こんなにも愛しい人たち

「夢子ちゃん、おはよー……って、あれ?」

いつものように起きて着替えを済ませた頃に、佐助さんがノックをして部屋に入ってきてくれたのだけど、キョロキョロと部屋を見回してから出て行かれてしまう。
部屋の中心にいた私の姿がまるで見つからなかったかのように。

「佐助さん」と声を出そうとしたのに、何故か音に鳴らなかった。

その時、ふっと鏡台に目線をやれば、映るはずの私の姿がまったく見えないことに気づく。

……う、嘘。
もしかしなくても、私は今、小説や映画で見たことのある透明人間とやらになっているのではないでしょうか。

そっと伸ばした手は確かに私の頬に触れ、温かな肌の感触を感じた。

どうしよう、と思いつつ、異世界の戦国時代からやってこられたあの方たちが来られてから何度かおかしなことが自分の身に起こっているので、そこまでの焦りはなかった。
今までもそうだったし、大体半日経てばいつも元に戻っている。

ただ、皆さんが心配されるかもしれないから、早めにこの状態になっていることを知らせなければ。

幸い物に触れることはできるので、知らせることはできると、居間に向かった。


「なんだって?!アタシの大切なお嬢がいない?!」

居間に入ってすぐにもの凄い剣幕で、菊ちゃんが怒鳴っている。
何故かその様子に思わず足が止まった。

「いやいや菊チャンのじゃないから。こほん、俺様と風魔、かすがで屋敷中探したんだけど……どこにも姿がないんだよねぇー」
「……」

佐助さんの言葉に同意するように小太郎さんとかすがさんが小さく頷かれる。

「……hum、おかしいな。確かに明け方にはhoneyは寝床にいたぜ」

「……政宗様、どうしてそのようなことを知っていらっしゃるのですか?」

「Ha!小十郎、honeyの部屋に入ってsweetな寝顔を見つめ――」
「死ね伊達馬鹿宗っ」
「破廉恥でございまするーっっ」

政宗さんが菊ちゃんと幸村さんに殴られた。私が立っていたすぐ横の壁に突っ込まれ、大きな穴があく。

「……政宗さん、幸村さん、菊一さん、お給料から引かせていただきますね」

淡々と無表情でそう言われたのはお父さんの秘書、桐谷さんだった。
どうやら今日はお父さんとは別行動らしい。

「……ふむ、それにしても妙なことよ」
「ヒヒヒ、我らはこの居間で夜通し読書していたが、夢子は通っておらぬよ」
「……僕も明け方に目が覚めたから、自室にいたけれど……夢子君の足音はしなかったな。煩い君たちとは違って彼女は特徴的だから」

次に元就さんと刑部さん、半兵衛さんが声を発されれば、皆さんの話を聞いていた謙信さんが首を傾げられる。

「そうですね。わたくしもあけのみょうじょうとつきをながめながら、にわをさんさくしていましたが……あのこがそとにでてきたけはいはありませんでした。それに、でいりしたものもいません」

「……ゆ、誘拐じゃなければ神隠し?!」

「ちょ、菊ちゃん!それはいくらなんでも……なぁ、夢吉!」
「ウキキー」

慌てた様子の菊ちゃんを慶次さんが夢吉くんと宥められた。

「だが、まじで夢子は一体どこに消えたっつーんだ?」

「夢子に限って小生らから隠れて遊んでいるわけじゃなさそうだしなぁ」

「隠れていたとして、忍びに気配を気付かせずにいれるはずがないだろう。私たちではないのだ、夢子は」

元親さんの妙に焦ったような顔、官兵衛さんの心配そうな顔、三成さんのイライラしている顔にきゅうっと胸が締め付けられた。
三人だけじゃなく、他の皆さんも私の身を案じてくださっている。

早くここにいることを伝えなければ、そう思うのに何故か足が動かない。

「……また梟さんの仕業ではないでしょうねぇ?」

「卿には悪いが、今回ばかりは私ではない」

「フフ、どうでしょう?斬ってみたら、また違う真実が見えるかもしれませんよー」

「Hey,stopだ!変態。……今やり合ってる場合じゃねぇだろ。俺のhoneyが消えたんだ」

「いや、政宗殿のわけでは……うぉおー、夢子殿ぉぉうっ、出てきてくだされーぇえ!この幸村、一生のお願いでござるーっ」

「……うるさいわっ!」

がんっと元就さんがもの凄い大声をあげられた幸村の後頭部をお皿で殴った。

「……(もう一度探す)」
「私もいこう、風魔」
「……長政様、市も……夢子を探したい、です」
「うむっ」
「慶次っ、貴方も探しなさい!未来の前田家の嫁となる方。負けてはなりませんよ!」
「わ、わかってるけど」

「……う」

胸が痛いのは罪悪感でしょうか。

皆さんが必死に私を探してくださっている。

それなのに、すぐに皆さんに知らせようとしなかった私。
きっと、心の奥で本当に皆さんにどう思われているか知りたかったからかもしれない。

「うぅっ」

声にならない声を上げた。壊れてしまった笛のように、かすれた音しか耳に届かない。
そのはずなのに

「「待って」」

飛び出そうとする皆さんを制止したのは、佐助さんと半兵衛さんだった。

「……は、半兵衛様?」

三成さんが首を傾げると、半兵衛さんは佐助さんとともに私のすぐそばまで近付いてきた。

「……あぁ、なんだ。君、こんなところにいたの」
「あはー、俺様も気づかなくてごめんねぇ?」

彼らから見れば何もない空間。
でも確かに半兵衛さんと佐助さんは私に向かってそう言葉を吐いた。

「……あぁ、本当ですねぇ。これは仔羊の匂いですよぉ」

「おい、猿飛。本当にそこに夢子がいるのか」

ニヤリと笑われた光秀さんに続いて、小十郎さんが声を上げられる。
それと同時に小太郎さんが私の近くで息を吸われた。

「……、……(たしかに、夢子の香りだ)」

「右目の旦那も風魔みたいにちゃんと信じてくれなきゃ。……たぶん、この辺りが胸」
「?!」

吃驚した。
つんつんと佐助さんが私の胸を指でつつかれたのだ。感触が伝わったのか佐助さんは満面の笑顔で「正解みたい」と笑われる。

「は、破廉恥!」
「つか殺す、忍クン沈めてやるっ」

「こんなことぐらいで鼻血など、精進が足らぬぞ幸村ぁあ」と信玄さんに殴られた幸村さんと、もの凄い勢いで佐助さんにつかみかかった菊ちゃんとほぼ同時に、今度は半兵衛さんが私を抱き締められた。

「……ヒヒ、見た目はあれだが……」
「夢子がそこにいるとわかったら、腹立たしいわ!鬼よ、竹中を夢子から引き離せ」
「おう!って、何自然に命令してんだよっ」

半兵衛さんの息が耳にかかり、騒いでいる皆さんの台詞がうまく耳に入ってこない。

それと同時にボロボロと涙を零してしまって、もうどうしたらいいのかわからなかった。



結局、姿が見えるように元に戻ったのはお昼過ぎで、何が原因だったのかもわからなかったけれど。

ただ、大好きな皆さんに大切に想われていることが嬉しくて、暫くゆるゆると頬の筋肉が緩みっ放しで情けない顔で過ごすことになったのでした。

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