smile! | ナノ


 上から降ってきたストーンを回避で躱して、スミレはその場に落ちてきたアイテムを反射的に拾い上げた。手にしたそれをちらりと確認した彼女はうげっと顔をしかめる。
 スマートボム。乱闘アイテムの中で、スミレが二番目に苦手としているものだ。相手に当てようと思って近くから投げれば自分が巻き込まれてしまうし、それを恐れて遠くから使用しても避けられてしまう。だからと言って捨てるには勿体なさすぎる高威力。実に厄介なアイテムである。
 しかし、今は手にしたアイテムの運用法を悩んでいる暇はない。スミレはストーンを解除してこちらに向かってこようとしたカービィに剣を突き入れる。なんなくガードされてしまうが、それで攻撃の手を緩めることはしない。突進の勢いに任せてカービィの後ろに周り、再び剣を叩き込もうと切り返す。が、振り返った直後に蹴りを入れられて彼女は衝撃に息を止めた。さらにコンボを決めようとするカービィを押し込むように剣を振りかざすが、ギリギリのところで緊急回避をした彼に捕まれて地面に叩きつけられてしまう。
 このままだと、地力で劣る自分は撃墜されてしまう。それを危惧したスミレは、ついに諸刃の剣であるスマートボムを使うことを決意した。
 隙を作らぬよう小振りに、しかし思いきり手の中のものをぶん投げる。その直後、彼女は地面を蹴って反対側にジャンプした。これなら距離を稼げて自分が巻き添えを食らうことはない。
 ――だが、投げたタイミングが最悪だった。スマートボムは、ちょうどしゃがんでペッタンコになっていたカービィの頭上を通り越してしまったのだ。思わず舌打ちしたくなったスミレだったが、目標を失ったそれが向かう先を見てさっと顔を青くする。
 そこには、ドンキーコングと一進一退の攻防を繰り広げるチームメイト、マルスの姿があった。




「すみません、マルスさん。足引っ張っちゃって……」

 乱闘が終わった後、スミレはマルスに頭を下げた。結局、スミレの誤爆が原因でチームが負けてしまったのだ。謝っても謝り足りない。だが、マルスは気にしていないといった風にさわやかな笑みを見せる。

「気に病まなくてもいいよ。慣れない内は誰だって似たようなものだ。それに、チーム戦は今日が初めてだったんだよね。今回でなんとなく感触は掴めただろうから、次からそれを活かしていけばいいよ」
「うう……本当にすみません」
「そこまで謝らなくても……」

 フォローをしてくれるのはありがたいが、ますます申し訳ない。なにせ、悪いのはこちらなのだから。

「でも――いえ、そうですね。うじうじしても仕方ないです。一刻も早く、みなさんと並び立てるように頑張らないと」

 これ以上恐縮しても優しい彼を困らせてしまうだけだ。少々無理矢理ぎみに気を取り直して、スミレは彼に笑いかける。マルスはそんな彼女を微笑ましげな眼差しで見下ろしていたが、ふと思い立ったように口を開いた。

「スミレ。ひとつ、聞いてもいいかい?」
「はい」
「君はどうしてそんなに強くなろうとしてるんだい? 前に聞いたことがあるけど、君は誰も戦わなくていい平和な世界から来たんだろう? それなら、無理して戦いに向き合わなくてもいいんじゃないかな」

 スミレは目を瞬かせた。確かに不思議な話ではある。どうせ二ヶ月で帰るのだし、元の世界でファイターとしての経験が役立つわけでもない。自分になんの益もないのなら、手を抜いたって構わないはずだ。
 だが、スミレは乱闘に手を抜こうなどとと思ったことは一度もなかった。

「……うーん、そうですねえ。やっぱり、お仕事だからでしょうね」
「仕事は真面目にする主義ってことかな?」
「はい」

 真面目にと言っても、決して全力で仕事をこなすという意味ではない。八割の力で最良の結果を出す――それがスミレの理想とするワークスタイルである。ただし、歴戦の強者揃いの大乱闘ではそうも言っていられない。まだまだ駆け出しのペーペーである今のスミレが成果を出すには、常に自分の持てる百パーセントを出しきらなければならないのだ。それでもなかなか結果がついてこないのが辛いところである。
 マルスは納得したように微笑む。

