smile! | ナノ

 この館において、シンプルとオールスターはどちらも一日に一度だけ挑戦できる腕試し用のコースである。特にシンプルは勝ち抜いてボスを倒せば報酬が多く手に入るので、収集癖のあるファイターにはたまらない、らしい。かくいうスミレもトレーニングがてらに、徐々にホンキ度を上げながら毎日こつこつと通っている。
 今日も今日とてシンプルに挑戦したスミレだったのだが、今回は惜しいところでマスターハンドとクレイジーハンドのコンビに敗北してしまった。ホンキ度の記録更新が叶わなかったのが無念でならず、彼女はぼんやりとため息をつく。

「せめて、私がもうちょっと強かったらなぁ」

 そんなことをぼやきながら本館のエントランスに差し掛かると、ふとひとつの奇妙な集団がスミレの目に留まった。その取り合わせの珍しさに、彼女は思わず足を止める。
 集団の中心にいるのはなんと、あの大魔王ガノンドロフである。しかもあろうことか、彼の周囲に群がっているのはピット、トゥーンリンク、ネス、ピカチュウといった面々だ。
 強面な孤高の魔王であるガノンドロフを、子供やポケモンがいかにも無邪気な様子で取り囲んでいる。元の世界ではネタとして存在していたが、実際に目の当たりにすると圧倒的な違和感が襲いかかってくる。
 何を話しているのだろう。そう思う前に、彼らの会話が耳に飛び込んできた。

「どうしてもダメ?」
「ピカチュ?」

 恐らく大概の人なら陥落するであろうネスとピカチュウの上目遣いに、だがガノンドロフは迷惑げに鼻を鳴らす。

「貴様らが幾らねばろうと答えは変わらぬ」
「えー、ガノンのけちー。いいじゃん、ちょっとくらい」

 トゥーンが唇を尖らせてガノンドロフのマントを掴んで左右に引っ張る。ただでさえボロボロなマントなのに乱暴に扱われては千切れてしまいそうだ。スミレはハラハラしながら彼らの様子を見守る。
 煩わしげに眉を寄せるガノンドロフに対して、今度はピットが攻勢に出た。

「お願いだよ、今度ネクタルご馳走するから!」
「いらん。不老不死なら間に合っておる」
「今なら滋養強壮・精力増進の効果も付いてとってもオトク!」
「余計なお世話だ!」

 ガノンドロフがじろりとピットを睨み付けて歯を剥く。怒っている様子を見せても決して手を上げようとしない辺りは、さすがに分別のある大人である。
 ――ところで、何についてもめているのだろうか。彼らの会話からして、子供達が頼み事をしていてガノンドロフがそれを突っぱねているようだが。
 お互いに譲る気はなさそうだし、このまま押し問答を続けていても結論は出ないだろう。険悪な空気になる前にと、スミレはそっと近寄って控えめに声をかけた。

「あの……どうかされました?」

 すると、こちらに顔を向けたピットがぱっと顔を輝かせた。

「あっ、スミレじゃないか! ちょうどよかった、スミレからもちょっと言ってやってよ」

 可愛らしく頬を膨らませるピットを、ガノンドロフが無言で睨み付けている。その威圧感のせいで軽々しく同意することもできず、スミレはただ曖昧に笑って「何があったの?」と問いかける。するとトゥーンとピカチュウが彼女を見上げてぴょんと飛び跳ねた。

「あのね、俺達、これから勇者ごっこするんだ!」
「ピッカ!」
「勇者ごっこ?」

 一人と一匹の言葉に、スミレは首をかしげる。
 彼らの話によると、それはどうやら乱闘空間を使って行う少し過激な『ごっこ遊び』らしい。大まかな役回りを決めて、勇者が長い旅の果てに魔王を倒すストーリーを演じるというものだ。だが物語の筋を決めたはいいものの、誰も悪役をやりたがらない。このままでは話が成り立たなくなってしまう。そこで、魔王役をやってくれる人を探していたのだそうだ。

「それで、ちょうどそこを歩いてたガノンドロフに頼もうとしてるんだけど……」

 ネスの見上げた先で、ガノンドロフがしかめっ面で腕を組む。

「ふん。くだらぬ遊びは子供だけでやっておれ」
「こんな調子でさ」

 ピットが肩をすくめ、やれやれと首を振る。聞き分けのない子供に呆れるようなその仕草に、スミレはつい笑みをこぼした。現役の魔王を魔王役に誘う時点で、彼らはすでに勇者であるような気もする。
 ――それにしても、悪役か。

