだとアヤメは確信している。

「ルイージさんは強いんですから、もっと自信持ってください」
「……あ、ありがとう」

 嬉しそうにはにかんで俯いた彼は、しばらくして何かを決意したように膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。

「よーし! じゃあ、もしアヤメがオバケに襲われたら、ボクが頑張って退治してあげるよ!」
「本当ですか? ふふ、それじゃあ遠慮なく頼りにしちゃいますね」
「任せてよ!」

 もしも本当にそんな日が来たとしたら、きっと二人して悲鳴を上げながら逃げ回ることになるだろう。さんざん怖がって、隠れながら息を潜めて、離ればなれになったりなんかもして――それでも、最後には絶対に助けてくれる。彼はそういう人なのだ。
 握り拳を作って決意を固めるルイージを見つめながら、アヤメは穏やかに微笑んだ。





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