無一郎くんに罵られたい



──柱稽古というものが始まった。

こんな貴重な経験はまたとないといっていいに違いないし、たぶんこの先二度とないだろう。

柱でもない一隊士である私だが、鬼との最終局面が近いのは薄々肌で感じとっている。

停滞していた時が動き出すのは、いつも突然で。
動く時は一気に、だ。


「やばい……やたら震える……」

今まで弱い鬼ならたくさん狩ってきた。
下弦の鬼と対峙したこともある。
その時は死を覚悟したけど、運良く私は生き残り、そして下弦の鬼の止めを刺した柱を手伝ったと評価され、その時に階級もそこそこ上がった。

だけど、たぶん私の命なんて一瞬で奪ってしまうであろう上弦の鬼や鬼の当主と対峙することを考えたら、悪寒がぶわっと一気に全身を覆う。
これを止める手だてがあるなら、教えて欲しい。

「……何してるの?始めるよ」

不意に声をかけられ顔を上げた。
そこには綺麗な顔がある。
女性隊士の中で美少年とひっそりと噂されている霞柱時任無一郎くんだ。

冷たい眼差しでそう告げると、彼はぶわっと竹刀を振り下ろしてくる。

「わっ」

それを打ち返すことはできたが、今度はがら空きの下半身を狙われた。
足払いを見事に決められて、私は背中を強く打つ。

と、同時に「次」と彼は違う隊士へと目を向けた。

それから連日の、冷たいダメだし攻撃に段々と精神が安定してくる。
というか、彼の冷たい言葉にゾクゾクし始めた私は実は変態だったのかもしれない。

少しではあるけど、年下の彼に凍てつくような氷の瞳で「下手くそ」やら「脳味噌何も詰まってないんじゃないの」「本当に物覚えが悪いよね」と罵られるのが快感になってくる。

「ふふ、ふふふ」

ニヤニヤと彼との稽古を楽しんでいたら、私はいつの間にか彼の攻撃を避けれたりはね返せたりできるようになった。といっても完璧ではないが。

「うん、いいよ。重心の移動も卒なくそなせるようになったし……次の柱のところにいったら?」

「え?!」

完璧ではないというのに、たった二週間で無一郎くんとの稽古が終わってしまう。
私はその頃には絶望を感じてしまうほどになってた。
しかもニコッと僅かに微笑んでくれた無一郎くんに「違うんですっ!!せめて見送るにしても罵って下さい!!」と大声で叫んでしまう。

「……本当に気持ち悪いよ。君」

「はぁっ!ありがとうございますっっ」

気持ち悪いと罵られてきゅんっとしてしまった。
ゴミ屑を見るような目で見られて、もう幸せいっぱいである。
これならば、鬼に殺されてしまってま悔いは無い。

「……ねぇ。そう言えば君、名前なんだっけ」

「藤埜夢ですっ」

「そう、夢。もう戻って来ないでね。その顔本当に虫唾が走るから」

「し、幸せ……!」

本当に全ての虚無を抱えたような瞳で真っ直ぐにそう言われて、私は爛々とスキップして次の柱稽古である、恋柱の甘露寺蜜璃さんのところに向かうのだった。


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