この貧乳が憎たらしい
聖ルドルフ学院中学校
野村拓也という男は物心つく小さい頃から弱くて、影が薄くて、私が守ってやらないといけない存在だった。
「悠希ちゃんってホントヒーローみたいだね!」
そう笑った拓也に、私の心臓はきゅうっと締め付けられて。
その時からずっと、幼馴染みの拓也ばかり見ていた。好きになってしまったんだから、仕方がないじゃないか!
「はぁー、キャサリン先生マジ最高!」
「は?あんなババアのどこがいいのよ」
「おまっ、本当にわかってないな!妖艶で大人でこう胸がたゆんたゆんと揺れて……まぁ悠希にはわからないよね」
力説したかと思ったら、私の胸元に視線を移してやれやれとため息をついた拓也を竹刀で殴った。
幼馴染みを好きになってはや何年。
私は剣道部主将になるほど強くなり、男勝りな上、元々の遺伝かそれとも剣道のせいかはわからなかったが、胸はまな板のようにぺちゃんこのため、よく男子たちからは「下のついてない男」と呼ばれている。
そしてその通り名かあだ名か知らないが、不本意なそれの発祥はノムタクこと野村拓也。好きな幼馴染みだった。
人を散々自分だけのヒーロー扱いして、なんでもかんでも私に頼って、後ろをついてきた幼馴染みは、既に私の後ろをついてきてくれていない。
むしろ横道にそれては、可愛いらしいアイドルや巨乳のグラビアアイドルに夢中だ。
目下の敵は英語教師のキャサリン先生か。
「いやもういい。もうあんなやつ嫌いになろう」
そして新しい恋を見つけよう。
自分だけこんなに苦しくて切ない恋なんてもう嫌だ。どこかに私を愛してくれる男性がいるに違いない。
見つけてかっさらって拓也に自慢してやる。
そんなことばかり考えて悶々としていたある日、私は大事な試合で負けた。
主将として、負けてはいけない試合だった。
それなのに結果は惨敗。
ふらふら男のことなんて考えて集中を切らしていたせいかもしれない。
最近の拓也がキャサリン先生にお熱だと聞いて、その事ばかりが頭を巡って負けたなんて、なんてカッコ悪いんだろう。
「……私の唯一のアイデンティティーが」
崩壊した。
拓也に頼られるのが嬉しくて、ヒーローと言われたのが誇りで、もっと強くなりたいと、ただ一心不乱に突き進んだ道で私は負けた。
もう何も残されていない。
誉めてくれた拓也は、もう試合なんて見に来ない。女の子らしいことなんてまったくできない。男女と言われても、下がついていない男だと言われても耐えられたのは、無敗の誇りがあったからだ。
「……こんなとこにいた。悠希」
「……何しに来たんだ」
いつも試合なんて見に来ないじゃないかと続けたら、拓也はきょとんとした顔で首をかしげた。
「え?見に来れるときはできるだけ来てたけど?まぁテニス部もあるから全部は見にこれてないけど。とりあえず、ほら元気出してよ」
頭をぽんぽんっと軽く叩かれる。
いや撫でられているのかもしれない。そんなことされたことないからわからないけど。
「それに悠希が泣いてるの似合わないよ。なんかほら、気持ち悪いよ?」
「は?!」
一瞬だけドキッとしたのに、すぐに変な顔になった。
「あはは、その顔その顔。悠希らしいよーって、ぐぼぉふっ!!」
とりあえず竹刀で殴るのはやめて拳骨を鳩尾に一発入れる。
きっとこいつを好きになってしまったときから負けているのだ。
一度の負けでへこたれてたまるか!
気合いを入れてこれからも剣道の練習に励むのだった。