「そうか。確かに、ファイターは戦って勝つのが仕事みたいなところがあるしね」
「あ、いえ。すみません、そうじゃないんです」

 慌てたスミレが両手を振って否定すると、マルスがきょとんと目を丸くする。その様子がなんだか幼く見えて、彼女はついくすりと笑みをこぼした。

「ごめんなさい。私、ファイターって人を楽しませる職業だと思ってるんですよ。……まあもちろん、その辺の価値観は人それぞれでしょうけど」

 ファイター達が大乱闘に参加している理由は様々だ。本気で力試しに来ている者もいれば、ビジネスライクに賞金目当てで戦っている者もいる。この世界を楽しむことをメインに考えて乱闘はオマケ程度にしかこなさない者もいるし、子供達にとっては遊びやスポーツの延長だ。
 そして『スマブラ』をプレイしていたスミレにとって、乱闘は『戦っているキャラクターを外から観るもの』である。

「どうせなら、白熱した戦いを観る方が楽しいじゃないですか」
「なるほど、そういうことか」

 その言葉にマルスも合点がいったらしい。彼は笑みを浮かべて頷く。

「つまりスミレは、みんなを楽しませるために僕らと同じくらい強くなろうとしているんだね」
「……その、まあ、そういうことです」

 スミレは頷きながら頬に手を当て、ほんの少し顔を赤らめる。自分で言っておいてなんだが、誰かのために何かをしていると公言するのは少々照れくさいものがある。

「ファイターという名のパフォーマー、か。僕はあまり考えたことがなかったな」

 その意外な言葉に、スミレは小さく首をかしげた。

「あら、そうなんですか? 私ったらてっきり――ほら、アピールのとき『みんな、見ていてくれ!』って仰ってるじゃないですか」

 軽い身振りを交えながら指摘すると、今度はマルスの方が照れたような笑みを浮かべた。

「あれは、応援してくれているみんなのために勝ちたいと思って――」
「へぇ……」

 その答えにスミレは感心した。戦いとはすなわち勝負である。つまり、勝ち負けにこだわることこそが本来の在り方なのだ。
 そう考えると、戦うこと自体と真正面から向き合っているマルスは、五分五分に戦えたらいいやと勝敗を投げ捨てているスミレより遥かにしっかりしていると言える。

「立派ですね。そういう誠実なところ、素敵だと思います」

 さらりと誉めると、マルスは顔をほのかに赤く染めた。

「そ、そうかな」
「そうですよ」

 軽く目を伏せてはにかむ表情は、年相応の青年らしい。照れ隠しなのか、彼は首をわずかに傾けて目をそらしながら話題を変えてきた。

「スミレって、時々すごく大人っぽくなるよね。まるで僕の方が年下になったみたいだ」
「なったと言うか、実際そうですからね」
「――えっ?」

 マルスは目を大きく見開いてスミレを見下ろした。その呆気に取られた表情は、彼女の言葉が思いもよらなかったものであることを物語っている。歓迎会でピーチ達がワインを飲んでいるのに自分だけオレンジュースしか出されなかった時点でもしやと思っていたが、こうも露骨に驚かれるとは。
 彼の気持ちは分からないでもない。確かにスミレはピーチやゼルダと比べて背丈も胸も小振りである。顔立ちも、幼いとは言わないまでも実年齢より若く見られるものであることは自覚している。館に来たばかりの頃の不安いっぱいで頼りなげな様子も相まって、幾分か子供っぽく見えてしまうのは仕方のないことだ。
 スミレが苦笑しながら首を傾けると、彼女を見つめたままたっぷり三秒ほど固まっていたマルスがはっと我に返った。

「す、すまない! その、確かに年の割に随分と大人びた子だなぁと思ってはいたんだけど……! あ、いや、それもちょっと失礼かな。ええっと――」

 彼はあちらこちらに視線をさまよわせて言葉を探している。その慌てぶりがなんだか可愛らしく思えて、スミレはくすくすと笑う。

「いいですよ、いちいち気にしたりしません。むしろ、それくらい驚かれた方が楽しかったりしますし」
「そ、そうなのかい?」
「はい。ドッキリ大成功した気分です」

 おどけたように肩をすくめたスミレに安心したのか、マルスは表情を緩める。次いで何かに気がついたかのようにふっと軽く笑みを浮かべた。その表情に、スミレは自分の気遣いが悟られたことを知った。

「なんというか……大人だね、スミレは」

 マルスの穏やかな声音には、どこか面白がるような色が含まれている。スミレは照れくさくなって笑った。

「まあ、大人ですから」




 

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