止まない雨は
――その日は大雨だと朝の天気予報で言っていた。
「だから俺は真っ直ぐ帰ると言っただろ。CDなんて明日で良かったんだ」
「だって若くんがクラシックに興味を……!だからっ」
同じ空を見上げながら、握り拳をぶんぶんと上下にふる夢野にため息をつく。
それから夢野の部屋の窓を閉めて、視線をぐるりと動かした。
パンダだらけのその空間が落ち着かないのか、夢野の部屋だからかと言われたら恐らく後者だ。
「……傘を貸してくれ。今ならそれほど濡れないだろうからな」
「こ、こんなものしかござらぬが……」
「……ふざけるなよ」
取り出されたパンダ柄の傘に眉間にしわを寄せれば、夢野は「ふざけてないよ!私のパンダ三十号に謝って!」と大真面目な顔をしてそう言う。
……だとしたら最悪だ。
「……まぁまぁ止むかもしれないし。それまでお茶でも。あ、夕食食べていってくれてもいいよ!たぶんペペロンチーノなら材料的にできるはずっ」
「……お前の頭と同じぐらい空っぽだな」
冷蔵庫を一度開いてすぐに閉じた夢野に溜め息を吐き出す。
夢野は聞き流すように下手くそな鼻歌を歌いながら、お茶をいれていた。
……なんで俺が夢野の部屋にいなきゃいけないんだ。
油断すると緩んでしまいそうになる口元を引き締めながら、俺は落ち着かず腰を下ろせずにいた。
「……ふふふ、緑茶でござる」
たぶん先ほどから、テンションのおかしい夢野も緊張しているんだろう。
無理している様子にまた溜め息をついた。
稲妻が走り雷鳴が轟いたのはそのすぐ後である。
「……っ」
目を見開き、夢野は湯呑みを手放し、勢いよくベッドにダイブした。布団を頭から被り丸くなって震える様子に呆気にとられる。
「……夢野」
「だだだだ大丈夫だから!いいいつもこれでやり過ごすからっ!」
そう叫んだ夢野は絶対に大丈夫ではない。
「……せめて、手を握らせてやる」
「お母さんお父さん」と呟いた声に俺は無意識にベッドに腰をかけていた。
そっと手をさしのべたら、無言でぎゅうっと震える手で握り締められる。
少し冷たい手は、ヴァイオリンを弾くからかたこが出来ているようだ。
「……CDを借りに来て良かったかもな」
雷が収まったのは、それから数時間後で。
土砂降りの雨が上がったのは、真夜中過ぎだった。