君は俺が嫌いなようだ



「……っ、…………はー……」

ごくごくと、勢いよく湯呑みの中の薬湯を飲み干せば、眉根に寄ったシワを張りつけたまま、アオイちゃんは不服そうに吐き出す。

「大人しく飲み干しましたね……」

「え?飲み干さなくても、体治るなら飲まないんだけど」

「飲み干さないと治りません」

彼女はぴしゃりと言葉を被せて、湯呑みを俺の手から取り上げた。

そのツンツンとした態度に、アオイちゃんはなんでいつもそうなのかなぁと彼女の顔を覗き込む。

「……な、なんですか!」

「いや〜何も」

ニコリと笑みを貼り付けて首を傾げたら、はぁっとあからさまに嫌そうな溜め息を吐き出した。

「……貴方の前にそのベッドにいた人が、とてもも煩い人で。この薬でしか元の身体に治らないと言っているのに、毎日毎時間叫び出したので」

ーーあぁ、あの子かなぁ。
なんて、ぼんやりと思った。

その子は黄色い髪の子だ。
俺より歳は三つか四つ下。
あの蜘蛛山でも、彼の声はよく通って響いていたから、薄らと記憶に残ってる。

俺はその時、ほとんど蜘蛛になり掛けてて、赤ちゃんの手足みたいに縮んだ手が、蜘蛛の脚のように変形し始めていた。

「……あの子、カッコよかったよ。まるで稲妻みたいで」

「煩い方でしたし、カッコよかった……?」

見る見るうちにアオイちゃんの眉間により深い皺が刻まれる。
どうやら彼のことは苦手なようだ。

「……私、軽薄な人は──」

「ねぇねぇアオイちゃん、俺がきちんと手足戻ったら、デートしよう?」

「──話聞いていましたか?軽薄な人は嫌いなんです」

パァンっと手拭いを額に投げつけられる。

それを手にした時には、もう部屋からアオイちゃんの姿はなかった。



この蝶屋敷に移動してきて、今日で三日目だ。
俺を助けてくれた蟲柱の胡蝶しのぶ様によると、つい先日までここに蜘蛛山を生き残った新人三人が滞在していたらしい。

彼らのおかげで救われた命でもあるため、胡蝶様だけではなく彼らにもお礼を言いたかったのだが、すれ違ったなら仕方がなかった。

今はただ、黙って治療に専念しようと思っていたのだが、どうにもアオイちゃんのことが気になってしまう。

あの、どこかピィンッと張り詰めたような空気感が心配になるというか。
……なんて。
違うな。
これは恋なんだろう。
きっと俺は君に一目惚れをしたのだ。

「あー……どうしようかなー」

いまだ縮んだままの手足をじたばたとしながら、俺はベッドの上で身悶える。

「……どうしたんですかぁ?」
「うわっ?!」

顔を上げると、すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんの三人が俺の寝ているベッドを取り囲むように立っていた。
しかもどうやらニヤニヤと楽しそうなその様子から、先刻までの俺の様子を隠れて見られていたみたいだ。

「アオイちゃんって恋人とかいるの?」

「アオイさん、お付き合いしている方はいらっしゃらないと思います〜」
「アオイさんのこと好きなんですかぁ?!」
「きゃ〜」

三人はそれぞれの反応をしながら、パタパタと両手を振り回している。
もうこうなったら、この子達から色々とアオイちゃんの情報を聞き出してしまおうかなんて考えていたら「騒がしいですよ!!」とアオイちゃんが廊下に仁王立ちしていた。

三人はきゃーっと逃げていく。

そんな三人を見送りながら、アオイちゃんは深い溜息を吐き出していた。

「……まったくもう!」

「アオイちゃん」

「なんですか?藤埜さん」

「アオイちゃんの好みは?あと好きな食べ物とか」

軽蔑してますと言ったジト目が俺に向けられる。

「……嫌いなタイプならお答え致します」

キリッとした表情でアオイちゃんが俺を睨みつけて、その瞬間胸が苦しくなり、鼓動が激しく音を立てた。

「貴方です」

「うわぁ、キュン死にするかもっ」

「きっ?!ちょっといい加減にしてくださいっ!私は貴方が嫌いだって言ってるんですよ!」

「うわぁ、俺ドMだったのかな?!アオイちゃんにならもっと罵ってもらってもいいよ!」

「はっきり言いますが、気持ち悪いですっ!!」

ふふふっと笑ったらアオイちゃんは心底気持ち悪そうな目で俺を見たあと、黙ってどこかへ消えてしまった。

治療完了までまだまだ時間があるし、どうやら機能回復訓練も蝶屋敷で行ってもらえるみたいだ。

つまりはまだまだアオイちゃんと一緒にいられるということで。

「よしっ。がんばろうっ!」

ぐっと握り拳を振り上げたつもりが、短い手ではカッコつかなかった。



「……それ以前に」
「全然かっこよくないですぅ」
「藤埜さん……可哀想に」

影で三人娘がそんなことを口にしているとは、まったく気づかなかったのだった。


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