騙してごめん
「……コ、殺しテ……コろシて」
「……夢さん……っ」
目の前で金に近い黄色の髪と瞳をしている少年の双眸から、ぽたぽたと温かい涙が零れ落ちている。
それは地面に大量に散らばっていた赤い血液と混じりあって、なんとまぁ綺麗なんだろう。
殺してと幾度と呟いて、少年の強い決意の表情に安堵した。
きっと一瞬だ。
失う瞬間はいつも、あっという間で。
私は十歳を過ぎた頃、この容姿が男を操るのに都合がいいのだということに気づいた。
耳煩わしくない甘えた声音の出し方、男をその気にさせる、ちょっとした身体の触り方。
男たちが好む仕草に表情。
全てわかったのだ。
十八の頃には、完璧な才能とちょっとしたそんな努力で、町の人気者になっていた。
田舎町ではあったが、そこそこの規模の町だとすれば、暮らすのに不便ではない。
だが、私はもっと都会に住みたかった。
きちんとした学校も大きな病院がある都会に。
その為にはまだまだ金がいる。
そんな時だ。
我妻善逸という少年に出会ったのは。
歳は私より下。
黒の髪と瞳が田舎者臭い子だった。
ヘラヘラと笑って、いつも私の嘘を信じてはお金をくれる。
馬鹿な……男。
時折、とても鋭いことを言ってのけるのに、それでも私の真実よりも闇を選んでいた。
愚かで、情けなくて、話すだけでウンザリする。
「夢さん!見てみて!道に咲いてた花だよ!可愛いくて綺麗でしょ、君みたいだから君にあげたくて」
「そこらに咲いている花なんて雑草じゃない!雑草なんていらないけど、でもいいわ。貴方に殺それた花の命が可哀想だから、貰ってあげるわよ」
「……、……ひひっ」
「き、気持ち悪い笑い方しないで頂戴!!今度は高価な花束でも持ってきなさいよ!」
彼にだけはいつも始めから最後まで、ずっときつく当たっていた気がする。
それなのに我妻善逸はめげなくて、何度も何度も私に声を掛けてきた。
私がまったく反応しなくても、冷たくても、ヘラヘラとあの笑みを浮かべて。
それから暫くしてからだろうか。
私以外にも貢いでいた女たちが居たらしい。
我妻善逸の借金は六十万ほどに膨れ上がっていたとか。
そして借金取りに滅茶苦茶に殴られ蹴られた彼を引き取った人がいた。
もう少しで彼が死んでしまうのではと思っていた私は、少しだけ安堵する。
……同じように貢がせた女の内の一人だというのに、なんて身勝手な女なんだろう。
誰かに言い訳するかのように私はそっと自嘲した。
それから暫くして、私はやっと都会へ引っ越すことになった。
嬉しくて嬉しくて、流行る気持ちで家路に着く。
一番に報告するのだ。
──誰ニ?
私はその為にお金を貯めたのだから。
──男タチニ貢ガセタダケ。
止めて、訳の分からないことを言わないで!
──ソレヨリモ モット食ベヨウ?
食べる……?
──ホラ、ソコニ残骸ガ転ガッテルヨ。
大きく目を見開き、私は絶句した。
口元から涎のように垂れ下がる液体は、ヌルヌルとした鮮血。
歯に挟まっているのは、人の肉だ。
人の肉は、床に転がっている妹と弟たちのものだった。
「俺はね、夢さん……」
優しい声が聴こえる。
「夢さんが都会に行きたくて、たくさんの男たちから貢ぎ物やお金を貰っていたのは分かっていたんだよ。分かっていたんだけど……」
グッと、背中の当たりを掴まれた気がするが、顔の向きが明後日の方向に向いていてわからない。いや、身体よりも頭が離れた場所に転がっている気がする。
「病気の妹さんと、小さな弟たちがいて、いい病院といい学校に通わせてあげたかったからだっていうのも分かってた」
「……ア」
「だって、道端に咲いていた花ですら大切に持ち帰ってくれて、飾ってくれていたのもしっているから」
「……騙して……ごめん、ね」
私は感じていた。
私はもう死んでこの世から消えるのだと。
だから、最後に彼に謝った。
彼のことは大好きだった。
どこまでも単純で優しくて温かくて。
嘘をついているのに見透かしたような瞳で、嘘を飲み込んで信じてくれる彼が。
「……こんな俺なんて、騙してくれて良かったんだよ。俺より君が幸せになれるなら……っ」
「あ、ありがとう……っ」
涙が零れ落ちる。
もう摘み取られ折られた花は死んでしまうだけ。
だから、そんな花の幸せを願うより、どうか……。
──貴方が、誰かと幸せな家庭を作っていけますように……。
精一杯神様にお願いした。