smile! | ナノ

 ――どうしよう。朝日の差し込む廊下にて、ゲーム&ウォッチに腕を掴まれたスミレは情けなく眉根を下げた。
 ゲーム&ウォッチは先程からビービーとエラー音とも取れる電子音を出しながらスミレに何かを伝えようとしている。だが彼女は困惑に首をかしげるしかなかった。

「え、えっと、うーん……」

 ピコピコとスミレを掴んだ腕とは反対の手を大きく振るゲーム&ウォッチ。訴えたいことがあるのは分かるのだが、彼の動きからそれを察するのはスミレにとって非常に困難なことだった。
 他のファイターであったのなら、例え言葉が通じなくてもなんとなくその意図を読み取ることはできる。だがそれも、表情や口の動き、ジェスチャーなどがあってこその話だ。
 この彼、ゲーム&ウォッチにはそれがない。顔は真っ黒で、体は棒人間と遜色ないほどの単純な作りをしており、動きは紙芝居レベルのコマ送り。彼の発する単調な電子音からその感情や意図を正確に判断するには、情報量が圧倒的に足りない。

「えーっと、腕がどうかしました? ……違う?」

 ゲーム&ウォッチはスミレの腕を離してピコピコ飛び跳ねながら甲高い音でピョロロロと叫ぶ。怒っているのか必死に伝えようとしているのかすら判別がつかず、彼女は弱りきってしまった。

「……ご、ごめんなさい。何言ってるか分かんなくて」

 正直に言ってこの場から逃げ出したいのは山々なのだが、そんなことをしては頑張って何かを言おうとしている彼に失礼だろう。見た目は確かに薄っぺらい紙同然の生き物かもしれないが、彼にだって感情はあるのだ。
 ――と、そこに救世主が現れた。

「『髪にご飯粒がついている』……と言っているようだぞ」
「えっ?」

 振り返ったところにいたのはルカリオだった。いつから後ろにいたのか、何故ゲーム&ウォッチの言葉が分かるのか。色々と聞きたいことはあったが、スミレはまず反射的に自分の横にある窓に目を向けた。ガラスに映して確認してみると、確かに横髪に一粒白いものがくっついている。

「うわっ、ホントだ! やだもう、恥っずかし……」

 スミレは慌ててティッシュで髪をぬぐいながら赤面した。頭に米粒をつけたまま廊下を歩いていたのかと思うと、顔から火が出そうだ。ゲーム&ウォッチとルカリオ以外誰ともすれ違わなかったのが唯一の救いである。

「これ、教えてくれようとしてたんですね。ありがとうございます、ゲーム&ウォッチさん」

 ピピピ、とゲーム&ウォッチが音を出す。スミレが首をかしげる前に、ルカリオがその言葉を翻訳する。

「『ゲムヲでいい』そうだ」
「あ、はい。じゃあゲムヲさんって呼ばせてもらいますね」

 ピコッ、とゲーム&ウォッチ――ゲムヲが飛び跳ねる。これは翻訳されなくても分かる。きっと喜んでいるのだろう。
 独特の動きで二度飛び跳ねた彼は、一秒ほど間を置いてこちらを向くとピッと短い音を出した。

「受け取ってやれ」
「えっ、何を……?」

 スミレは体を傾けてゲムヲを横から覗き込む。彼の体は非常に薄っぺらいので、真正面を向かれるとこうして体をずらさないと何をしているか分からないのだ。
 そんなこんなで覗いてみたところ、彼が丸い手に何かを持っているのが見えてスミレは「あら」と目を見張る。

「お花――かしら」
「そうなのだろう。『お近づきの印に』と言っている」

 ルカリオの促しに従い、平たい茎を摘まんでそっとゲムヲの手から引き抜く。
 花はゲムヲと同じく黒一色で平べったく、表面はプラスチックのようにつるりとしている。どうやら彼と同じ材質(?)でできているようだ。綺麗とはお世辞にも言えないが、デフォルメされた花びらの形はどこか可愛らしい。

「ありがとう、ゲムヲさん。後でお部屋に飾っときます」

 そう言って微笑むと、ゲムヲはピロロ、と高い音を出す。

「『どういたしまして』と」

 そう言い残してゲムヲは廊下を歩き去っていった。彼を見送りながら、スミレはほっと胸を撫で下ろした。もしルカリオが来てくれなかったらどうなっていたことか。彼女は振り向いてルカリオに軽く頭を下げる。

