どこまでも

「……週末、予定はないのか」
「え?ないけど……さ、寂しいヤツとか思われてるとか?!」
「……いや、映画の券を貰ったんだ」
「な、なんだと?!……あ、わかった!ホラーでしょ?!それとも未確認生物的な……!」
「……」
「いだっ?!」

大声で騒ぐ夢野があまりにもウザかったので頭の中心にある渦部分目掛けて拳を振り下ろした。
涙目になりながらも、まだぶつぶつ口に出している夢野には妙に感心してしまう。

放課後、図書室に篠山からオススメされた辞書を借りにいくのだと口にしていた夢野について行き、人通りの少なそうな廊下で話題を出しはしたのだが、もう既にこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

「……普通の、映画だ。夏休みに田舎で過ごす少年の成長物語だったはずだが」
「わぁ見たい!」

目を輝かせた夢野に「だから見に行くかと聞いているだろ、物わかりの悪い奴だな」と悪態をつけば、「デートのお誘いみたいだね!」と笑われた。
……みたいじゃなく、そのつもりだとは口には出来ず、そして何故かその時は否定することもできなかったのだった。
馬鹿みたいに煩かった心臓と、見えない箇所に浮かんだ大量の汗が気持ち悪かったことだけは覚えている。




当日、待ち合わせ時間よりも三十分早くについたのだが、何故か既に夢野もいて気まずかった。必死に「俺は待ち合わせにはいつも三十分前に着くようにしている」と言い訳を口にしてから後悔する。
……これから三十分前行動しなきゃいけないのかと思うと憂鬱で、そして「すごいねぇ。私は映画が楽しみ過ぎて早く来ちゃったんだよー」と笑った夢野が反則的で。

そこから映画が終盤にさしかかるまで、ほとんど記憶がない。
自分が何を話したのか、夢野が何回馬鹿をやらかしたのかあやふやなのだ。ましてや映画の内容など脳に入ってくるわけがない。

ただ、終盤にふと気付いた時には夢野が隣で泣いていて、そっと涙を拭ってやろうと手を伸ばした。
だが至らなかったのは、すぐ後ろから聞こえた嗚咽が聞き覚えのあるものだったからだ。

「……うっ、ふっ、いい話ッスね、丸井先輩……っ」
「うわっ、ちょ!赤也、鼻水出てる!今、ハンカチ貸してやるから!ジャッカルが」
「俺かよ!」

エンディングのスタッフロールが流れる大画面を背に、恐る恐る振り返ったら桑原さんと目があったので慌てて前を向く。

それから、前方の席で帰ろうと席を立っている二人組に思わず舌打ちしてしまった。
青学の大石さんと菊丸さんで間違いない。


「……いい話だったけど、騙されたよ。河童が出てきた……」
「何を言っている。河童は実在するに決まっているだろ」

はっきりと言い切ってから、館内が完全に明るくなった瞬間に帰ろうと席を立とうとした夢野の手を掴む。
……できれば、他のヤツらに見つかりたくない。

だが次の瞬間にはそれは幻だったのだと気付かされた。

「出ないのか、アーン?」

「…………そういうことですか」
「あれ?!跡部様に忍足先輩……ってか、切原くん?!え、菊丸さんたちも同じ映画見てたんですか?」

わけがわからないといった夢野を横目で見ながら、深いため息を吐き出す。
……この中途半端な外出は、やはりデートと呼べるべきものではなかったのだ。


はじめからわかっていたはず。

わかっていたくせに、ほんの少し、何かを期待していた俺は馬鹿なのだろう。



「……下剋上だ」

ぽつりと呟いたセリフは囲まれている小さな背中に向けた。

今は、難攻不落の城であればいい。
いつか、必ず。

backgo
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -