smile! | ナノ


 煮えたぎる溶岩と火山をバックに、スミレは低くゆったりと笑う。嘲りの色を含んだその声色に、相対する者達は緊張感を高めていく。

「よくぞここまでたどり着いた、勇者どもよ」

 雰囲気溢れるこのステージは、子供達が今しがた力を合わせて作ったものだ。ところどころガタガタしていたり大砲がどう見てもおかしな位置に置いてあったりするのは愛嬌である。
 そんな彼らの本気に応え、スミレ自身も『あくまのぼうし』と『まぞくのふく』であるかなきかの魔王感を演出していた。趣味で作っていた魔王スタイルだったが、まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。

「ようやく追い詰めたぞ、魔王……!」
「ここまで長かったけど……故郷のみんなの仇、取らせてもらおう!」
「この悲しいさだめを終わらせてみせる!」
「ピーッカ!」

 勇者達は各々口上を述べて戦闘体勢を取る。スミレはにやりと顔を歪めると、手のひらを上に向けて挑発する。

「よかろう。魔王に挑むという己の愚かさに嘆き、絶望の底に沈むがいい!」

 そうして、勇者と魔王の頂上決戦が幕を開けた。
 一対四という圧倒的に不利な状況でありながら、スミレはほぼ対等に戦えていた。着々と実力をつけてきているというのもあるが、やはり日々のシンプル通いで集めた装備のお陰だろう。

「笑止! 神に選ばれし勇者の力とはこの程度か!」
「くっ……」

 吠え猛るように嘲る魔王を、彼らは悔しげに睨み付ける。その燃えるような眼差しを、スミレは鼻で笑って一蹴する。そんな調子で余裕をかましている彼女だが、実は内心かなり焦っていた。
 装備のハンデがついているとはいえ、彼女程度の実力で複数人を相手取るのはやはり無理がある。しかも相手は全員飛び道具持ち。近接攻撃に特化した格闘タイプはどうしてもダメージが蓄積しがちになってしまう。
 最終的に彼女は、ピカチュウの放ったショートでんげきによって勢いよく場外へ吹き飛ばされてしまった。

「やったか!?」

 ピットが喝采という名のフラグを立てる。
 そのフラグに応えるかのように、魔王は即座に復活すると光に包まれてステージに降り立った。無傷の彼女に、一同はそれぞれ息を飲む。

「愚か者どもめ、これで倒したとでも思うたか!」

 ――そう、魔王といえば第二形態に変身しての連戦である。残念ながら乱闘中なのでコスチュームチェンジはできないが、やっとのことで倒したと思ったものが無傷で復活するだけでも、なかなかにそれっぽいものだ。

「ピカ!?」
「そんな、無傷だって!?」
「甘く見られては困るな。だが、ここまで私を追い詰めたことは誉めてやろう。――次は手加減などせんぞ」

 ショックを受けたように叫ぶピカチュウとトゥーンを鼻で笑って、スミレは軽く顎を引いた。ゆっくりと構え直せば、勇者達もくじけそうになる気持ちを奮い立たせてそれに備える。ピットがそんな一同を励ますように見回して笑みを浮かべた。

「大丈夫、一回でダメならもう一回倒せばいいんだ。みんな、頑張ろう!」
「そうだね。負けないぞ、スミレ! ……あっ」

 ネスは慌て口を押さえる。仲間達が『あーあ』と言いたげな顔で彼に目をやったが、スミレはピンと閃くものがあって瞳を輝かせた。
 ――使える。

「スミレ、だと?」

 スミレはネスの口にした言葉を繰り返すと、耐えきれないといった様子で天を仰いで高笑いをした。あからさまな嘲りを含んだその声音に、トゥーンが仲間を庇うように一歩踏み出して剣先を彼女に向ける。

「何がおかしい!」

 長い哄笑をようやく収めた魔王は、なおも痙攣する体を落ち着かせるために下を向く。やがて不意に顔を上げ、皮肉と嘲笑に目元を歪ませて一同を見下ろした。

「その女ならば、とうの昔に死んでおるわ」
「な、なんだって!?」
「ピカ!?」

 勇者達が驚愕に目を剥く。

「貴様らも気づいておっただろう。私の外見が、滅ぼされた貴様らの故郷にいた娘に瓜二つだと」
「そ、そんな、まさか……!」
「そのまさかよ。あの村で、私は貴様らの忌々しい両親の決死の魔法で思いもかけず深手を負ってしまった。そこに、ちょうど傷の少ない体が転がっていたのでな」
「それじゃあ、スミレは……スミレは!」

 魔王はにやりと嗜虐的に笑い、軽く顎を上げた。

「――呆気なく潰れてしまいおったわ」

 そっと囁くように告げれば、四人は信じられないといった面持ちで呆然と口を開けた。少しして、ネスがうつ向いて握り拳を震わせた。彼はきっと顔を上げて魔王を見据えると、大きく息を吸い込む。

