smile! | ナノ


 ボディクリームが少なくなった。出不精なスミレがタウンに出掛けようと思い立ったのはそんな理由からだった。
 昼食後にいったん自室に戻って髪とメイクを軽く整えた彼女は、軽いショルダーバッグを肩に掛けてエントランスへと向かう。その途中で、同じくバッグを持ったルイージとばったり出くわした。

「やあ、ひょっとしてスミレも買い物かい?」
「ルイージさんもですか?」

 頷きながら問い返すと、ルイージは照れ臭そうに耳の後ろをかく。

「うん、ちょっと石鹸を切らしちゃってね。どうせなら、タウンまで一緒に行こうよ」
「そうしましょうか」

 山の中腹にあるスマブラ館からふもとのタウンまでは、徒歩で二十分ほどかかる。館とタウンを結ぶのは、傾斜もゆるやかでよそ見していても転ばないくらい綺麗に整備されている山道だ。二人はとりとめのない話をしながら、木漏れ日の降り注ぐ明るい道をゆっくりと下っていった。

「それでね、カービィったらボクごとシュークリームを吸い込んじゃったんだ。しかも酷いんだよ。彼、コピー能力が出るまでボクのことに気づかなかったんだって」
「あらら。ホント災難でしたね、ルイージさん」
「本当だよ。スミレも気をつけた方がいいよ。彼の目の前でお菓子なんか出そうものなら、問答無用で食べられちゃうから」
「そうします。乱闘外でまで食べられたくないですしね」

 ルイージとの会話は思いの外楽しいものだった。彼はマリオの影に隠れて目立たないせいか、それとも天性の運の悪さゆえか、見ているこちらが気の毒に思うような目に遭うことが多い。つまり、その手の失敗談や笑い話に事欠かないのだ。それを少しの自虐を交えて面白おかしく話すものだから、聞いているうちについつい引き込まれてしまう。
 そんな調子で話に夢中になって歩いていると、いつの間にやらタウンの入り口に着いていた。

「そういえば、スミレは何を買いに来たんだい?」
「保湿クリームです。あとついでに、何かお茶菓子でも買おうかなって」
「じゃあ、途中まで一緒だね」

 そういえば、とスミレは先程聞いた彼の言葉を思い出す。ルイージは確か石鹸を買いに行くと言っていたはずだ。それならば、どちらの用も薬局へ行けば事足りるだろう。スミレは微笑みながらルイージに頷いた。




 二人の目的が果たされるのは早かった。お互いすでに買うものが決まっていたため、さほど時間をかけずに済んだのである。薬局の入口で別れてわずか数分後にレジの前で再会した時は、顔を見合わせてつい笑ってしまった。
 スミレが購入した保湿クリームは、ピーチイチオシのブランド物である。以前安物を使っていたのを見咎められた際に「女の子なんだからもっと気を遣いなさい」とお叱りを受け、スキンケアの重要性を長々と説かれると共に薦められた一品である。
 プリンセス御用達の品とあって少々値は張ったものの、連日フォックスと乱闘しているお陰で財布には余裕があった。例え特訓目的であっても、乱闘をすればきちんとファイトマネーが出る仕組みは本当に助かる。
 ――そうして買い物袋を提げたスミレは、ルイージと談笑しながら町の大通りを歩いていた。

「すみません。お菓子選びにまで付き合ってもらっちゃって」
「そんな、気にしなくていいよ。特に予定もなかったし、ボクだって色々愚痴を聞いてもらっちゃったから――あっ」

 何かを見つけたのか、ルイージが不意に立ち止まった。不審に思って彼の視線の先をたどったスミレは、その光景に「あら」と思わず声を漏らす。

「いいじゃん、俺らと遊ぼうよ」
「そうそう、そんな仕事ほっといてさ。すっげーいいとこ知ってんだよ、俺ら」
「やめてください、迷惑です……」

 チャラっぽい男性二人組に、アイスクリーム屋の真面目そうな女性店員が絡まれている。なんて古典的な誘いかただろうとスミレは一瞬感動すら覚えてしまったが、絡まれている本人はたまったものではないだろう。現に、うつむいた女性の表情は心底迷惑そうだ。

「ナンパ、ですかね」
「うーん……どうもそうみたいだね。よし、スミレはここで待ってて。ちょっと行ってくるよ」
「えっ? だ、大丈夫ですか?」

 意外な申し出にスミレは瞠目した。困っている女性を助けるのはもちろんいいことではあるのだが、普段のルイージの頼りなさげな物腰のせいか、ちっとも丸く収まる気がしない。不安を隠しきれないスミレに、ルイージは安心させるように自分の胸をとんと拳で軽く叩く。

「大丈夫。確かに怖いけど、ボクだってファイターだからね」
「……気をつけてくださいね」
「うん、任せといてよ」

 そうしてルイージは意気揚々とナンパ男達の元へと向かっていったのだが――。

「あの、君たち……ちょっといいかい?」

 やっぱりダメそうだ。声が小さいし、何より若干腰が引けている。

「ああ? 邪魔すんな――って、ンだよ、ヒゲかよ」
「日陰者がなんの用だよ。俺ら今忙しいの。分かる?」

 しかもさっそく反撃を受けてしまった。仮にもルイージは常人よりも遥かに強いファイターだというのに、相手方に動じる様子が全く見られない。どうやらかなり舐められているらしい。
 日陰者と蔑まれたルイージは、だが怒って手を出すこともなく困ったように眉根を下げて笑う。

