またこうして時間を過ごせたら
「……それは本当か、及川」
「もう本当の本当!同じ家庭科部の子が見たって……!」
及川の真剣な顔に俺も同じように返した。
やはり氷帝学園七不思議は実在したのだ。
ぶつぶつとお経らしきものを唱えている夢野をちらりと視界に入れてから、及川に詳細を尋ねようとしたら篠山が溜め息をついてきた。
「……タマ、いい加減にしなさい。そんな非現実的な話、馬鹿みたいよ」
「なんだと?篠山、その台詞は聞き捨てならない」
「意外ね。日吉がそんなに怪奇現象やらに目を光らせるなんて。今時、怪奇現象なんて科学的に証明できるのよ。私は、この目とこのカメラに捉えたものしか信じないわ」
話に横から入ってきた篠山はふんっと鼻を鳴らし、いつも首からぶら下げているカメラを手に持つ。
前々から思っていたことだが、篠山とはまったく気が合わない。及川は及川でテンションが合わないのだが。
「……あぁ、こんなことなら、石田さんにちゃんとしたお経を教えてもらうんだった……南無ーっ悪霊退散悪霊退散……」
未だにぶつぶつ独り言を呟いている夢野の頭を叩いた。
「え、な、なに?!痛いよ?!」
「夢野。篠山にバカにされたままでいいのか。行くぞ。この女に科学で証明できない存在がいることを教えてやるんだ」
「待って!若くん、いつもと雰囲気違うよ!!っていうか怖い!色んな意味で怖くていーきーたーくーなーいーっ」
何やらごちゃごちゃ言っていたが、夢野の腕を掴んで問答無用で連行することにした。
「……ここが、氷帝学園七不思議が起こる内の一つ、第一音楽室だ」
「う、うん……あれ、なんで私、若くんに連行されたんだろ……」
またぶつぶつと独り言を話し始めた夢野を横目で見ながら、ぐるりと室内を見回す。
「ここは早朝と放課後にピアノの音が聞こえるらしい。なんでも、ここで首を吊った女子生徒がいるらしく――」
「ぎゃああ」
「――なんだ?!何か出たのか?!」
「違うよ!なんでそんな嬉々として振り向くの!若くんの話し方が怖いからだよ!!」
「……それだけか」
「……それだけですとも」
「…………ちっ」
舌打ちしたら夢野は「え、今の私が悪い感じになってる?!」とうるさかった。どうでもいいが、この馬鹿の独り言の方が怪奇現象のような気がしてきた。
ちっとも胸の高鳴らないものだが。
「大体若くんは、もう少し女の子に優しく――ひっ?!」
「またお前は……っ」
いきなり俺の背中にしがみついてきた夢野に動揺しつつ、冷静に返そうとした。だが、それができなかったのは夢野が小刻みにカタカタと震えていたこと。
そして、鳴るはずのないピアノが独りでに音を発したこと……
「……ななななむな、南無阿弥陀物ーっ」
「おい、夢野!」
大きく不協和音が響いた。それと同時に走り出した夢野を慌てて追いかける。
全力疾走しているらしい夢野はいつもよりは速かったが、すぐに追いつけた。
手首を掴み、廊下の端で大きな声で名前を呼ぶ。
俺らしくもないその音量に妙に気恥ずかしくなった。
「……若くん、今私のこと詩織って呼んだ?」
「は?……なに意味の分からないことを言ってるんだ」
「いや、呼んだよ!詩織って!だって吃驚しすぎて涙止まったもの!ほら。恥ずかしがらずにもう一度プリーズ」
「……霊を見て混乱してるのか。いや元々混乱したような頭だったか」
「なんだとう!若くんの照れ屋さんめっ」
「うるさい馬鹿夢野」
ぺしんっと夢野の額を叩いてから、自教室に戻ることにした。
及川と篠山にどうだったと聞かれて「俺は名前で呼んでいない」と早口で答えたら、二人に「幽霊のことだけど?」と笑われたのだった。
……そういえば、貴重な怪奇現象を味わったはずなのに。
その喜びよりも夢野に対することの方が勝っている事実に、改めて己の気持ちをしったのだった。