「ふざけるな、魔王――っ!」

 叫びながら突っ込んできた彼の直線的な攻撃を、魔王は軽くあしらって拳を突き入れる。

「そうだ、喚け、悲しめ! その怒りと嘆きこそが我が力となるのだ!」

 ネスの突撃をきっかけに、勇者達は次々と猛攻をしかけてきた。激情に任せたスマッシュ攻撃や必殺技は読みやすい。魔王は口の端に歪んだ笑みを浮かべながら、次々と彼らをのしていく。

「お前だけは絶対に許さない!」
「スミレを返せぇ!」
「ピッカ!」

 勇者達は何度飛ばされても立ち直り、憎き魔王に立ち向かっていく。その果敢な攻めにさしもの魔王にも疲労の色が見え始めたが、それでも一度も回復せずに戦い続けている勇者一行とのダメージ差を打ち消すほどではない。四人の勇者は例外なく、撃墜一歩手前まで追い詰められていた。

「これで終わりだ!」

 足場のない空中へと打ち上げられたトゥーンに、魔王は追い討ちをかけようと飛び上がる。

「終わりなのはお前の方だ、魔王!」
「なに!?」

 振り返った魔王は大きく目を見開いた。黄金に輝く装備を身に纏ったピットが、弓に矢をつがえてこちらを睨み付けている。――気づかない内にスマッシュボールを取られていたのだ。避ける間もなく光と矢の連続攻撃を叩き込まれた魔王は、そのまま場外へと吹き飛ばされた。
 魔王はストックを削って再びステージに戻ってきたが、さすがに体力も限界だった。彼女は力なくその場に崩れ落ちて膝をつく。

「ま、まさか……この私が、敗れる……だと?」

 大きく肩で息をしながら、信じられないといった様子で震える自分の手を見下ろす。しばらくそうしていた彼女だったが、やがて吹っ切れたようににやりと口の端を歪めた。

「くくっ、はははは……」

 魔王は笑いながら、ふらつく体を叱咤して立ち上がった。そして敵に背を向けると、覚束ない足取りで歩いていく。やがて崖っぷちに立った彼女は、体ごと振り返って攻撃的な笑みを見せた。

「いい気になるなよ、勇者ども。私はただの先駆けにすぎぬ。いずれ第二、第三の魔王が現れ、貴様らの前に立ちはだかるだろう」
「もしそうなったら、また倒しに行くだけだ」

 ネスの言葉に、三人が揃って頷く。

「そうそう、魔王だろうが女神様だろうがどんと来い、だ!」
「め、女神様はちょっとご勘弁願いたいなぁ……。でも、悪い奴なら容赦しないぞ!」
「ピッピカチュ!」

 彼らの力強い答えを聞いて、魔王はくすりと笑った。魔王としてはあり得ないそのやわらかな微笑に、子供達はきょとんと目を丸くして彼女を見つめる。
 ――しまった。子供達の無邪気な勇ましさについ素を出してしまったスミレはひやりと肝を冷やす。どうしよう。どうすべきか。ほんの僅かな逡巡の後、彼女はほとんど直感的に結論を出した。これはもう『魔王が消滅して正気に戻った娘』を演じるしかない。

「みんな、強いね。安心した」
「……スミレ?」

 トゥーンの問いかけに答えず、彼女は彼らを真っ直ぐに見つめて嬉しそうに、かつ申し訳なさそうに笑う。――いける。これなら、多少悲劇的ではあれど綺麗に結末を迎えられる。

「ありがとう、みんな。魔王を倒してくれて」

 言い終わった彼女の体が、力を失ってゆらりと傾ぐ。――そう、足場のない方へ。それに気づいた勇者達ははっと我に返って駆け出した。

「スミレ――!」

 彼らの腕はあと一歩届かず、スミレは遥か下の地面へ向かって落ちていった。




 崖の下に落ちていった娘は、だが辛うじて生きていた。勇者達に介抱されて目を覚ました彼女は、今までしてきたことへの謝罪と、魔王から解放してくれたことへの感謝を伝える。
 彼女を安全な場所まで送り届けた勇者達は、いずれ現れるだろう第二の魔王に備えるため、再び旅に出たのであった――。

「――はい、つづく」

 スミレがにこりと笑ってそう締めると、ネスとトゥーン、それにピカチュウがわっと一斉に彼女に抱きついてきた。ピットは年齢的に遠慮したらしく抱きつきこそしなかったものの、すんすんと鼻を鳴らして涙ぐんでいる。

「よかったぁ、スミレ死んでなかったぁ!」
「生きてるよね? ちゃんと生きてるんだよねスミレ!?」
「ピカッ、ピーカ!」
「無事でよかった、本当によかった……!」

 そこまで泣いて喜ばなくてもいいだろうに。四人の感動のしように、スミレは思わず苦笑する。ふと顔を上げると、呆れ果てて物も言えないといった様相のガノンドロフと目が合った。
 彼は自分の宣言通り、この乱闘ルームからモニターを通してスミレ達の『勇者ごっこ』を眺めていた。本家本元の大魔王様にあんな台詞やこんな演技を全て見られていたかと思うと、ほんの少しこそばゆい。

「それにしてもスミレ、すごかったよ。ほんとの魔王みたいだった!」
「そ、そうかな? ありがとう、ネス君」
「そうそう、まるで別人だよ! 表情も雰囲気も全然違うし、なんだか本当に取り憑かれてるみたい、で……」

 喋りながら、徐々にトゥーンの眉根が下がっていく。心なしか顔色も悪い。何かおかしなことでもあったかと他の少年達を見れば、みな一様に幽霊にでも出くわしたような顔でこちらを見つめている。
 スミレが首をかしげていると、ピットが恐る恐る口を開いた。

「……演技、なんだよね? まさか本当に魔王が入ってたり、なんて――」
「あら」

 彼の言葉に、スミレは思わずくすくすと笑った。そんな風に思ってもらえるなんて、立ち方にまでこだわった甲斐があったというものだ。
 彼女は四人を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だよ。もしそうだったとしても、みんながやっつけてくれたでしょ?」
「ピッカ!」

 ピカチュウが小さな手で頼もしげに自分の胸を叩く。他の三人も、それぞれ得意気にしたり照れ臭そうにしながらも安堵してくれたようだ。
 そんな彼らの様子を一歩引いて見ていたガノンドロフが、疲れたような顔でため息をつく。すると、それを敏感に察知したトゥーンがにんまりと笑って魔王の元へと駆け寄った。

「ねえねえガノン、次の魔王役やってよ」
「誰がやるか」
「えー、どうせ暇なんでしょ? 俺達の勇者ごっこを観てたくらいだし」

 状況が振り出しに戻ってしまったことに、ガノンドロフは顔を歪めてあからさまに舌打ちをする。彼は第二の魔王の存在を仄めかした女を軽く睨んだが、スミレは穏やかな笑みでそれをいなした。
 非難される謂れはない。彼がスミレに借りを作るのを大層嫌がっていたようなので、プラマイゼロになるようにちょっと細工をさせてもらっただけだ。――つまりは、ちょっとした意趣返しである。
 ガノンドロフは心底面倒そうに顔をしかめると、腕を組んで乱闘ルームの扉を顎で示す。

「そろそろクッパとその小倅が一時帰郷から戻ってきている頃だろう。遊ぶならそちらへ行け」
「そうだ、Jr.も早く仲間に入れてあげなきゃ!」
「ピカピ!」
「ガノンドロフは後回しにして、先にクッパに魔王役頼んだらどうかな」
「ピット、ナイスアイデア!」
「さっきはピットにいいところを取られちゃったから、今度は俺がとどめ差したいなぁ。こう、頭からぶすっと」
「じゃあねスミレ、遊んでくれてありがとう!」

 口々に騒ぎながら、子供達は乱闘ルームを出ていった。別れを告げる彼らに手を振り返しつつ、スミレは温かな眼差しで見送る。
 ドアが閉まると、ルーム内はしんと静かになった。

「元気ですねぇ」
「騒々しいだけだ」

 疎ましげなガノンドロフの表情に、スミレは苦笑を浮かべる。見慣れさえすれば、厳めしい男にじゃれつく子供達という光景はなかなかに微笑ましいものだった。だが残念ながら、本人にとってはただひたすらに疲労の溜まる状況でしかなかったようだ。
 もう少し彼が子供好きなら多少は違っただろうが、現実は物語のようにそうそう都合よくはいかないものである。彼にはお気の毒だとしか言いようがない。

「それで、どうでした?」

 先程の勇者ごっこについて訊ねたスミレに返ってきたのは、小馬鹿にしたような短い鼻息だった。

「ふん。状況に応じた柔軟な演技力は評価しなくもない。だが、やはり貴様に悪役は務まらぬな。たかが作り話で後ろめたさを覚えておっては話にならんぞ」

 見下すようにガノンドロフはにやりと口元を歪める。……どうやら、最後の最後で結末をハッピーエンドに持っていったのが彼の中で低評価に繋がってしまったらしい。
 だが、そんなことを言われても仕方がないものは仕方ない。スミレは照れ笑いをしながら肩を竦めた。

「だって、あんな風に『スミレ死んじゃったの?』なんて泣きつかれちゃ、たまらないじゃないですか」

 ――即興に即興を重ねた、つぎはぎもいいところの物語。
 まさかそれがいつしか全ファイターを巻き込む一大叙事詩にまで成長し、さらにその流行に目をつけたマスターハンドの監修で書籍化されるとは、この時のスミレにはまだ知る由もないことであった。




 

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