「すみません、ルカリオさん。すごく助かりました」
「気にするな。私が好きでやったことだ」

 ルカリオは赤い目を閉じて手のひらをこちらに向ける。

「でも、すごいですね。ゲムヲさんの言ってること、どうやって分かったんですか?」
「私には波導の力があるからな。細やかな機微は分からずとも、大まかな感情や思念なら感じ取れる。私がここに来たのも、たまたま波導を使ったところ君が困っているのが見えたからだ」
「へえ……波導かぁ。便利ですねぇ」

 スミレは感心して頷く。よくある気の流れのようなものとしか理解していなかった波導だが、思っていたよりもずっと使い勝手のいいものであるようだ。

「それって、修行で身に付けられるものなんですか?」
「ああ。だが波導を感じ取り、自在に操れるようになるまでは長い修練が必要になる。無論、生まれついての素質もあるだろうが」
「じゃあ、そこまで極めるのには随分苦労されたんですね」
「……まあ、そうだな」
「そうですか」

 腕を組んで瞑目するルカリオに、スミレはこっそり肩を落とす。予想はしていたが、やはりそういった力は一朝一夕で身に付くものでもないらしい。スミレがマスターハンドからMiiという『殻』をもらって戦えるようになったのとは訳が違うのだろう。言葉の通じないファイターと円滑にコミュニケーションが取れればいいなと思っていたが、世の中そうそう上手くはいかないものである。

「波導は使い方を一歩間違えるだけで大きな危険が伴う。もしその力を己がものとしたいと思っているなら、やめておくことだ」

 何もかもを見透かしたような鋭い瞳を向けられ、どきりと心臓が跳ねた。次いで、苦笑がじわりと目元に広がる。

「バレてたんですか。……それも波導で?」
「その程度、波導を使わずとも分かる。――で、使ってみたいのか?」
「そうですね。少しだけ」

 そう言って微笑むと、ルカリオは大真面目な目付きでスミレの顔を見据えた。

「そうだな……スミレなら力を悪用することはないだろう。もし君が危険を覚悟で波導の力を得ようとしているなら、私も止めはしない。修行を受けてみるか?」
「いえ、遠慮しときます。私には荷が重そうですし」
「……そうか、それは残念だ」

 ルカリオは赤い瞳を軽く伏せる。いつもピンと立っている耳も心なしか元気がない。ひょっとして、波導仲間が増えると期待していたのだろうか。しゅんとした様子が可愛らしくて、スミレはくすくすと笑う。つい頭を撫でたくなってしまったが、それは我慢しておこう。

「ごめんなさいね。それでルカリオさん、ひとつお願いしたいんですが……」
「なんだ?」

 顔を上げたルカリオの耳がぴこんと動く。スミレはわずかに身を屈め、相手の顔色を伺うように首を傾けた。

「その……もしまた似たようなことがあったら、こうやって頼っちゃってもいいですか?」

 この館内には、言葉を喋ることのできないファイターが意外にも多い。ルカリオ以外のポケモン勢はもちろんのこと、ドンキーコングやディディーコング、ダックハント達だってそうだ。彼らと話をすることになった時、果たして自分は彼らの主張を正確に理解できるだろうか。先程のゲムヲとのやり取りを思い返すと、とてもそうは思えない。
 そういったことがある度に毎回ルカリオに頼るのは申し訳ない気もするが、自分自身でなんとかできないのなら誰かに相談するしかない。……だが、彼もそう暇ではないはずだ。こんな自分勝手なお願いなど引き受けてくれるのだろうか。
 そんなスミレの不安に揺れる心が波導の力で見えていたのか、ルカリオはふっと笑みを漏らして頷く。

「無論だ。心配しなくとも、君が困っていればいつでも駆けつけよう」
「あ、ありがとうございます……」

 心強い言葉がくすぐったくて、スミレはうっすらと頬を染めた。自分より小さな体をしているというのに、まるで童話に出てくる騎士のようだ。

「構わない。ところで――」

 首を横に振ったルカリオの唐突な話題転換に、首をかしげて赤い瞳を覗き込む。

「頭の後ろに寝癖がついているぞ」
「……それ、もっと早く言ってくださいよ」

 頭の後ろに手をやりながら、スミレは思わず照れ笑いをこぼした。




 

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