この一瞬がもどかしい
「お前、最近俺様を避けてるだろ、アーン?」
「は、ははは、滅相もございませぬ!」
「誤魔化して逃げんな。もうその手は食わねーぞ」
放課後、職員室前の廊下でたまたま会った夢野の襟首を掴む。
ここ数日、俺様の顔を見るたびに回れ右して逃げ出すコイツにイライラも最高潮だ。
今日こそはっきりさせてやる。
「……フン、お前俺様に気があるんじゃねぇの?そうだろ、アーン?」
「……なにバカなこと口走ってるんですか、ナルシストもたいがいにしてください。ふ、ふははは」
わざとらしい笑い声を上げたヤツの頬をむぎゅうっと抓ってやった。
なんて弾力だ。
気持ちいいじゃねぇの。
「痛い痛いっ、アホ部様痛い。本人並みに痛いっ」
「なめた口聞いてんじゃねぇぞ、夢野」
夢野の頭を叩いてから、抓っていた手も離した。
その瞬間に廊下の一番近い曲がり角まで走って逃げた夢野は、真っ赤な顔で一度俺の様子を覗いてから、そのまま角に姿を消す。
慌ただしいやり取りに肩を竦めてから、小さくため息を吐き出した。
「……くそ、頭痛ぇ」
いつから夢野を女として意識し始めたのかはわからない。
向こうの態度がよそよそしくなったのもいつからだっただろうか。
ただ、好きだと。
そう素直に吐き出せたらどれほど楽なんだろう。
いつかこのやり取りが笑い話になれるような日が来ることをそっと願ったのだった。