「でもその人、だいぶ困ってるみたいだよ。やめてあげられないかなぁ、なんて。あはは……」

 スミレがはらはらしながら見守っていると、男のうちの一人がどんとルイージの肩を強く突き飛ばした。

「うわっ」
「うっせーんだよ、ヒゲ」

 ルイージは倒れこそしなかったものの、たたらを踏んで後ずさる。ナンパされていた店員はそんな男達とルイージをおろおろと交互に見やっている。
 ――ああ、もう見ていられない。スミレはぎゅっと買い物袋の取っ手を握りしめると意を決して足を踏み出した。

「あの、すみません」

 控えめに声をかけると、その場の四人が一斉に振り返った。自分に向けられる複数の視線にたじろぎながらも、スミレはあえて無防備に見えるよう意識しつつ穏やかに微笑む。

「少し、申し上げたいことがあるのですが――」




 午後の日差しが木々の間からこぼれる中、二人は穏やかに談笑しながら山道を歩いていた。

「あのアイス屋さん、美味しかったですね」
「スミレがうまく事を収めてくれたお陰だよ」
「思ったより、あの二人の聞き分けがよくてよかったです」

 結論から言うと、ナンパをしていた二人組は穏便に説得することができた。のみならず、もう二度とあの女性店員や彼女の勤めている店に迷惑をかけないとまで誓わせたのだ。そのお礼として、スミレとルイージは店からアイスクリームをサービスしてもらったのだった。
 では、あの一触即発の場をどのように収めたのかというと――。

「でも本当にびっくりしたよ。まさか、あそこで突然ナンパ講座を始めるなんてね」
「いえ、そんな講座だなんて……って、その言い方じゃまるで私がプロのナンパ師みたいじゃないですか」
「ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」

 ルイージは笑いながら謝る。スミレも別段機嫌を悪くしたわけではなかったので、「分かってますよ」と言って軽く肩をすくめた。
 スミレが男達にしたことは実に単純だ。まず二人のナンパ方法の問題点を指摘し、それが引き起こしうる事態を分かりやすく説明する。その上で、具体的な解決策を提示したのだ。ピーチがスミレにお高いボディクリームを薦めたのと同じ手法である。

「私はただ、あの人達がもう少し、女の子の立場や心情を考えてくれるようになったら嬉しいなって」

 自分のために相手を思いやること。スミレが言葉を尽くして彼らに主張したのはその一点である。
 自分の振るまいを他人がどう思うか。それを踏まえてどう行動すれば人の心をプラスに動かすことができるのか。そういった想定を元に動くことでもたらされる自分たちの利益――この場合はナンパの成功である――について、彼女は解説を交えつつ懇切丁寧に伝えていった。
 最終的に「師匠、マジリスペクトっす!」とやたらキラキラした目で見られるようになったことはさておき、これで彼らがナンパで誰かに迷惑をかけることはなくなっただろう。たとえ自分のためであれ、人の事情に思いを馳せるだけで行動はだいぶ違ってくるはずだ。

「それにしても情けないなぁ、ボク。困ってる人を助けるどころか、逆にスミレに助けてもらっちゃったし」

 ルイージはそよぐ木の葉を仰ぎながらそうぼやく。だが、スミレはその言葉にゆるりと首を振った。

「いいえ、助けられたのはこっちですよ」

 きょとんと瞬きをするルイージに、彼女は微笑みかける。

「ルイージさん、真っ先にあの人達に向かっていったでしょう。あれで、私も何かしなきゃって思ったんです。私一人だったら、怖くて逃げちゃってましたよ」

 今でこそファイターという職業に就いているが、スミレは元々日本で平和に暮らしていた平々凡々な一般人だ。名も知らぬ女性一人のために男二人に立ち向かう気概などない。
 そんな彼女がなけなしの勇気を振り絞って動くことができたのは、ひとえにルイージのお陰である。
 普段は気弱で頼りない彼が、恐怖に臆することなく人助けに向かっていったこと。ファイターである彼にとって相手を力で伸すことは容易であるにもかかわらず、あくまで穏便に諌めようとしたこと。そんな彼の勇気と優しさに、強く心を揺さぶられたのだ。
 自分より大きな男性二人と相対して冷静に対処することができたのも、ルイージが傍にいてくれているという安心感のお陰に他ならない。
 彼は自分で思っているよりも、ずっと誰かの力になっているのだ。

「ルイージさんがいてくださったから、頑張れたんです」

 そう言って笑いかければ、ルイージは驚いたように目を瞬かせ、次いで照れ臭そうに頬を赤らめた。彼はスミレから顔をそむけると、緑の帽子を目深に被り直す。

「そっか。……うん、そっか」

 うつ向いて呟く彼の口元には、隠しきれない喜びの色が見て取れた。




 

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