泣きたいのは俺

「……詩織ちゃんの風呂覗いたつぅ話ってホンマなん?」

そう詰め寄ってきて、俺の両肩に両手を置いている氷帝の忍足さんの目は、丸眼鏡のレンズ向こうで一切笑っていなかった。というより、光が入ってなくて余計に怖い。
心閉ざしてる、この人心閉ざしてるんだけどっ!

「覗いたんじゃないです、あれは……ただの事故で……」

大体なんであの夢野との初対面を知っているんだ。

「……いや、向こうで不二くんが言っとったで。それより、事故でも、見てもうたことに変わりないやろ?」
「改めて言うなや、白石ーっ!!」

忍足さんの後ろに立っていた、四天宝寺の白石さんと謙也さん(忍足さん二人いてややっこしいからこう呼ぶことにした)の二人はぎゃあぎゃあと騒ぎ始めていたが、問題は白石さんの台詞である。

兄貴が……なんだって?

「し、失礼しますっ」

忍足さんたちを押しのけ、白石さんが指さしていた林の中に駆け出した。
何を考えてるんだ。あの馬鹿兄貴っ!
夢野に好意を抱いているようなヤツが多いのは、合宿が始まった瞬間に気づいている。


「……ねぇ」

「今忙しいんだよっ」

「こっちも急用。アンタさ、詩織センパイの風呂、覗いたの?」

「……っ!」

越前の台詞に足を止める。とりあえず、覗くつもりがあって覗いたわけじゃないということだけでも知ってもらわなければ。

「だからあれは――」
「待ちんしゃい、越前。教育は先輩らに任せるぜよ」
「仁王先輩っ、アイツは俺にやらせてくださいっ」
「待って。……不二裕太くん、だっけ。……君、五感失いたいんだってね?」

頭の中が真っ白になった。
仁王さんの眼光は鋭く、切原の目が赤みを増している気がする。どうしよう、コイツ悪魔化するんじゃないだろうか。
それに加えて、幸村さんのまったく笑ってない綺麗な笑顔が一番怖い。
五感失いたいわけないじゃん。テニス続けたいに決まってるだろ。ふざけんな。

「……あ。覗き魔って君?……俺が今更出て行っても……な感じだけど、俺だって言いたいことぐらいあるんだけど……あーあ、こんなイライラするのも覗くやつが悪いよなぁ」
「ちょ、伊武さっきからうるさいっすわ」
「いつものことの気がするけど。でも財前、集団でってのは可哀想じゃないか?」

「……んふっ、裕太くん。逃げようとしても無駄ですよ」

「そんな観月さんまで!」

いつの間にかほとんどのヤツらに囲まれて、観月さんに観念しなさいと言われた瞬間に言葉にならない叫び声を上げていた。
兄貴に対する台詞だったのか、不可抗力だったことを訴える台詞だったのか、自分ですらわからない。

だけど、たった一つだけわかったことがある。


「……クスクス、裕太。すごい寝言言ってたけど、どんな夢見てたわけ?」
「きっと観月に何かされてた夢だーね」
「うわぁあ、木更津先輩、柳沢先輩ーっ、超怖かったっすよーっ!!」

薄暗い部屋の中を確認して、俺の寝顔を覗いていたらしい二人に泣きついた。
全身汗だくな自分に夢で良かったと安堵する。



次の日、とりあえず、兄貴に絶対あの時のことは他言しないでくれと頭を下げたのだった。

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