「私、やろっか」

 自分の顔を指差してそう言うと、彼らは一様に首を傾けた。気のせいか、彼らの頭の上に小さなクエスチョンマークが見える。

「えっと……何を? ガノンドロフの説得?」
「ううん」

 ネスの問いかけに、スミレは首を横に振る。するとトゥーンが上半身ごと頭を傾けた。そのままころんと転がってしまいそうで、見ていて少しひやひやする。

「じゃあもしかして、攫われたお姫様役?」
「ああっ、それは盲点だった! 勇者に魔王ときたら、あとはお姫様だよね。トライフォース的に考えて」

 ピットのたとえにくすくすと笑いながらも、スミレはやはり首を横に振る。

「ううん。そうじゃなくて、魔王役」

 ……空気が固まった。ネスもトゥーンもピカチュウもピットも、ガノンドロフまで驚いたように口を開けてポカンとスミレを見つめている。
 そのまま数秒の時が流れた。いち早く我に返ったピカチュウが、聞き直すかのように耳に手を当ててこちらに向けてきた。

「ピカ?」

 ――ごめん、ちょっと聞き取れなかったんだけど、もう一回言ってくれない? ……ルカリオのように波導がなくとも、ピカチュウの言いたいことは簡単に読み取れた。スミレは笑顔のままうなずく。

「うん、魔王役やりたいなって」
「……貴様、本気か?」
「無理無理、絶対無理だって!」
「スミレに悪役なんか絶っ対、似合わないよ!」
「そうだよ、何がどうして魔王をやりたいだなんて!」

 その場にいる全員から大バッシングを受けたスミレは少したじろぐ。

「そ、そんなにおかしいかな」

 一同は揃って頷いた。

「だってスミレ、全然魔王って雰囲気じゃないもん。それに弱そうだし」
「う……ま、まぁ確かにラスボスっぽくはないけど」

 歯に衣着せぬトゥーンの言葉がぐさりとスミレの胸に突き刺さる。

「スミレに魔王やらせるくらいなら、まだゼルダとかピーチの方がそれっぽいよな」
「それならパルテナ様だって負けてないぞ!」

 トゥーンの子供ならではの無邪気な言葉に、ピットも対抗するように拳を作って主張する。どうでもいいが、本人に聞かれたら問答無用でぶっ飛ばされそうだ。

「わ、私だってやればできるよ。というか、やらせて。魔王やりたいの」
「そ、そんなに?」
「……やっぱりダメ、かな」

 珍しく自己主張の強いスミレを驚きの眼差しで見上げていたネスだったが、彼女に引く気がないことを悟ったのだろう。やれやれと首を振った。

「仕方ないなぁ。僕は別にいいけど、みんなはどう思う?」
「俺もいいよ。スミレがどんな魔王やるのかちょっと気になるし」
「僕も賛成!」
「ピッカ!」

 どうやら誰も反対する人はいなさそうだ。スミレはほっと笑顔を見せる。

「よかった、ありがとう」
「じゃあ、さっそく乱闘ルーム確保しなくっちゃ!」

 子供達は元気一杯に別館へと駆けていく。追いかける前にガノンドロフに別れの挨拶をしようと振り返ったスミレだったが、口を開く前に頭上から低く唸るような声が降ってきた。

「貸しを作ったつもりか」
「いえ、まさか!」

 彼女は慌てて両手を横に振る。次いでわずかに視線を泳がせると、照れ笑いをしながら肩をすくめた。

「その……実は一回、悪い人になってみたかったんです」
「ほう?」
「強くて格好よくって自信満々で――憧れだったんですよね」

 スミレはそう言いながら、同じ館に住まう『悪役』の面々を思い浮かべる。クッパにワリオにデデデ、そして目の前で悠然と腕を組んでいるガノンドロフ。他人の迷惑を顧みず思いのままに生きている彼らは、みな一様に魅力的だ。
 彼らのように傍若無人に振る舞うことができたら、どんなにか楽しいことだろう。常に自分の評価を崩さないようにと意識しながら生きているスミレは、そう思わずにはいられなかった。
 だから彼女は魔王役を買って出たのだ。『ごっこ遊び』なら誰にも迷惑をかけることなく悪人になることができる。彼の助けになりたいという気持ちも少なからずありはしたが、気分だけでも強い人になりたいという思いが遥かに勝っていたのだ。もちろん、恩を売るつもりなどさらさらない。
 ――さて、そうと決まればどんな悪役を演じてやろうか。一生に一度あるかないかの役どころだ。どうせなら自分のキャラと真逆の、徹底的に高圧的で無慈悲な大悪党になってみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながらにこにこと笑っていると、不意にガノンドロフがその口の端を持ち上げた。

「面白い。では貴様の悪役ぶりを見せてもらうとしよう」
「……えっ」

 思いもかけぬガノンドロフの言葉をすぐには理解できずに、スミレはぱちくりと目をしばたかせた。




 

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